パンデミックが起きるかもしれないリスクに投資する「パンデミック債」とは?

メモ

銀行や証券会社が提供する金融商品の投資対象は株式や債券、通貨、物品の価格など多岐にわたります。世界銀行が2017年に創設した「パンデミック債」は、なんとパンデミックが起きるかもしれないリスクを投資対象とした金融商品です。パンデミック債とは一体どのようなものなのか、どういう経緯で作られたものなのかについて、研究者のスーザン・エリクソン氏が解説しています。

The Business of Betting on Catastrophe | The MIT Press Reader

https://thereader.mitpress.mit.edu/the-business-of-betting-on-catastrophe/ パンデミック債とは、致命的なパンデミックが発生した時に慌てて資金調達に走るのではなく、あらかじめ市場からある程度の資金を調達しておくことを目的にした世界銀行の金融商品です。投資家が資金を預けている期間中にパンデミックが起きなければ、投資家は約束されていた利息に加えて元本をそのまま受け取ることができます。しかし、もし期間中にパンデミックが起きてしまった場合、投資した元本は感染症対策に使われてしまうため、投資家は大損するというわけです。

健康に関連する政治経済学や金融について研究しているエリクソン氏は、世界銀行が2014年に発表したパンデミック債の研究をする中で、保険リンク証券という金融商品との関連に着目せざるを得なくなりました。保険リンク証券は損害保険会社のリスクを肩代わりする「再保険」という業界と密接に関係していますが、当時のエリクソン氏は再保険という業界についての知識が薄く、業界の知り合いもいなかったとのこと。

そこでエリクソン氏は、2017年にドイツのバーデン=バーデンで開催されていた国際的な再保険会社のカンファレンスに出席し、保険リンク証券やパンデミック債についてのヒントを得ようとさまざまな専門家に接触しました。なお、エリクソン氏は一連の経緯を自身の著書「Investable!」にまとめています。

人間社会は古くから不測の事態に備えた「保険」という仕組みを活用しており、紀元前2~3世紀の中国やバビロニアにも一種の保険があったほか、地中海でも紀元前300年頃から船や積み荷の持ち主が金融業者から資金を借入れ、トラブルなく交易が済んだら利息を付けて返す「冒険貸借」という仕組みがあったとのこと。 その後、保険金を受け取る代わりにさまざまな損害を補償する保険会社が誕生しました。しかし、巨大なタンカーや石油コンビナートといった高額契約で事故が起こると、会社を揺るがす高額な補償金が発生するリスクがあるほか、大勢に影響する大規模な異常気象や災害が起きた時も、保険金の支払い総額が高額となる可能性があります。これらのリスクを軽減する仕組みが、再保険と呼ばれるものです。 再保険では、直接被保険者と契約をする元受保険会社が、再保険会社に対して再保険料を支払うことで、保険契約の責任の一部またはすべてを肩代わりしてもらいます。このようにしてリスクを分散させることで、保険会社は安定的な経営が可能となっています。

そんな中で登場したのが、伝統的な保険商品では不可能なリスク移転を実現する手法の総称である「Alternative risk transfer(ART:代替的リスク移転)」です。保険リスク証券は1990年代に登場したARTの一種であり、「保険会社が引き受けるリスク」を証券化し、リターンを設けて投資家から資金を調達するというもの。保険会社が引き受けるリスクの中には大規模災害や異常気象なども含まれており、パンデミック債も保険リスク証券に分類することができます。 保険リスク証券を通じて提供される保険の中には、「パラメトリック保険」と呼ばれる仕組みが導入されているものがあります。これは、被保険者が経験した実際の損害や損失とは関係なく、事前に設定された「トリガー」を使用して補償金の支払いを決めるというもの。たとえば、「フロリダの沿岸2マイル(約3.2km)以内で、ハリケーンの風速が時速175マイル(時速280km、毎秒78m)に達すること」がトリガーである場合、この条件を達成したら被保険者の被害にかかわらず補償金が支払われる仕組みです。 パラメトリック保険のトリガーは多岐にわたり、エリクソン氏が会話した保険リスク証券のコンサルタントは、エチオピアの農作物保険では「土壌の緑化度合い」がトリガーとなっていると話しました。このようにトリガーに基づいた支払いシステムは、すぐに資金を受け取りたい企業や個人にとって有効だとのこと。

パンデミック債の場合、支払いのトリガーは感染症の死者数やまん延の速度などでした。実際、2020年に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが起きたため、元本を取り崩して途上国支援が行われました。仮にパンデミックが起きていなかった場合、投資家は2020年7月の満期で最大40%の利回りが見込めたそうです。

一見すると危険そうに見える保険リスク証券ですが、自然災害などのトリガーは株式市場や景気といった金融マーケットとの相関が低いため、投資ポートフォリオを分散させる上では有効な投資先となっています。世界の保険業界全体の規模は5兆ドル(約720兆円)ですが、そのうち1950億ドル(約28兆円)を保険リスク証券が占めるとのこと。 エリクソン氏は、「保険リスク証券は投資家に利益(と損失)を生み出すためのさまざまな条件を提供し、魅力的な分散投資効果をもたらします」「投資家は、災害がいつ、どこで、どの程度の強度で発生するのかといった特定の災害における変数に賭けることで、利益を得たり損失を被ったりします。世界銀行のパンデミック債が登場するずっと前から、保険リスク証券はパンデミックリスクの投資適格性を高めるための準備を進めていたのです」と述べました。

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