【特別対談】『Fate』奈須きのこ×『崩壊:スターレイル』シナリオライター焼鳥 ― 継承される「人間讃歌」と、創作者の世代交代

『崩壊:スターレイル』と『Fate/stay night』、まさしく夢のコラボレーション。

「自分の好きな作品同士が組んだら最強なのに」というオタクの欲望がそのまま空想具現化してしまったような、このコラボ……昨年電ファミに掲載した『崩壊:スターレイル』プロデューサーのDavid氏と、『Fate』の原作者でお馴染み奈須きのこ氏の対談を実施したころから、なにかあるんじゃないかと期待していた。

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そして、2025年。

なんとコラボの開催に合わせ、今度は『崩壊:スターレイル』のシナリオライターである焼鳥氏と、奈須きのこ氏の対談を実施することになった! しかも、場所は上海! 2025年のゴールデンウィーク、まさか奈須さんと上海で会うことになるとは思ってもいなかった───

そもそも、なぜ私たちは上海に来ているのか?まず、そこから説明しよう。

実のところ、最初の対談は日本国内……つまりTYPE-MOONのオフィスに、『崩壊:スターレイル』チームのみなさんがやってくる形での実施だった。

そして、奈須さんに今回のご提案をしたところ、「前回はこちらのホームで対談させていただいたので、今回はHoYoverseさんのホームに行くのが筋だと思います」とのお返事をいただいた。

そんな奈須さんの粋な計らい(?)により、我々も日本を飛び出し、上海にて対談を行うことになった。なんだかもう、ここまでのエピソードだけでTYPE-MOONらしさ全開です。ちなみに奈須さん、なんと上海到着後に空港から車をぶっ飛ばして、すぐ対談に参戦していました。すごいバイタリティ。

ただ、今回『崩壊:スターレイル』側から登場する焼鳥さんも、負けず劣らずのアツい方です。『崩壊』シリーズファンの方にはお馴染みかもしれないけど、やっぱり焼鳥さんもTYPE-MOON作品の大ファン。そんな両タイトルの物語を担うおふたりに、今回のコラボからシナリオ作りまで、たっぷりと語っていただきました。

コラボが実現するまでの、開発秘話。同じシナリオライターとして、焼鳥さんが奈須さんに聞いてみたかった「ガチ」の質問。継承されていった「人間讃歌」と、ソーシャルゲームの世代交代……夢の対談であると同時に、ひとつの「時代の転換点」を切り取った記事になりました。

ぜひ、最後まで読んでください。

聞き手/ジスマロックTAITAI文/ジスマロック編集/実存

※この記事はスペースファンタジーRPG『崩壊:スターレイル』の魅力をもっと知ってもらうためのHoYoverseさんと電ファミ編集部のタイアップ企画です。

目次

『崩壊:スターレイル』と『Fate』のコラボ、そもそもどうして実現したの?

──まず、今回のコラボがどういった経緯で実現したものなのか、お聞かせください。『崩壊:スターレイル』自体、外部作品とのコラボが初めてだと思うのですが、なぜ『Fate/stay night』とのコラボなのでしょう?

焼鳥氏:まず、「奈須先生と対面でお会いできる機会を設けていただき、非常に光栄です」とお伝えさせてください!

実は、2023年の年末に実施した『崩壊:スターレイル』のプロデューサーのDavidと奈須先生との対談に、私も同席しました。あの対談が、ある種「奇跡的な出会い」だった……また、その前からTYPE-MOON様とは少しずつ繋がりがありまして、コラボの計画もスタートしました。

焼鳥氏:そして、『崩壊:スターレイル』において初のゲーム内コラボだったこともあり、当初は選定についても、かなり迷っていました。ただ、そんなときにプロデューサーのDavidの言葉を思い出したんです。

それは、「困った時に考えてみて、ユーザーがなにに喜ぶのか、次にチームメンバーがなにに喜ぶのか、そして自分自身がなにを望んでいるか」ということです。

まず、『Fate/stay night』は、美術(ビジュアル)的に『崩壊:スターレイル』とすごく相性がいいと考えていました。このコラボなら、『崩壊:スターレイル』としての表現・演出において、ユーザーが満足できる内容を作れるのではないか。また、『崩壊:スターレイル』なら、ゲーム内で『Fate/stay night』の世界観をある程度再現できるのではないかと。

次に、やはりチームメンバーにも『Fate』シリーズとTYPE-MOON作品のファンが多いんです。それこそ社内でコラボの提案が上がったとき、もう今までにないモチベーションを感じました(笑)。

ちなみに、最後の「自分が好きかどうか」は、もう言うまでもないです!

──やっぱり焼鳥さんご自身も大ファンなんですね。

焼鳥氏:そうですね。だからこそ、今回のコラボでは版権元のTYPE-MOON様と、そのユーザーのみなさまにも満足していただけるような内容を作りたいと考えていました。

また『崩壊:スターレイル』は「RPG」というジャンルにおいて、『Fate/Grand Order』(以下、『FGO』)とある程度共通しているところもあり、世界中のユーザーが両タイトルに「重なる部分」を感じていただけるのではないかと……!

不安になりながらも、今回の企画を提出したところ、TYPE-MOON様よりうれしいお返事をいただきました。そこから両社で話し合うなかで、80%くらい「このコラボを完成させられるんじゃないか」という自信がつき、今回のコラボを始動する形になりましたね。

──奈須さんは、『崩壊:スターレイル』とのコラボをお話を聞かれたとき、いかがでしたか?

奈須氏:HoYoverseさんのゲームは『原神』を皮切りにプレイさせていただいているのですが……オープンワールドRPGの『原神』に対して、コマンドRPGの『崩壊:スターレイル』が発表されたとき、正直とても怖かった。

既に周知の事実ではありますが、HoYoverseさんの開発力は業界でもトップランクです。この短い間でトップに上り詰めた熱量、才能は計り知れない。そんな彼らが「ターン制RPG」を製作するのなら、それは凄まじいものになるだろうと。

そう思いながらプレイしたのですが、冒頭のオープニングからしてソーシャルゲームという枠組に囚われる事のない高いクオリティで想像していたものの何倍も気合が入っていた。そのとき、恐れは憧れに変わりました。正直な気持ちとして「ああ、これを自分たちのキャラでできたらな」と。

とはいえ『FGO』はいまもっとも忙しい時期で、いまの日本の開発環境において、このレベルで自分たちのキャラクターを動かすのは現実的ではない事も理解していました。

そうは思いながらも『崩壊:スターレイル』を続けていたのですが……一度対談をさせていただいたときに、それぞれの生まれ育った環境やスタート地点も違うなかで、開発チームの人とは、オタクとして好きなものがほぼ一緒だった。それが、とてもうれしかったんですよね。

そのあとにコラボのお話を聞いて、「え、ウチなんかとやってくれるの!?」という驚きが6割、「ぜひやってくれ!やったー!」という喜びが4割でしたね(笑)。

一同:(笑)。

──今回のコラボは、実装キャラクターとして「セイバー」と「アーチャー」、ストーリー中に登場するNPCとして「ランサー」の計3騎のサーヴァントが登場するとお聞きしました。このキャラクターたちは、どのように選定されたのでしょうか?

焼鳥氏:コラボキャラクターの選定は、きっとみなさんが思われている以上に、順調に決まりました。

『Fate/stay night』には多くの人気キャラクターが登場するため、開発チームは取捨選択を迫られました。コラボの機会は非常に貴重であることを考慮し、まずはセイバーとアーチャーを操作可能な★5キャラクターとして選定しました。

しかし、『崩壊:スターレイル』の世界観の中で聖杯戦争を描くにあたって、「三騎士」【※】というコンセプトの表現も非常に重要です。そのため、ランサーの不在はたしかに惜しまれるところでした。幸いなことに、開発の進行状況により、NPCの制作に余力があり、チームとしてもこのキャラクターの追加を望んでいたんです。

最終的に、ランサーはNPCとしてこの夢のような聖杯戦争に参加することになりました。

※「三騎士」『Fate』シリーズに登場する、「セイバー」「アーチャー」「ランサー」の3クラスの総称。『Fate/stay night』における第五次聖杯戦争では、「アルトリア・ペンドラゴン」「エミヤ」「クー・フーリン」の3騎が該当する。

(画像は【崩壊:スターレイル】 Ver.3.4 「破滅へ向かう太陽」 – YouTubeより)

──今回のコラボはピノコニーで聖杯戦争が開かれるシチュエーションになりますが、こちらのコラボシナリオは、どのように作り上げられたのでしょうか?

焼鳥氏:『Fate/stay night』とのコラボをやる以上、やはり「聖杯戦争」がないとすごく残念なので、最初から「どうやって『崩壊:スターレイル』の世界観で、聖杯戦争を表現するか」ということを前提として考えつつ、企画構成を行っていたんです。

当初は「模擬宇宙」【※】が設定的にも便利だと考えていたのですが、議論を重ねるなかで「せっかくのコラボなのに、虚構の世界だけで終わってしまっては楽しくない」と思ったんです。同時に、「模擬宇宙」では、『Fate/EXTRA CCC』【※】のような緻密に設計されたデジタルな聖杯戦争はできないだろうと。

そこから、別の世界での実施を検討するなかで、「ピノコニー」がベストだと考えました。やはり「ピノコニー」は夢の地であり、その夢の中ではなんでも叶えられますから。「聖杯戦争」の場所としては、ピッタリですよね。

また、「夢を追う地」というのもピノコニーのテーマのひとつで……人々はこの華やかな大都会にやってきて、眠らない夜を過ごすなかで、自分の「ほしいもの」を手に入れようとする。そこが、聖杯戦争の根底にある「自分の願いを叶えるための戦い」というテーマに重なるのではないかと考えました。

私としても、「ピノコニーで聖杯戦争を開く」というシチュエーションが目に浮かんできましたし、加えて「『崩壊:スターレイル』のキャラがマスターになる」「召喚されたサーヴァントはピノコニーの歴史上の人物になる」といった、ほかのアイデアも続々と浮かんできました。

※「模擬宇宙」『崩壊:スターレイル』において、ヘルタおよびその他の「天才クラブ」のメンバーによって開発された、星神を研究するためのシミュレーションシステム。コードによってランダムに敵やマップを生成する仕組みで、ゲーム内の重要なコンテンツのひとつ。

※「Fate/EXTRA CCC」『Fate/stay night』の設定を受け継いだ『Fate/EXTRA』の続編。「月の聖杯戦争」というSF的な世界観を前作から引き継ぎつつ、全く新たなストーリーが展開された。メインシナリオを奈須きのこ氏が執筆しており、いまもなおファンの人気が根強い。

焼鳥氏:「本当にこのアイデアを受け入れてもらえるだろうか」と思いながらも、このコラボ案をTYPE-MOON様に提出させていただきました。ですが、光栄にも奈須きのこ先生や武内崇先生からも、認めていただくことができたんです。

そこから、奈須先生や武内先生に「ここはこうした方がいいかも」といったアドバイスもいただいて……やはり、みなさんのクリエイターとしての、純粋な創作に対する情熱を感じましたし、「ユーザーを喜ばせよう」という精神は共通しているんだと感じました。

いま振り返ってみると、この1年間の共同作業のなかで、TYPE-MOONのみなさまにアドバイスや励ましのお言葉をいただいたときが、制作チームにとって何よりもうれしかったですね。

奈須氏:それはこちらの台詞です。本当に、とても大切に、真剣に、『Fate』の世界を扱ってくれた事がとても嬉しかった。『オタクに国境はない』『オタクは世界を救う』とは、まさにこの事かと。

──ちなみに、今回のコラボにおいて、奈須さんはどういった形で関わられているのでしょうか?

奈須氏:自分は、最初の打ち合わせのあとにプロットをいただいて、それにGOサインを出すかどうかを判断していました。あとは、設定的に「ここは少し違うかな」といった部分を数点お伝えしたくらいですね。その意味では、大変スムーズな……言ってしまうと、超らくちんだったんですけど(笑)。

まぁ、いまだから話せることですが、自分も最初は「模擬宇宙」などを使って、小エピソード的ないい話をするんだろうなと思っていたんです。

ですが、プロットの段階で、ピノコニーを舞台にして、ロビンなどのキャラクターを登場させることも決めていた。『崩壊:スターレイル』のキャラの設定を活かしたまま、『Fate/stay night』の設定も上手くリンクさせる。

これを見たとき、正直「ああ、HoYoverseが成功するわけだ」と痛感しましたよ。コラボとして、イージーな方向に逃げていなかった。

より困難な、より面白い方向に舵を切っていた。

話題性や売り上げではなく、スタッフたちが面白いと感じている事を全力で作り上げている。それもあって、「もうこちらはセリフの細かいところを直すだけでいいんだろうな」と予感しました。そして実際にそれだけのものが作品として上がってきて、大変うれしいです。

(画像は【崩壊:スターレイル】 Ver.3.4 「破滅へ向かう太陽」 – YouTubeより)

──今回は『Fate/stay night』とのコラボということもあって、シナリオへの期待値などもすごく高いと思うんです。焼鳥さんのなかで、コラボを制作するにあたって「ここは特に気合を入れなきゃ」と考えていた部分などはございますか。

焼鳥氏:タイトル初のコラボとして、『崩壊:スターレイル』のユーザーを満足させる内容にしつつ、企画当初から「今回のコラボから興味を持ってくれたユーザーを失望させない」ということを意識していました。

たとえば、「ピノコニーならではの聖杯戦争を描く」という部分には力を入れましたね。サーヴァントたちがピノコニーに来たら、どんなストーリーを経て、最終的にどうなっていくのか。ピノコニーのキャラは何を手にするのか。

そして、聖杯戦争はどう展開していくのか……このシナリオを通して、「ピノコニー」と「聖杯戦争」の両方のテーマを表すことをポイントとしていました。

ほかには、『Fate/stay night』の名場面の再現をネタとして入れてみたり……と、これ以上はネタバレになってしまいますね(笑)。

とにかく、今回のコラボは関わっている3人のライターがみんなTYPE-MOONさんの大ファンで、日々の業務スケジュール的にもちょうど彼らが連携してコラボに集中できるような環境になっていました。奈須先生からもアドバイスや監修をいただいたりして……すごく大変な仕事だったのですが、満足できる内容になったと思います。

──さきほどから何度か話題に出ていますが、コラボの制作中に奈須さんがしたアドバイスというのは、具体的にどういった内容なのでしょうか?

奈須氏:いや、本当に小さいことですよ。

「ちょっとここの口調を変えてほしい」とか。

ただ、セイバー(アルトリア)に関しては、ある一点だけアドバイスをしました。アルトリアは、どうしても「『stay night』後か、『FGO』後か」で扱いが変わるんです。今回のコラボでは、初めは『FGO』後の扱いとして書かれていたので「『stay night』後の扱いだったら、アルトリアはこうなりますよ」いうのだけは強くお伝えしました。それくらいです。

焼鳥氏:奈須先生には、この場を借りて、改めて感謝を申し上げたいです。

『Fate』シリーズが長年かけて育ってきたIPであるにも関わらず、こちらを信頼していただいたのは、とてもありがたかったです。私たちも、『崩壊』シリーズというひとつのIPを作り続けているなかで、「別のIPでどこまで自由な展開を許せるか」という判断を下すのは、すごく難しいことだと考えています。

そこに対して、あまり制限をせずに、アドバイスなどの励ましをいただきながら作り上げられたことこそが、今回のコラボを完成させられた最大の要因だと思っています。改めて、ありがとうございました!

奈須氏:いえいえ。

むしろ、開発チームのみなさんも勘所がすごくよかったので、本当にこちらも文句のつけようがないというか……「この設定だったらこうなるよね」と、すんなり自分も受け入れられたので、ほぼ直すところがなかったです。

やっぱりピノコニーを舞台に選んだことと、今回の黒幕を彼に選んだ配役まで含めて、「なるほど、これならキレイに馴染む!」という無理のなさが、ちょっと感動でしたね。

──ちなみに、奈須さんの監修を通して焼鳥さんがなにか学んだことや、「なるほど、そう考えるのか」と参考になった部分などはございますでしょうか?

焼鳥氏:そうですね、むしろあらゆる面で勉強させていただいたと言えます(笑)。

私たちは後輩としてすべてを説明するのは難しいですが、ただ諸先輩方とご一緒する中で、「物事の捉え方」について交流することが一番貴重だと感じました。

1年間の共同作業の中、同じ業界の人間としてもやはり抱えている問題が共通していると感じる瞬間が多かったです。それはひとりひとり個人の問題だけではなく、過去から未来まで多くの人々が考える、模索する課題でもあります。

そういうこともあって、制作チームを代表して、改めて今回のコラボにおけるシナリオ監修や原画デザインに多大なるご協力をいただいた奈須きのこ先生、武内崇先生、そして多くのTYPE-MOONの皆さまに、心より感謝申し上げます。

奈須氏:ありがとうございます。

焼鳥さんが、奈須さんに聞いてみたい「ガチ」の質問

──実は今回、焼鳥さんがシナリオライターとして奈須さんに質問してみたいことがいくつかあるとお聞きしました。焼鳥さん、いかがでしょうか?

焼鳥氏:ありがとうございます。

おそれ多くも、何点か奈須先生にご質問できればと思います。

まず、TYPE-MOON作品は『Fate』『月姫』『魔法使いの夜』【※】などを含め、非常に広大な世界観を持っていますよね。ただ、その後も『FGO』や『Fate/strange Fake』といったIP展開に伴い、新たに追加される設定がますます複雑化している印象があって……。

大量の設定を整理し、整合性を保ちつつ、後の伏線として昇華させる際に、なにかノウハウや心がけていることはありますか?

奈須氏:うわあ、いきなりキッツい質問がきたぞぅ。

一同:(笑)。

奈須氏:結果論にはなってしまうのですが……自分の場合、ちょうど10年単位で、「その年のテーマ」を決めています。「自分はこの10年でこれを書こう」という、水面下の課題ですね。

たとえば、『魔法使いの夜』の頃は「消費文明」について書こうと決めていました。それが2000年から、2010年にかけての10年間のテーマですね。そして、2011年から現在の『FGO』に至るまでの間は、「消費したあとの責任をどう取るのか」というテーマを決めていました。

そうしてテーマを決めた後は「伝奇感」をひたすらバージョンアップしていく。たまに根本を変えるときもあるけど、基本的には昔のままで、その時代の道徳や正義感、美学に沿ったものにバージョンアップしていきます。周りのライバルたちもどんどん面白いことを考えるので、そこに負けないよう、こちらもより強くユーザーに刺さるものにアップデートしていこう、と。

※「魔法使いの夜」2012年にTYPE-MOONより発売された、伝奇ビジュアルノベル。奈須氏が過去に執筆した、未発表の小説を原作にしたと言われている。

奈須氏:焼鳥さんが挙げられてましたが、そうなると設定や世界観もどんどんメガストラクチャー(巨大な人工建造物)になっていく。その巨大化していく設定をまとめるのも大変なのですが、幸い『FGO』を始めてから、ほかのライターさんやラセングルさんを含め、「自分以外の情報管理者」が増えてきました。

その人たちに「あれ?奈須さん、3年前といま言ったことが違いますよ」とツッコまれて、「ハハハ、まあそういうこともあるだろう☆」とか言いながらも、本当に致命的な設定ミスがあったら直していく。そんな形で、なんとかギリギリやっています。

だから、多少情報や設定の枝葉がブレたとしても、一番初めに「この10年間、このテーマを書くんだ」と決めたものがしっかりあれば、そこに川は流れるなと思っています。

──奈須さんのなかで決められる「10年書くテーマ」というのは、どういう工程で変わっていくものなのでしょうか?

奈須氏:そのときにやろうと思ったことを10年以上引っ張っても、10年後には完全にみんなの価値観が変わっていますから。10年経ったら新しいものにすげ替えないと、いつまでも同じことを繰り返す怪物(モンスター)になっちゃうので。だから、そこは10年単位でいいだろうと。

あと、10年もやったら飽きるから!

──さきほど、「その時代の美学に合わせてアップデートしていく」というお話もありましたが、奈須さんの視点から見て、「ここ10年ごとの美学の変化」はどう捉えられているのでしょうか?

奈須氏:そうですね……「何を美しいと思うか」は、人によってそれぞれ違うし、それは多くの人間のなかでも、漠然としていることなはず。自分も若いころは、外見的な美しさや、構造的な美しさを求めていた。

でも、2015年以降は、位置エネルギー的に「本来ありえない境界を超えて、生きること」というか……そういう無理矢理なことを頑張っている人を、美しいと感じるようになりました。たとえば、魚が空を飛ぶような。これは「美学」とはちょっと違うと思うんですが。

──なるほど。

奈須氏:まあ、オタク業界の美学そのものが、どんどんハイクオリティ化していて、その一般化が起きているとは思います。「自分たちだけで技術を極めていればいいんだ」という職人的なこだわりから、「より多くの人間の力で、よりよいものを作ろう」というチームワークに収束しているなと。

これはアニメ業界を見ていて感じるのですが、昔の神アニメーターや神動画師は、やっぱりオンリーワンで、ほかと交流しなかったと思うんですよ。でも、いまの才能ある若い監督や原画マンは、みんな仲良しなんですよね。俺もすごいけど、あいつもすごい。だから俺たちが組めば、もっとすごいことができる。

そういう意識を、『劇場版 Fate/Grand Order 神聖円卓領域キャメロット 後編 Paladin; Agateram』【※】で見せつけられましたね。

それぞれ違う絵コンテマンだけど、綺羅星の才能が集まって、いままでにないものになった。あれを見たときに、「チームワークの時代になったな」「天才同士が手を組む時代になったんだ」と実感しました。

※「劇場版 Fate/Grand Order 神聖円卓領域キャメロット 後編 Paladin; Agateram」『FGO』の第1部 第6章「神聖円卓領域 キャメロット」を劇場アニメ化した作品。前後編となっており、作画・演出などを中心としたアニメーションの完成度の高さがファンの評価を集めた。©TYPE-MOON / FGO6 ANIME PROJECT

焼鳥氏:ふたつ目の質問となるのですが、『FGO』のように複数のライターが協力する作品の場合、シナリオチームはどのような方法で共同制作を進めているのでしょうか? なにか具体的な執筆方法や方針などがあれば、教えていただきたいです……!

奈須氏:自分も複数のライターで制作するのは『FGO』が初めてだったので、まず自分が大本のネタと、「このゲームはこうやって展開していくんだ」というのを説明する、「設計図の設計図」を作りました。

『FGO』の第1部は、第1章から第7章までが各人類史の重要な事件を解決していく。これは自分ひとりだったら、まず書ききれない。おそらく北米かイギリスまでやって、力尽きるので……。そこは、ほかのライターさんに入ってもらいました。

ただ、「ゲストライターじゃなく、本気で1本の話を書くつもりで、各年代の事件を扱ってくれ」とは伝えていました。

「この章でこれをやる」という伏線消化ポイントは設計図として作ってあるので、あとはそのライターさんが伏線消化ポイントを守ってくれさえすれば、あとは好き放題に書いてもいいよと。たとえブレたとしても、頭とケツは自分が直せばいい。

そうして、第1部は各ライターさんが担当してくれた章の導入と終わりを自分が大きく手を入れるかたちで1年間続けて、ゲームの統一感を図った。

それ以降は、ライターさんも「あ、奈須さんはここまで直すんだ」とわかってくれたので、あとはどんどん監修する必要がなくなっていく。ただ、これはチームのライターさんが『Fate』世界を知ってくれていたからできたことで、全く『Fate』を知らないライターさんとだったら、実現できなかったと思います。

その意味で、焼鳥さんの質問には上手く答えられないかな……申し訳ないです。

──逆に焼鳥さんにもお聞きしてみたいのですが、『崩壊:スターレイル』も焼鳥さん以外に複数のシナリオライターが参加したうえで、制作を進められていますよね。そのチーム編成やシナリオ制作は、どのように行われているのでしょうか?

奈須氏:たしかに、それは気になりますね。

焼鳥氏:やはり『崩壊:スターレイル』は、大前提として「42日間で一度アップデートが入る」というシステムが存在しているので、まずそれを頭に置きながらシナリオを作り始めます。特に、メインストーリーのような大型のシナリオを作るときは、かなり早い段階でチーム制作を始めることになりますね。

たとえば、『崩壊3rd』【※】を作っていた時期は、半年から1年くらいかけて展開するストーリーであれば、5~6人のライターで作り上げていました。『崩壊:スターレイル』の場合は、内容がさらに膨大になって、同時進行が必要な作業も多いので、メインストーリーのシナリオチームは8〜9人になります。

チーム編成としては、ストーリーのロードマップや重要なイベントを管理する「総監督」となるライターをひとり立てて、その下に「各チャプターのコアを担当するライター」が配置されます。「チャプターリーダー」のようなものですね。

チャプターリーダーは、単純なライティングを行うだけでなく、キャラクターや背景の設計、クエストの進行構成、アニメーション演出の制作といったさまざまな制作工程においても、重要な支援を担っています。

※「崩壊3rd」『崩壊』シリーズの3作目となるタイトル。焼鳥氏もシナリオライターとして参加していた。2023年に第1部が完結し、現在は第2部が展開されている。『崩壊:スターレイル』は『崩壊3rd』の直接の続編ではないものの、『崩壊3rd』のプレイヤーであれば、両作の繋がりやちょっとした小ネタを見つけられる……かも?

──「チャプターリーダー」というのは、あまり聞いたことがないですね。ストーリーの物量が膨大な『崩壊:スターレイル』ならではの編成という感じがします。

焼鳥氏:長編的なストーリーとなる場合、「前後編」や「三部作」といった分け方をするのですが、そのチャプターごとのコアを担当するライターですね。つまり、「総監督」「チャプターリーダー」「シナリオライター」の三層構造のようなチーム編成となっています。

もちろん、このやり方はまだまだ成熟したものとは言えません。チームの経験が積み重なり、メンバーのスキルが向上するにつれて、私たちはこれからも試行錯誤を重ね、より良い形を目指していきます。

『崩壊:スターレイル』のストーリーに対して、そのボリュームやクオリティについて多くのユーザーの皆さまから寄せられたご評価、ご意見、そしてご期待に、心より感謝しています。

私たちはこれからも努力を続けて、『崩壊:スターレイル』はもちろん、『崩壊』シリーズ全体においても、引き続きクオリティの高いストーリーを届け、ユーザーのみなさまと一緒に歩んでいけるよう頑張っていきます。

──素朴な疑問となってしまうのですが、それほど複数のライターさんが参加されるチーム編成において、意識の統一やコミュニケーションなどは問題なく行えるのでしょうか?

焼鳥氏:まさに、いま社内でも「安定したチーム編成」を意識しています。

たとえば、チャプターリーダーは、やはり総監督とのコミュニケーションを頻繁に行います。ただ同時に、チャプターリーダーと、その下のメンバーの交流もすごく大事だと考えています。

ある程度固定されたチームのなかで、価値観や考え方、シナリオの書き方などを脳で共有できるような……チームではあるけど、まるでひとりの人間であるように仕事をしていきたいと思っているんです。そうやってペースを合わせていけば、仕事もスムーズに進められるのではないかと考えています。

──やはりシナリオ制作にはライターそれぞれの個性や「作家性」も大切になってくると思うのですが、そのチーム編成において、どのようにライターさんの個性などを持たせているのでしょうか?

焼鳥氏:まず、「結果を重視する姿勢」は非常に重要です。

ストーリーやキャラクターが商業的・話題性の面で成功を収めたか? ユーザーに愛されたか? 他部門との連携はスムーズだったか? ──こうした点を基に、すべてのライターは自身の仕事を振り返り、レビューする必要があります。それによって、チームも個人も成長していけるのです。

しかし同時に、人の心を打つ物語が生まれる土壌というのは、やはりクリエイターの内面にあります。それは、彼ら自身の「世界の捉え方」が少しずつ形になっていく過程にほかなりません。

そして、各メンバーの「作家性」を最大限に活かすためには、「共通の目標」が不可欠です。言い換えるなら、スタート地点は違っても、同じチームに属している以上、目指すべきゴールはひとつなのです。

『崩壊:スターレイル』という作品の根底には、「前向きな価値観を伝えること」や「勇気を持って人生と向き合う姿勢」があります。こうしたテーマがしっかりと定まっていれば、たとえ各ライターの思考や表現方法に違いがあったとしても、「物語をどこへ着地させるか」という点で大きなブレは生まれません。

まずは共通認識を持ち、それぞれが自分の役割を全うする。そして最後に、お互いの成果を持ち寄って磨き合う……そうやって、各ライターの個性や強みを最大限に活かしつつ、ぶつかり合いによるロスや摩擦は最小限に抑えていきます。

……とはいえ、うちのチームのメンバーは、基本的にみんな根がいい人ばかりなので(笑)、価値観や人としての良心といった部分で深刻な衝突が起きることは、まずありません。

奈須氏:基本的に、それぞれのライターには美学や得意分野がありますから。

結局違う人間ではあるけど、人間的に尊重しあえる人たちなら、そこにチームワークは成立する。『FGO』も規模こそ小さいですが、いま焼鳥さんが言われたような流れでシナリオ製作しています。

──ちなみに、『崩壊:スターレイル』のシナリオチームのなかで、考え方や価値観を共有するために、具体的にどういったことをしているのでしょうか?

焼鳥氏:HoYoverseの仕事は、もちろん雰囲気はすごく楽しいのですが、同時にすごく大変な仕事も多いんです。だから、みんなはもう「地獄を一緒にくぐり抜ける仲間」だという認識です。

一同:(笑)。

焼鳥氏:もちろん、半分は冗談ですよ!

ただ、やはり「一緒に戦ってくれる仲間」は同僚……つまりチームメンバーしかいません。仕事や生活上の問題に直面したときにも、一緒に過ごせる仲間がいることで、「いつでも自分の背中を誰かが支えてくれる」という信頼関係が生まれてきます。

それですべての問題が解決するわけではないと思うのですが、みんなで困難を乗り越える勇気は生まれてくるはずです。

たとえば、私がピノコニーとオンパロスのシナリオのために必死に働いていたとき、チームメンバーたちもずっとそばにいてくれて、貴重なアドバイスもくれます。オフィスのなかで、共通のドキュメントを編集するときに、みんなのコメントが増えてきて「あ、みんなまだいたんだ」と(笑)。

そういう瞬間をひとつずつ重ねていくと、チーム全体で仲間意識を築いていけるし、心の支えが生まれていくのではないかなと思います。さきほど奈須先生がおっしゃったように、お互いの専門性を認めて、人格を尊重したうえで、一緒に仕事をしていくことが大切ですね。

いま生きている人間のために必要な、〇〇的マインド

焼鳥氏:3つ目の質問となるのですが、『Fate』シリーズは「魔術」や「霊魂」などの非現実的なファンタジー要素を基盤としつつ、「アトラス院」の設定や「月の聖杯戦争」、さらには『FGO』の特異点・異聞帯のデザインには、斬新なSF的要素が登場していると思うんです。

奈須先生が「ファンタジー」と「SF」の融合についてどのように考えていらっしゃるのか、お聞きしてみたいです。

奈須氏:たぶん、ファンタジーにも2種類あって……。

『指輪物語』【※】のように、夢と希望を語っているようで、実は根底にあるのは「寓話」であったり、とことん現実に即した影のようなファンタジー。そして、「こんなことができたらいいな」「こういうことがあったら楽しいな」と、願望を語っているファンタジー。この2種類があると思うんです。

で、自分が作っているのは後者の方。「こんなことがあったらいいな」というのは、結局技術の発展なんですよね。そこで「不思議なパワーでなんとかなっちゃった」と言ってしまうと、ただ不思議なだけで面白くはない。

それを面白くするためには、いま生きている人間に「なるほど、そういうことができるかもね」と思わせるSF的マインドが絶対に必要だと思います。

だから、「面白いファンタジー」を作ろうと思ったら、必然的にSF要素も入れる必要がある。それを入れないと、さっき言ったようにただの「寓話」になってしまう。もし寓話をやるなら、もっと真剣に寓話をやるから……まあ、エンタメとは離れていくかなと思います。

※「指輪物語」J・R・R・トールキンによる、長編小説。エルフなどが登場する架空の世界を描いたハイ・ファンタジー作品であり、その後のファンタジー作品の数々に多大な影響を与えた。

『月姫 -A piece of blue glass moon-』©TYPE-MOON

奈須氏:これも結果論ではあるけど、SFとファンタジーの融合というより、やっぱり「面白いものと面白いものを合体させる」というだけの話ですね。あと、自分はファンタジーよりかは「ミステリー」が好きな人間なので、どうしても理屈に走ってしまう。なのでSF色を強くしちゃうクセがあります。

焼鳥氏:奈須先生が作品のなかで「推理」や「ミステリー」を重視されているのは、すごくわかります。私も探偵推理小説や、『ダンガンロンパ』のようなミステリー作品が大好きです。

『Fate』シリーズにおいても、「サーヴァントの真名」というのが非常にいい設定だと思います。それは各キャラクターの背景や後の展開、物語の可能性を巧みに隠しながら、強いサスペンスを保ち続け、クライマックスで一気に明かすことができます。これにより、物語の緊張感やメリハリが大いに強化されます。

やはり、人間は「未知」に対して憧れがあるのだと思います。世界観であれ物語の展開であれ、どちらもこの「未知」を生み出すための手段です。受け手が体験の過程で、常に「未知」に対する好奇心を持ち続けることが非常に重要です。

奈須氏:そうですよね。

いままでに見たことのないものは、やっぱり面白いですよ。

──昔ながらのオカルトやファンタジーの場合、「魔法」などを表現するときに、手順や儀式を踏む呪術的なアプローチで「すごさ」を説明することもあったと思うんです。ただ、奈須さんの作品は魔術の構造を解析したりすることで、「すごさ」の表現や伝え方がSFチックになっていますよね。

奈須氏:それはもう単純に、昔のファンタジーは呪術やアニミズム……つまり自然崇拝や自然への恐怖が、本当にリアルなものだったから。たとえありえないとしても、その発展形として「これはリアルだ」と認めてもらえたし、読み物として大変興味深いものだった。でも、今はもうそうではない。

「呪術」と言われても、自然の作用反作用や報復力とか言われても、まあ正直ピンと来ない。それより、いずれ人類が実現するであろうシステムや技術が前払いで使われた方が、たぶん怖いし、面白い。それだけの話ですね。

『DDD』の続編ってどうなってるんですか?

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『DDD』の続編ってどうなってるんですか?

焼鳥氏:最後のご質問になるのですが……

純粋に、読者として『DDD』【※】の続編が気になって仕方ないです!

奈須氏:あ……ああああ~~~~~っ!!キャ──!!

もう、猫ミームになっちゃう。

一同:(笑)。

※『DDD(Decoration Disorder Disconnection)』奈須きのこ氏が執筆した、小説作品。「悪魔憑き」を描いた作品で、TYPE-MOON作品の中でも特殊な立ち位置となっている。当初は全3巻の予定となっていたが、既刊2巻。ⒸKINOKO NASU 2022

奈須氏:えーっと……あの……違う並行世界なら、出る可能性があるんじゃないかな?

──希望はないんですか!?

奈須氏:もう、いまは宿題が多すぎて……。

ただ、『DDD』でやろうとしていたギミックのいくつかは、もう『FGO』で使ってしまってはいます。これは先払いではなくて、『DDD』の本筋を考えていたからこそ使えるネタでした。

たとえば、『FGO』に登場する4番目の人類悪「ビーストⅣ」は、「比較」の人類悪なんですが、これは『DDD』の石杖火鉈の能力ですね。比較する以上は、必ずそれを上回ろうとする。「比較」はすばらしいけど、やっぱり性悪説で考えると悪しきこと。でも、事実上これが無敵の能力。

……ということを、『DDD』を書くなかで一番最初に決めていたのですが、「うーん、『DDD』を書く時間がないなあ……よし、『FGO』で使うか!」と。なんてね! ハイ、なんでもないです!

焼鳥氏:やっぱりそうだったんですね!

私が最初に『DDD』を読んだのは、学生の頃でした。当時、この作品の続編をぜひ読みたいと思っていましたし、好きな物語ともう二度と出会えないのではないかという、どこか切ない気持ちさえありました。

奈須氏:ウ、ウグッ……。

焼鳥氏:でも、私自身がライターの仕事に就き、『FGO』などの作品に触れるうち、「もしかしたら奈須先生が『DDD』で書きたかったことは、どこかほかの作品で形を変えて書かれているんじゃないかな?」と思うようになりました。

ですから、私としてはもう心残りはありません!

この場を借りて、ファンとして質問させていただきました。お答えいただき、本当にありがとうございます!

奈須氏:いえ。あたたかいお言葉、まことに謝謝です。……そう言ってくれる読者がいるかぎり、諦めるワケにはいきませんね……

──『DDD』を含め、焼鳥さんのTYPE-MOON作品にかける思いが「ガチ」なのはひしひしと伝わってきているのですが、実際に奈須さんの作品から受けた影響や、シナリオ作りに活きていることなどはございますでしょうか。

焼鳥氏:そうですね、これは長くなってしまうのですが……。

まず『Fate』シリーズは歴史も長く、すごく生命力の強いIPなので、ひとつの世代の人々の成長にもずっと関わっていると思います。

たとえば、中学生の頃に『Fate/stay night』のアニメを初めて見て、高校生の頃には『Fate/EXTRA』などの派生作品がどんどん生まれて……中高生の私にとっては、それがすごく楽しい体験でした。

当時、私はまだ若く、『Fate』シリーズが扱う多くのテーマを完全には理解できていませんでした。しかし、ひとつの物語が幕を閉じたときの、あの漠然とした喪失感はいまも心に残っています。その喪失感を吟味するうちに、「物語には命が宿っている」という考えに至りました。

そして、大学の2~3年生くらいに『FGO』がリリースされ、『FGO』とともに大学時代を過ごしていました。さらに、社会人として次のライフステージに行くときに、ひとつTYPE-MOONさんから受けた影響があります。

実はこれが最も大きな影響で、少し恥ずかしいお話ではあるのですが……昔どこかの雑誌で見たエピソードで、まだTYPE-MOONが商業デビューをしてなかったころに、武内さんが奈須さんを夕暮れ時のベランダに連れ出して、「(奈須は)好きにやっていい」といったことを話されたそうなんです。

奈須氏:ええ。色々なものにがんじがらめで、自分の夢を半ば諦めていた頃ですね。「おまえは凄いやつなんだから、いいかげん好きにやれ。半年分の生活費はもってやる」といった。

焼鳥氏:そのエピソードを聞いたときに、私の心にも「先の道がどうであれ、自分のやりたいことを思い切ってやればいい」という思いが湧きました。結果が正しいかどうかは別として、世の中に必ず成功へと続く道など存在しません。しかし、自分の心に嘘をつき続ければ、何十年も経った後に残るのはきっと後悔だけでしょう。

あのときを振り返ってみると、子どもの頃のあの漠然とした切なさは、「ヒーロー」への憧れだったのかもしれません。そして大人になり、人生の重みを感じるようになると、その憧れは心の支えとなっていくのです。

焼鳥氏:面白いことに、学生時代、私は無意識のうちに「もしも聖杯戦争に巻き込まれたらどうしよう?」と想像していました。そのため、多くの生活スキルを身につけるようになったのです。

奈須氏:ええっ、勇気ある!

焼鳥氏:『Fate/stay night』から多くの派生作品が生まれていったのを見たときに、「ひとつの作品が終わっても、IPとしては続いていく」というIPのあり方をすごく意識しました。

たとえば、『崩壊』シリーズは十年以上、あるいは何十年にもわたって続いていくかもしれませんが、完結するその日まで、数多くのクリエイターたちが次々と参加し、絶え間なく命を吹き込み続けるでしょう。私は、こうした集団的な物語の継承のあり方を非常にクールだと感じています。

このようなIPの持続性は、TYPE-MOON作品における世界観の構築手法の影響も大きいと思います。

焼鳥氏:また、ストーリーで影響を受けた部分は、「キャラクターの能力や個性を活かすこと」ですね。

これは中国のネットで話題になったネタなのですが……『Fate/Zero』のバーサーカーが持っている宝具「騎士は徒手にて死せず」は、彼が触れたものを自身の宝具にしてしまう能力があり、「では、彼が逆立ちして地面に触れれば、地球そのものを自分の宝具にできるのではないか?」と言われているんです。

一同:(笑)。

焼鳥氏:私はこうした発想の広がりが特に好きで……だからこそ、ストーリーを創作するときには「キャラクターがどのように自分の特異性を発揮するか」に特に注目しています。

たとえば、ピノコニー編の中で、「サンデーが調和の力を使ってアベンチュリンに嘘をつかせないよう制限する」「黄泉が虚無の力で自身の存在感を消し去る」といった場面は、彼らが自らの運命や力を少しずつ応用している例です。

こうした「小さなテクニック」があることで、キャラクターがよりリアルに感じられ、日常の中でも彼らが同じような知恵を使って生活しているように思えるのです。

──もう、焼鳥さんの熱い思いがこれでもかと伝わってきました。

奈須氏:たいへん光栄です。

新しい芽が生まれる要因になったのなら、頑張ってきてよかった。

焼鳥さんが言ってくれた、『(Fateは)生命力がある作品』というのは、すばらしい表現だと思います。結果的に生命力があるんだけど、こっちはもう足掻いてるだけだったんですよね(笑)。

「死にたくねえー!」と足掻いていたし、無茶振りをされても「うおー、なんとか生き延びてやる!」と頑張っていた。気がつくとシリーズが広がっていって、頑強な生命になった。筋肉と一緒ですね。

その表現は、本当に励まされました。とても嬉しいです。うん、まさしく生命力に満ちた20年だったと思います。

──ちなみに、焼鳥さんは『Fate』のどういった部分に「生命力の強さ」を感じられているのでしょうか?

焼鳥氏:そうですね……ここ数年『崩壊』シリーズに携わり、ユーザーのみなさまと一緒に歩むなかで、「生命力」という言葉をすごく意識するようになりました。

奈須先生がおっしゃった「生命力に満ちた20年」……その20年はきっと、奈須先生が作品を通して、またご自身の世界に対する見方や考え方を通して、ユーザーのみなさまと会話されていたのだと思います。それは受け取る側にとっても原動力や生命力の源になりますし、それこそが「感動」という感情の正体なのだと考えています。

その作品から受けた影響や感動を持ち続けることで、いつかそれは自分にとって重要な決断を下すタイミングで、助けになってくれます。私がおふたりのエピソードを聞いて、「好きにやろう」と決めたときのように。『崩壊』シリーズでは、それに類似した「生命力」を届けていきたいです。

そんな思いが絶えず火種となり、新たなクリエイターが生まれ続ける……そんな「創作者の生き方」まで含めて、「生命力の強さ」なのだと思っています。

奈須氏:たしかに、お話を作るときは、「自分のすべてを、いまできるベストを叩き込む」ことを意識していました。自分に才能の限界はあっても、手は抜かない。楽な道には行かない。それをずっと守ってきた。

なんでそこまでやるのかというと、作品が10年20年と生き続けてほしいから。パッケージそのものに不死性を求めていたんです。そうやって書けば、10年20年経っても、この物語は死なないぞと。それこそが「生命力」ですよね。

そんなつもりで書いていたことが、『Fate』が生き続けた理由なのかな……と、いま思っています。でも、こうやって作るとしんどいんだけどね(笑)。

奈須きのこが考える、「ソーシャルゲームの世代交代」とは

──ちょっと話が変わってしまうのですが、奈須さんが「(今回の対談は)ソーシャルゲームの世代交代として話すべきだ」と考えられていると、事前にお聞きしたんです。それはどういったことなのでしょうか?

奈須氏:ちょっと長くなるので、この話は段階を踏んでいきますね。

奈須きのこが『FGO』を作り始める前……2010年くらいのころ、ソーシャルゲームというものは、コンシューマーに対する「暇つぶし」でしかなかった。ほとんど、ゲームとは呼べないものだった。それが少しずつ端末の進化とともに、ちゃんとしたゲームになっていった。

ただ、それでもまだコンシューマーが1時間半の映画だとしたら、ソーシャルゲームは4コママンガくらいのものだったんです。面白いけど、読み飛ばしておしまい。

そこからさらに進化して、『チェインクロニクル』『グランブルーファンタジー』、『FGO』などは週刊マンガ的な立ち位置になった。

コンシューマーゲームはリッチでゴージャスだけど、ソーシャルゲームは日々のやりがいやゲーム以外の人との繋がりを築くことで価値を上げていった。これが、『FGO』を含めた自分の代の話。

(画像はFate/Grand Orderの世界 | Fate/Grand Order 公式サイトより)

奈須氏:ただ、『原神』【※】が現れた。

いままでコンシューマーに比べて、ソーシャルゲームがゲームとして足りなかったもの……言ってしまえば「格下」だった部分が、幸か不幸か『原神』以降はコンシューマーと同レベルになった。これが世代交代のひとつめです。

※「原神」HoYoverseが開発した、オープンワールドRPG。2020年より配信が開始。「テイワット」と呼ばれる世界を冒険するファンタジー作品であり、いまもなお人気を集めている。

──『原神』は、ある種ソーシャルゲームの限界を乗り越えていったタイトルですよね。

奈須氏:そうやって、ランクが変わった。

きっと、焼鳥さんを含めた『崩壊:スターレイル』チームのみなさんも、多くのスタッフがいいものを作るために頑張っていると思うんだけど、これって当たり前のことで……たとえば、ライターがいいシーンを書いたら、それをいい動画にするためには、すごく人員が必要になります。

『FGO』のようなクラシックな形式のADVは、ライターがいいシーンを書けば、あとはライターと同じくらいの労力をかければ、いいシーンを再現できる。

でも、コンシューマーと同レベルになってしまったソーシャルゲームは、ライターがいいシーンを書いたら、その何十倍もの労力で『いいシーン』を形にしなくちゃいけない。ここにかかる労力はすさまじくて、ぶっちゃけコンシューマーでは、それをやると破綻するんですよ。30時間ずっといいシーンや気合の入ったムービーを体験できるものは、めったにない。でも、それを『原神』はやってしまった。

それだけの規模で大きな物語や感動、充足感を与えるには、かなりの規模の人員と予算が必要です。現在では、一部のコンシューマーでさえ、それを達成するのは非常に難しい。

となると、とことんまでリッチなエンタメを見たかったらそれはAAAのソーシャルゲームでしか味わえなくなるのではないかと……まあ、もうみんな心のなかでは思ってるはずなんですけどね。それはハッキリ言うしかない。その世代交代がもう来ているんだと。

我々はひとつ前のところでなんとかソーシャルゲームの価値を上げたけど、さらにその価値を上げたのがHoYoverseさんのような次世代のパワーだと思います。

さらに、いまの中国のゲーム業界はまさに戦国時代。生き残るためにはより強く、面白いタイトルを作らないといけない。生存競争の場においてここまで過酷で、スリリングな場所はないと思います。

奈須氏:まあ、HoYoverseさんが短いスパンでいいものを提供すればするほど、ユーザーの舌も肥えていって、どんどんピラニアになって襲いかかってきてると思うんだけど……そこは頑張ってくれ!

──まさに、焼鳥さんは「当事者」としてその開発体制に携わられているわけですよね。

焼鳥氏:だから地獄だって言ったじゃないですか(笑)。

一同:(笑)。

奈須氏:まあ、地獄ですよね!

クラシックな作りの『FGO』ですら火の車なのに……あの規模で、しかも全世界同時配信でしょ? もう人間の所業じゃないからね!

焼鳥氏:あれこれ考えすぎても解決にならないこともあるので、むしろこのような大きな規模の物語を作れる機会があるのは、これ以上にない幸運なことでもあると思います。なので眼の前の仕事に専念することが一番大事かと……現実の中でも火を追う旅は、失う旅ではありますからね!!

奈須氏:そうか、一度始めたことだもんなあ……。

──『FGO』は、もともと奈須さんが週刊少年ジャンプやテレビアニメのような、みんなで「次はどうなるんだろう」とリアルタイムで盛り上がるコンテンツを意識して作られていましたよね。『崩壊:スターレイル』は、アニメPVやライブイベントなどのゲーム外コンテンツも含め、その延長線上に存在していると思うんです。

奈須氏:そうですね。

ゲームだけじゃなく、実生活における充実も完備する。もう、「おはようからおやすみまで、ゆりかごから墓場まで、スベテハHoYoverseガ管理スル!」という感じなんですけど(笑)。

日本のメーカーもユーザーがゲームを好きになってくれるのと同時に、さらにその好きな気持ちを受け止める土壌作りまでを理解したうえで、広げてはいたんだけど……HoYoverseさんはそれを、より大きな舞台で、より多くの労力をかけて実現しようとしている。明日のスターレイルライブがどれほどの『夢』を見せてくれるのか、今から楽しみです。【※】

※本対談は、上海で「スターレイルLIVE2025」が開催されていた時期の実施だった。

焼鳥氏:HoYoverseも、そういった週刊連載のマンガやアニメに触れて育った人間が多いので、「リアルタイムで一緒に時間を過ごしていくことで、強い感情を持ってもらう」ことの大切さは理解しています。

だから、実はゲームのストーリーも毎週更新がいいなとは思うのですが、さすがに難しいですね(笑)。

奈須氏:あのクオリティでやったらスタッフが死んじゃうよー!!

(画像は「スターレイルLIVE2025」公式録画完全版 – YouTubeより)

──ちょっと踏み込んだことをお聞きしてしまうのですが、「オタク文化」的なものが、中国で発展して、そして花開いている……奈須さんのなかで、そこに対する嬉しい気持ちや、ある種の「寂しさ」などはあったりされるのでしょうか?

奈須氏:それはもう、「アーキタイプ・インセプション」【※】をやってくれとしか言いようがないんですけど……やっぱり自分も、過去の先人たちの素晴らしい作品を見て、「自分もこういうものを作りたいな」と思ったものです。

ただ、その過去の作品の素晴らしさを知っているのは、その時代を生きた人間がほとんど。世の若い子が知らないことは思い知っているし、いずれ自分もそうなる。

でも、自分が頑張った理由は……同じ時代の人間と盛り上がれたこと。彼らと一緒に生きられたこと。それがのちに、より優れたものに変わっていくはずだという確信がある。

だから、オタク文化さえ生きていれば、自分はどこで流行ろうが全然構わないです。

※「奏章Ⅲ 新霊長後継戦 アーキタイプ・インセプション」『FGO』の「奏章Ⅲ」として登場したストーリー。シナリオを奈須きのこ氏が担当し、いわゆる「夏の水着イベント」からメインストーリーに派生する異例の章となっていた。「AI」や「霊長の継承」といった独自のテーマが扱われ、プレイヤーの間でも大きな反響を呼んだ。

「人間讃歌」が、人の心を掴む理由

──まさに「アーキタイプ・インセプション」は、奈須さんがずっと書かれてきたテーマの集大成だったと感じていました。もう、正直いちファンとしては「もしかして、奈須さんはこれで引退してしまうのか?」と思うほどの内容だったのですが……

奈須氏:引退してぇ~………。

一同:(笑)。

奈須氏:まあ、「アーキタイプ・インセプション」は、まさにここ10年のテーマの結論ではありました。ずっとアレを言いたくて10年やっていたようなもので……たまたまそれがタイミングとしても合っていたし、『FGO』がどういう終わりを迎えるのかも見えているからこそ、ここでちゃんと書くべきだろうと。

人間、無限には生きられない。若いうちはまだ自分本位でいいと思うんだけど、いずれこういうときが来る。そのときのために、きちんと心構えをしておこうね……というだけの話ですね。

あと、「人間讃歌」も含めて、これは過去の偉大な先人たちが何度も味わってきて、同時に扱いきったテーマでもあるんですよね。そう思うと切ないし、同時にちょっと嬉しいなと。

奈須氏:でも、メタ的には「今年の夏はこのキャラを出すから、使ってね!」と押し付けられたから、ああなってる部分もあるんですけど(笑)。そういういろんな偶然が重なって、結果的に「アーキタイプ・インセプション」は完成度が高くなったなと思います。

だから、別にアレを書いたからといってやめることはないよ!

──そのお言葉を聞けてよかったです。それで言うと、奈須さんも焼鳥さんも、シナリオのなかで「人間讃歌」を書かれることが多いと思うのですが、なにかおふたりが「人間讃歌」というテーマを意識されたタイミングなどはあるのでしょうか?

奈須氏:「ひとりの人間の人生を書こう」と思ったら、それはどうしても人間讃歌になっちゃうものだと思いますよ。その対象が王様であれ乞食であれ、英雄であれ兵士であれ……「生涯を書ききる」とはそういうことだろうと。

これは、多くの名作を見て思い知ったことです。やっぱり、「必ず胸に残る話」というのは、人間を書ききっている。その作品における、登場人物の始まりと終わりと、その結論を書いている。それが読者にとって教訓や感動になったりしているので、必然的に物語というものは、人間讃歌になってしまうんだろうなと。

ただ、それは奈須きのこがふわふわした人間性だから、こう思っているというか……。

焼鳥氏:奈須先生と比べると、自分はまだまだ成長途中ではあるし、その考え方も変わっている最中なのですが……『崩壊3rd』のシナリオを書いていた20代後半のころは、巨大な世界に直面したり迷いを感じているときに、自分自身の判断を問うようにしていました。

それで、多くの人間が共通して直面している課題に対して、自分なりの「世界との接し方」を見つけ出そうとしていました。どれだけ世界に美しくないことがあろうと、そのなかには必ず美しいものが宿っている。

そして、どれほどの困難に直面しても、その人の「覚醒」する瞬間がやってくる。それが衝動や感情的なものだったり、後先を考えていない場合もあるかもしれないけど、「世界の運命を良い方向にしよう」という姿勢は、必ず人々の魂の根底にあるものだと信じている……それが、『崩壊3rd』を書いていた時期の、「人間讃歌」に対する考え方でした。

(画像は崩壊3rd公式アニメ「永遠なる薪炎」 – YouTubeより)

焼鳥氏:そして、『崩壊:スターレイル』に携わっている現在は、次のステップに来ています。

タイトルとして、ユーザーやターゲットの規模がさらに大きくなったからこそ、より多くの人間が抱えている「現代的な社会問題」を見つめようと考えているんです。

たとえば、いまは「現代的な虚無主義(ニヒリズム)」【※】というものが存在していると思います。未来に対する迷いや息苦しさ、現実に押しつぶされそうな重圧感……そんな状況では、ただ「人間の力を信じる」と書いたとしても、無力なものになってしまう。

そこで考えているのが、やはり命は「愛」と「憎しみ」で成り立っているということです。

※「虚無主義(ニヒリズム)」いま生きている世界に目的や意味はなく、人間のなすことにも一切の価値がない……といったことを主張する考え方のこと。

──「愛」と「憎しみ」ですか。

焼鳥氏:まず、「憎しみ」とは非常に激しい感情です。認めなければならないのは、巨大な虚無や苦しみを前にしたとき、人が自己を保つためには何らかの原動力が必要であり、「憎しみ」は一種の抵抗なのだということです。

それは時に暴力的で、時に皮肉めいていて、無力感を打ち破るだけの力を持っています。困難な時代であればあるほど、社会や集団の中にある「憎悪の感覚」もまた強くなるのです。

それでも私は、「愛」と「憎しみ」は本質的には等しいものだと信じたい。憎しみは最終的に満たされることがなく、魂を癒すこともできません。さまざまな負の感情が薄れていった後に残るのは、やはり「愛されたい」「愛したい」という渇望です。だからこそ、人は「記憶は美化される」と言うのかもしれません。心の奥底で求めているのは、やはり何かに育まれ、守られる感覚なのです。

『崩壊:スターレイル』のような長期運営型のゲームにおいては、長年の歩みの果てに、ストーリーの終わりで「愛」という感情をユーザーに残すことが必要だと思います。運営とともに月日が流れていく中で、「かつて心が動かされたあの瞬間」が、誰かの心の支えになってくれたらと願っています。

むしろ、現実の生活があまりにもつらいからこそ、「やさしさ」や「善良さ」こそが、もっと描かれるべきなのだと思います。そうすることで、人は「自分はひとりじゃない」と感じることができるのです。

奈須氏:うん、いいと思います。

さっき「人間の一生を書ききれば、自然に人間讃歌になる」とは言ったけど、やっぱりその人間が本来諦めてしまっていたことを実現する……いや、実現させたい。実現してほしい。人間、最後には「報い」があってほしい。そんな思いは、ずっと共通していますね。

「報い」というのは、自己実現であったり、愛の獲得だったり、自分への答えだったり、もしくは諦めだったりするのですが……それを見る人間は、自分と重ね合わせることができる。反対されたり、励まされたりする。それが、「人間讃歌」が人の心を掴む理由だと思いますよ。

焼鳥さんも近しいことを言ってくれましたが、そうは言っても人類がここまで続いているのは、必ず「善意」があるから。人間が悪意だけの生き物だったらこんなに続いていないはずだから、必ず善は存在する。

そして、善意は常に多すぎるがゆえに、目に見えないもの。悪意は少ないがゆえに、目立つもの。

普段は意識されないけど、その善意で我々は生かされている。

だから、その善意を信じているというよりかは、「そうあってほしい」、「それを守り続けてほしい」と思っていますね。

何のために終わらせるのか、何のために「死」を送るのか

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何のために終わらせるのか、何のために「死」を送るのか

──『FGO』が今年で第二部終章を迎えることも含めてお聞きできればと思うのですが、奈須さんと焼鳥さんは「ゲームの美しい終わり方」をどのように捉えられているのでしょうか? 特に、ソーシャルゲームは終わり方がものすごく難しいと思うんです。

奈須氏:さっき焼鳥さんが『Fate/stay night』をクリアしたあとに、「虚しさ」を感じたとおっしゃられていたじゃないですか。それは、自分も『FF4』【※】をクリアしたときに思ったんですよ。

エンディングを迎えたときに「俺は明日からどうやって生きていこう、死ぬか」と思ったくらい、あまりにもゲームに熱中しすぎていて、終わった瞬間、ものすごく虚無になった。でも、振り返ってみると、あの虚しさは、やっぱり「悔しさ」なんですよね。あの「なんで永遠に続かないんだ」という悔しさがあったからこそ、いま良いものを作れている。

だから、ワールドエンドというものは、それがどんなに美しい終わりでも、終わる以上は悔しい。その悔しさや切なさが、いいゲームの終わり。それが、本当に意義のある物語だと思っています。逆に、永遠に続く物語は、生きてはいるけど戦っていないというか……まあ、ゴールがない人生はツラいですからね。

だから、『FGO』もキチンと終わらせることは初めから決めていました。終わらせ方も動かしようがないけど、もしきのこのエゴより巨大な民意がやってきたら、その民意に屈服せざるを得ない。アニプレさんがスポンサーだからさ!

一同:(笑)。

奈須氏:でも、ソーシャルゲームである以上、その特性を活かした終わり方を考えています。

悪いけど、先にやらせてもらうぜ!これはもう、やったもん勝ちなので!

※「FF4」『ファイナルファンタジー』シリーズのナンバリング4作目。シリーズ初のスーパーファミコン向けソフトとして発売された。初めて「アクティブタイムバトルシステム」が採用された作品であり、ストーリー性の高さも評価された。

(画像はFate/Grand Orderの世界 | Fate/Grand Order 公式サイトより)

──焼鳥さんも、『崩壊3rd』第1部のラストに携わられていましたよね。

焼鳥氏:やはり『崩壊』シリーズのタイトルも、必ず終わり……もしくは段階的な完結があることは最初から決められています。そして、そのエンディングから逆算して、物語の構成を考えています。

私たちのゲームは、やはり「ユーザーと一緒に過ごす時間、一緒に成長する過程」を大切にしています。キャラクターたちも、現実のユーザーと同じく、時間とともに成長して次のライフステージに向かってきます。だからこそ、必ず現実と同じ「お別れ」が来ます。

そこで、どうお別れを告げるか。それが、物語の終わりであり、「答え」を出すところ。

ただ、ユーザーのみなさまには、ゲームが終わっても「明日」があります。そのために、物語が終わったとしても、明日に向かって歩き出せるようなテーマを描くべきだと考えています。前へ踏み出すときの原動力になったり、いつの日かその物語を思い出したとき、心のなかに勇気や愛が残っている……そんなエンディングを、目標としています。

──「終わり方」と合わせてお聞きしたいのですが、奈須さんと焼鳥さんは「キャラクターの死に際」や「退場シーン」に、すごく力を入れて書かれている印象があるんです。「キャラクターの終わり」を描くとき、どのようなことを意識されているのでしょうか?

奈須氏:キャラクターの終わりを書くのは、すごくカロリーを使うんです。

そのキャラクターが終わったら、それ以上そのキャラが語れることはないんですよね。だから、本来そのキャラクターが持っていたものを短いセンテンス……もしくはセリフが言えない状況でも、必ず表現しなくちゃいけない。それが生んだ者の責任であり、プレッシャーでもある。

むしろ、その死に際を最高のものにできなかったら、何のために今まで書いたのか?

そこが、カロリーの高いところですね。だから、そこを書く前は、ちょっとキレイに禊を済ませて、「お、今日は体調がいいぞ。よしやるか」と(笑)。どのシーンもカロリーは使うけど、特に死に際が一番カロリーがかかるし、熱がこもりますね。

焼鳥氏:それは、私も近い感覚ですね。

仕事とは関係なく、私はキャラクターが人生の絶頂で幕を閉じるような結末が好きです。すべての登場人物が最も華やかな姿で、物語に美しい句点を打つ。そんなラストに心惹かれます。

それに対して、キャラクターが少しずつ衰えていき、緩やかに坂を下るように終わっていく物語は、私にとって哀しさと、そしてどこか恐ろしさを感じさせるのです。

──さきほど奈須さんが「作品(パッケージ)に不死性を持たせたい」というお話をされていましたが、キャラクターもその散り際や死に様によって、不死性がもたらされることがあると思うんです。

奈須氏:まさに「伝説」になりますからね。

死に際が鮮烈であったり、凄惨であったり……激しい闇でも光でも、どちらにせよ終わりを迎えたものは、ユーザーの心に残り続ける。それが励みになったり、教訓になる。そこは物書きとして目指すべきものだから、カッコつけて言うと、常に目指してはいます。

焼鳥氏:少したとえ話になってしまうのですが……ほとんどの人間が人生をかけて「死をどう迎えるか」という問題の答えを探しているのだと言うのであれば、キャラクターの死が注目されるのは、やはりみなさんがその問題に対して関心を抱いているからだと思います。

そして、キャラクターたちも、自身の最後に「答え」を出そうとしている。

これは私たちがシナリオを書いているときに感じたことなのですが、キャラクターはある段階に入ると、もう制御ができなくなることがあります。こちらの認識や知識を超えて、その結末にキャラクター自身が向かっていく。キャラクターが勝手に動き出して、自分たちが見つけられなかった「答え」を出してくれるんです。

奈須氏:「書いていくうちに、こちらの思惑から外れるキャラクター」は、まれにいるんですよね。

ただ、これはライターのタイプにもよると思います。たとえば、自分のなかでそのキャラクターのパラメータを作り、「こいつならこういう風に動くだろう」というシミュレーション的な動かし方をしていると、あるタイミングで自分の想定とは全く違うことを自然にやるんですよね。

セリフなども、ここで「はい」と言えばキレイに1ページで終わるのに、こいつ「いいえ」って言いやがった! うわーここから10ページも続く!! ……みたいなことが(笑)。

奈須氏:そうしてキャラクターが成長していった最後に、何を無念に思うか。その最後のセリフで、そのキャラクターにとって一番大事だったものがわかるんですよ。

そういう突発性で物語を書くことによって成長して、作者のものではなく、完全に物語のものになったキャラクターは、たまに存在するんですよね。

その「物語のものになったキャラクター」が死ぬ間際に言うセリフは、たぶん作者も意図していない。むしろ作者も「ああ、コイツ、これを最後に言いやがった……」と思うような、面白いことが起こる。

たとえば、死ぬ間際に突然「ラーメン……!」と言って、こっちも「お前そんなにラーメン好きだったの!?」と驚くような(笑)。ただ、それだけでも、十分にそのキャラクターがなにを大事に思っていたのかがわかりますよね。ライティング作業には、そういうご褒美があります。

──奈須さんは、その「シミュレーション型」で書かれることが多いのでしょうか?

奈須氏:そうですね。

「自分のなかに別人格を作る」と言うとカッコいいけど、単純に「この人物だったらこういうことをする」と決めたのを、忠実に守るようにしています。

だから、さっき言ったような「なんで俺の言うことに逆らうの?」と思うようなキャラがいるんですが、同時に「でも、こいつならここで素直に“はい”と言わないよな」と。そのせいで、どんどんテキスト量が増えて、ラセングルさんが泣いているんですけど。

一同:(笑)。

奈須氏:ただ、突発的なように見えて、実は無意識のうちに作家が積み重ねてきたキャラクターの所作というものがあり、その設定が長くなれば長くなるほど、それを守らなくちゃいけないんです。そして、真面目な作家はそれを守ろうとして、プロットとは違うことをキャラクターが言いだしたりする。

逆に強引な作家は、この積み上げたものを無視して、プロット通りの話を書く……それに気づいた読者が「なんかおかしくね?」と思うようなケースも発生する。まあ、そこは作家あるあるなのです。

──焼鳥さんも、キャラクターを書かれるときはシミュレーション型なのでしょうか。

焼鳥氏:私も同じですね。

むしろそうでなければ、キャラクターの現実味はあまり出せないと思っています。

もしも、世界が滅びる最悪の事態が起きたとしたら──

──最後に、なにか焼鳥さんから追加で奈須さんにお聞きしたいことはありますか? 今日は焼鳥さんのTYPE-MOON愛がこれでもかと伝わってきたので、なにか他にもお話しされたいことがあるのではないかと思い……この機会にぜひ!

奈須氏:やめろー!

こいつの口車に乗るなー!!

焼鳥さん、無茶することないぞ。

焼鳥氏:私にとって、今回の対談は非常に光栄で、まさに夢のような機会でした。今日の対談を通して、ひとつ頭のなかで浮かんだシーンがあるんです。

それは、もし世界が滅びるという最悪の事態が本当に起きたとしたら──という仮定の話です。

そして焦土となった廃墟で、ひとりの幼い子どもが古いテレビをつけたら、画面には『Fate/stay night』が映っている。そんなアポカリプスな世界で、突如子どもの前に、マントを着ているおじさんが現れる。そのおじさんが、しゃがんで言うのです。

「知ってる?俺は奈須きのこに会ったことがあるぞ」って。

一同:(爆笑)。

焼鳥氏:次の瞬間、少年が振り返る。

なんと彼こそが、かつてのあの青年──大人になった自分だったのだ。

「どうだい? 君の期待には応えられただろう?」──このセリフとともに、物語は幕を閉じる。

奈須氏:うん、もう……要約すると、バトンを渡せてよかった!

いや、だって自分も20代のころにそういうこと考えましたから!世界の終わりに、好きな作品を見て……そこにはかわいい6歳くらいの黒いエプロンドレスの女の子がいて、名前は「アリス」って言うんだけど、そのアリスが本を持ってきて「パパ、この本読んで」「ああ、その本はな───」みたいに、好きな作品を語って死ねたらいいなとか昔思ったもんだけど(笑)。

いやあ、きれいにバトンが渡りましたね!

──まだ引退しないでほしいです。

奈須氏:ほらほら、こう言われるから……。

まあ世界の終わりは来てほしくないですが、こちらこそいずれ若いユーザーに「えっ、お前きのこのクセにHoYoverseとコラボしたのか!?」と聞かれたときに、「したんだよー!」って言えますね(笑)。

奈須氏:最後にちょっとだけ雑談なんですけど、焼鳥さんのペンネームって、なんで「焼鳥」なんですか?

焼鳥氏:実は、もともとは違うペンネームを使っていたんです。

面白いことに、そのペンネームの中国語の読み方が「焼鳥」と似ていて、自己紹介したときにプロデューサーが「焼鳥」と聞き間違えたんです。ただ、「焼鳥」のほうが覚えやすいので、このペンネームになりました。

奈須氏:そうだったんですね!

ペンネームは、覚えやすいのが最強です。

一同:(笑)。

これ、「新霊長後継戦 アーキタイプ・インセプション」じゃん。

確実に、私と同じことを思っている人がいるはず。奇しくも、別になにも狙っていなかったのに、いつの間にか「アーキタイプ・インセプション」になっていた。継承と、世代交代。そんな歴史の一部始終を切り取った対談でした。

いつだって何千、何万、何億回と間違えて、人類は続いてきた。それは、創作史も同じ。ずっと続いてきたし、これからも受け継がれていく。

時代が変わっても、たとえ国が変わっても、必ず「よりよいもの」に変わっていく。

ちょっと個人的なお話で恐縮ですが……焼鳥さんと同じく、私も学生時代に『FGO』に触れて、「こんなに面白いものがあるのか」と衝撃を受け、なんやかんやあってこの仕事をしています。だから、ちゃんとバトン渡ってると思います! みんな、バトン受け取ってるはずです!

そんな私たちにも、現代を生きている我々にも、いつか必ず「渡すとき」がやってくる。人類の未来を、私たちが生きてきた証を、誰かに任せるときがくる。だからこそ、いまを精一杯生きるべきだ。いまを思いっきり楽しむべきだ。

ということで、『崩壊:スターレイル』と『Fate/stay night [Unlimited Blade Works]』のコラボ、いよいよ始まります!

そんな、いつかの日のために。コラボも、全力で楽しみ尽くしましょう。

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▼対談記事はこちらhttps://t.co/fPB3N6v8eL pic.twitter.com/iu4KQcvCYS

— 電ファミニコゲーマー (@denfaminicogame) July 8, 2025

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