息子は官邸襲撃の「テロリスト」なのか 父親の「いま思えば…」
秋晴れの空の下、心は晴れなかった。東京拘置所のロビーで、臼田篤伸(とくのぶ)さん(81)は小さく息を吐いた。
「やっぱり、面会は無理でした」
2年前、東京・永田町の自民党本部と首相官邸前に、火炎瓶や発煙筒が投げ込まれた。
「テロリスト」として取り押さえられ、後に殺人未遂罪や火炎瓶処罰法違反で起訴されたのが、同居の長男、臼田敦伸被告(51)だった。
事件以来、一度も会えないまま、11月2日に初公判が開かれる。
予兆はなかったのかと何度も問われ、父は言う。「思い返せば……そうだなあ」
過去をたどる、長い話が始まった。【最上和喜】
突然の電話「息子さんが」
一報は、どこかのマスコミからだった。
「息子さんが逮捕されました」
2024年10月19日昼。篤伸さんは、1人で営む埼玉県川口市の歯科医院でその電話を受けた。自宅に戻って記者たちの取材に応じていると、今度は警視庁の捜査員がやってきた。
「家宅捜索をします」
令状を見せられ、臼田被告の持ち物を段ボール箱に詰めだした。
「ただ驚いた。変わった様子はなかったかと何回も聞かれたが、何も分からなかった」と振り返る。
自民党本部と首相官邸で
事件はその日の早朝にあった。
午前5時45分ごろ、自民党本部前に1台の軽ワゴン車が止まる。防護服とガスマスクを着けた人物が降りるなり、警備中の警察官に向かって高圧洗浄機で謎の液体を噴射。党本部に5本の火炎瓶を投げ込むと、再び車に乗り、今度は600メートル離れた首相官邸前の防護柵に突っ込んだ。そこでも警察官に発煙筒を投げ、取り押さえられた。
それが、臼田被告だった。逮捕以来、黙秘を続けている。
警察庁は臼田被告を、単独でテロに走る「ローンオフェンダー(LO)」と認定。安倍晋三元首相銃撃事件(22年)、岸田文雄元首相襲撃事件(23年)に続く国内3例目だった。
ガレージで見た「予兆」
「根底にあったのは『政権への反発』だろう」と篤伸さんは言う。ただ、本人の口から理由を聞いたことはない。
裁判所による「接見禁止」の決定がなされ、父親の篤伸さんでも、面会申請は全て却下されてきた。毎回、1万~3万円を差し入れるだけで終わるという。
「会って聞いてみたい。『何があったんだ?』と」
思い出す光景がある。いつからか自宅ガレージに…
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