暗黒エネルギーは弱くなっている? 宇宙を膨張させる不思議な力の最新事情
私たちの宇宙は現在膨張しており、膨張速度も速くなっていると考えられています。宇宙の膨張を加速させている原動力の正体や性質はほとんどわかっていませんが、これを「暗黒エネルギー(ダークエネルギー)」と呼んでいます。
暗黒エネルギーが発見されたのは1998年ですが、それから30年ほど経った現在、暗黒エネルギーのよく知られた性質に疑問符が付き始めています。そこでこの記事では、暗黒エネルギーの概要と最新の研究成果について解説していきます。
暗黒エネルギーの奇妙な性質
暗黒エネルギーという名前には、何かSFやオカルト的背景のありそうなスゴい意味がありそうに思えますが、実際には「正体不明」という意味の「暗黒(ダーク)」であり、この名前自体に特別な意味はありません。しかし、その性質は相当奇妙であることが分かっており、正体もまた相当奇妙なことが予測されている点で、スゴそうなモノというイメージは部分的に当たっているかもしれません。
【▲ 図1: 暗黒エネルギーの密度は、一辺1mの立方体に水素原子3~4個程度しかないほどの低密度です。しかし、暗黒エネルギーは宇宙の約7割を占めるほど膨大です。(Credit: 彩恵りり / クリックで拡大)】暗黒エネルギーについて唯一はっきりと分かっているのは、宇宙空間における濃度が相当薄いということだけです。一辺1mの立方体に含まれる暗黒エネルギーは0.000000000000000000000006g(6×10^-27g)、または0.0000000005J(5×10^-10J)であり、これは水素原子3~4個分にしかなりません(※1)。同じ体積中に、空気には50000000000000000000000000個(5×10^25個)もの原子が含まれていることと比較すれば、とてつもなく希薄なことが分かるかと思います。しかし、暗黒エネルギーは宇宙のあらゆる場所に広がっていることから、現在の宇宙の68.3%は暗黒エネルギーでできていると考えられています。
※1…有名な式「E=mc^2」があるように、質量とエネルギーは等価であるため、暗黒 “エネルギー” を質量で表すこともできます。
宇宙には暗黒エネルギーの他に、水素やヘリウムのような普通の物質と、重力でのみその存在を知ることができる「暗黒物質(ダークマター)」があります。これらはどちらも重力を持ち、宇宙の膨張を引き留める働きをします。しかし、薄いながらも大量にある暗黒エネルギーは、どうやら「宇宙の膨張を手助けする力」として働いているようです。まるで “反重力” であるかのように見えますが、実際にはさらに奇妙な性質を持っているため、単純に反重力と呼ぶのも語弊があります。
【▲ 図2: 普通の物質と異なり、暗黒エネルギーは宇宙の膨張を加速させます。また、暗黒エネルギーは空間が膨張しても密度が一緒であるという性質もあります。(Credit: 彩恵りり / クリックで拡大)】その奇妙な性質とは、「宇宙が膨張しても暗黒エネルギーの力は弱くならないらしい」という点です。これは後述する通り理論的な背景がありますが、直感的には受け入れがたい性質でしょう。
普通の力……例えば重力は、宇宙の膨張で空間体積が増えると、力の源である物質(普通の物質と暗黒物質)の濃度が薄まるため、同じ空間体積あたりの力の強さは弱くなっていきます。一方で暗黒エネルギーは、どういうわけか同じ空間体積あたりの力の強さは変わらないらしいことが、理論的に推定されています。
宇宙の膨張は空間体積を増やすため、宇宙全体での暗黒エネルギーの力が強くなることと同じ意味となります。実際、宇宙の膨張速度を観察してみると、生まれてからしばらくは膨張速度が減速しているようです。減速が止まって加速に転じるのは、今から約40億年前(宇宙誕生から約98億年前)からだったようです。これは、宇宙の膨張に伴って暗黒エネルギーの力が増したとする考えと一致します。
このような奇妙な性質から、暗黒エネルギーの力は、重力や電磁気力のような普通の力と見なすことはできないかもしれません。この記事で暗黒エネルギーを “反重力” と二重引用符付きで書いているのは、本当の意味で重力と反対の力であるかどうかが分からないためです。
いずれにしても、暗黒エネルギーの量は膨大であり、しかも宇宙が膨張するにつれてどんどん増え続けることになります。この考えに従えば、宇宙は永遠に膨張し、決して潰れることがないことになります。
軽く振り返り: 暗黒エネルギーの理論史
ところで、明らかに直感に反するにも関わらず、暗黒エネルギーは宇宙が膨張しても薄まることがないのでしょうか?
この考えの背景には、暗黒エネルギーが理論的に提唱されるようになった研究の歴史があります。
【▲ 図3: 宇宙を膨張させる力として提唱された宇宙定数ですが、その導入経緯は「宇宙は変化しない」という当時の考えを満たすためのものでした。(Credit: 彩恵りり / クリックで拡大 / 各画像の出典は記事末尾に)】およそ100年前まで、多くの人々は、宇宙は決して膨張も収縮もしない不変な存在であると考えていました。アルベルト・アインシュタインは、宇宙が不変であると考えた科学者の1人でした。しかし、アインシュタイン自身が1915年から1916年にかけて発表した「一般相対性理論」は、宇宙は変化する存在であることが理論的に示されるという、自らの考えに反する宇宙を予言していました。
宇宙が変化する可能性は、一般相対性理論で重力を表す「アインシュタイン方程式」という式を解くことで示すことができます。しかし宇宙が変化することに否定的だったアインシュタインは、1917年に「宇宙項」と呼ばれる、重力とは反対向きの力を表す項を方程式に加えることで、宇宙の変化を防ぐことを試みました。この力の強さは一定の値(定数)を取るため、宇宙項に加えられる数は「宇宙定数」とも呼ばれます。
しかし、アレクサンドル・フリードマン、ジョルジュ・ルメートル、エドウィン・ハッブルなど、数多くの科学者が理論と観測の両面で検証を行ったところ、宇宙が変化することは理論的には不自然ではないこと、そして実際に私たちの宇宙が膨張していることが1929年までに証明されました。実際の宇宙が変化している以上、宇宙の変化を防ぐという理由で宇宙項を加える必要はなくなりました。この発見は、私たちの長年の宇宙観を変える大きな出来事となりました。
なお、アインシュタインは宇宙項の導入について「わが人生最大の過ち」と話した、という逸話があったことが知られています。しかし、この発言を聞いたとするジョージ・ガモフの記述以外に発言の証拠がないため、実際にはこの発言はガモフの創作であると言う説があります。今のところ、本当にアインシュタインがこの発言をしたのかははっきりしていません。
【▲ 図4: 宇宙の加速膨張の発見という形で、宇宙定数は思わぬ復活を遂げ、暗黒エネルギーと命名されました。(Credit: 彩恵りり / クリックで拡大 / 各画像の出典は記事末尾に)】もしも宇宙定数のように、重力に逆らう力がない場合、宇宙の膨張は段々と減速します。最終的に膨張速度がゼロに近づくか、収縮へと反転するでしょう(※2)。しかし1980年代後半には、当時使われていた宇宙を表す理論モデルである「CDMモデル」について、実際の観測結果と合わない問題が指摘されていました。これは、CDMモデルには存在しない、何か別のものが必要なことを示唆しています。
※2…実際には、宇宙の曲率(宇宙の “形” )によっては、重力に逆らって膨張し続ける宇宙を考えることもできます。しかし、当時から現在に至るまで宇宙の曲率は計測不能なほど小さいため、今のところ、宇宙の曲率は膨張速度に関わっていないことが予測されています。
そして1998年になると、2つの独立した国際研究チームによって、宇宙の膨張は減速するどころか途中から加速していることが示されました。つまり宇宙には、重力に逆らう上に、重力よりもずっと強い力があることが示されたのです。この発見は、2011年に代表者3名の研究者に与えられたノーベル物理学賞の授与の理由にもなりました。
宇宙定数は、宇宙を変化させないための力から、宇宙を変化させる力として思わぬ復活を遂げたわけですが、現在では“宇宙定数”という名前はあまり使われていません。現在よく使われる暗黒エネルギーという名前は、1998年にマイケル・S・ターナーによって名付けられました。これは、暗黒エネルギーを連想させる名前として名付けられたこともありますが、同時に暗黒エネルギーの力が一定ではない、つまり宇宙 “定数” ではない可能性もありうることからの命名でもあります。
暗黒エネルギーは少しずつ弱くなっているかも?
【▲ 図5: 長年、暗黒エネルギーは一定の値を持つと考えられてきました。しかし近年、暗黒エネルギーが少しずつ弱くなっている可能性が示されています。(Credit: 彩恵りり / クリックで拡大 / 各画像の出典は記事末尾に)】現在、宇宙全体を記述する理論モデルは「Λ-CDM(ラムダ-CDM)モデル」と呼ばれています。Λが宇宙項=暗黒エネルギーを表すため、簡単に言えば言えば暗黒エネルギー入りの宇宙モデルと言うことになります。そして、Λ-CDMモデルは元を辿れば一般相対性理論に行きつくため、一般相対性理論の堅牢さとΛ-CDMモデルの正しさは密接に関連しています。
しかし、発見からもうすぐ30年になる近年では、暗黒エネルギーの認識は変わりつつあります。30年前の暗黒エネルギーが発見される前後では、暗黒エネルギーによる力の強さが一定であると仮定しても、理論モデルと観測結果に矛盾がないため、大きな問題とはなっていませんでした。
ところが、それから30年ほど経って宇宙を詳細に観測できるようになると、理論モデルと観測結果にズレが生じるようになってきました。暗黒エネルギーによる力の強さは、無数の銀河が作り出す宇宙の大規模構造を見ることで推定できます。しかし、暗黒エネルギーを組み込んだ宇宙モデルで描かれる宇宙の構造と、実際の宇宙の構造を比較してみると、古い時代になればなるほどズレが大きくなることが分かってきました。つまり、暗黒エネルギーは時間と共に変化する可能性がある、ということが予測されるようになったのです。
この謎に関する最新の研究成果は、「暗黒エネルギー分光装置(DESI; Dark Energy Spectroscopic Instrument)」を用いた国際研究チームによって、2025年3月19日に発表されています。DESIは、アメリカ・アリゾナ州のキットピーク国立天文台にある口径4mの「ニコラス・U・メイヨール望遠鏡」に付けられた装置であり、名前の通り暗黒エネルギーの性質を探ることを目的としています。
DESIによる2025年3月の発表では、今から約45億年前(宇宙誕生から約93億年後)の宇宙と比較すると、現在の暗黒エネルギーの量は約10%も減少しているらしいことが示されました。この結果は、暗黒エネルギーは決して不変な存在ではないこと、宇宙を膨張させる力が少しずつ弱くなっていることを示唆しています。また、直近では2025年6月25日に「南極点望遠鏡」の観測結果がDESIの観測結果と比較され、やはり暗黒エネルギーが変化している可能性が示されています。
もしも暗黒エネルギーの強さが変化するならば、それは基盤となる一般相対性理論に修正が必要になることを示しています。これは100年以上検証に耐えてきた一般相対性理論で見つかった、初めてのほころびとなるかもしれません。
ただし、暗黒エネルギーが弱くなっているかどうかは、現時点ではまだ確定的に言えないことには注意が必要です。DESIによる観測は2021年5月に始まったばかりであり、まだ少ないデータで主張を行っているからです。簡単に言えば、データが不足しているため、今はまだ確定的に “暗黒エネルギーが弱くなっている証拠を発見” とは言えない段階にあると言えます(※3)。
※3…標準偏差で言えば、今回の研究のように大量のデータを処理する分野では、少なくとも5σを満たす必要がありますが、2025年3月のDESIによる結果は2.8~4.2σに留まります。
この結果がどうなるかは、今後のDESIによる観測結果次第です。観測データが蓄積されれば、結果はより確定的になるでしょう。そして今のところは「暗黒エネルギーは徐々に変化する」という結果と、「暗黒エネルギーは決して変化しない」という結果のどちらにも転ぶ可能性があります。暗黒エネルギーの性質を書き換えるべきかどうかの判断は、まだもう少し時間がかかりそうです。
ひとことコメント
提唱から100年以上、発見から30年ほど。今は暗黒エネルギーの常識が覆される転換期かもしれないよ(筆者)
画像の出典
図3: Paul Ehrenfest(アルベルト・アインシュタイン) / 撮影者不明(アレクサンドル・フリードマン) / 撮影者不明(ジョルジュ・ルメートル) / 撮影者不明(ハワード・ロバートソン) / 撮影者不明(アーサー・ウォーカー) / Johan Hagemeyer(エドウィン・ハッブル) / 撮影者不明(ジョージ・ガモフ)
図4: The Nobel Foundation(Photo: U. Montan)(ソール・パールマッター、ブライアン・シュミット、アダム・リース) / Philipp Weigell(マイケル・ターナー)
図5: Lawrence Berkeley National Lab, KPNO, NOIRLab, NSF & AURA(ニコラス・U・メイヨール望遠鏡) / Claire Lamman & DESI collaboration(DESIによる宇宙の地図) / Nicholas Huang(南極点望遠鏡)
【更新:2025年7月17日12時00分】本文を一部修正しました(30年あまり→30年ほど)。(編集部)
文/彩恵りり 編集/sorae編集部