努力でもカフェインでもない…スタンフォード大学教授が説く「ショートスリーパー」になる
17:17 配信
睡眠時間が短くても平気な「ショートスリーパー」には、どのような特徴があるのか。スタンフォード大学医学部の西野精治教授は「4時間ほどの睡眠で大丈夫という人は全体の1%未満のまれな存在だ。『ショートスリーパー』になるためには、ただひとつの条件がある」という――。 ※本稿は、西野精治『スタンフォード大学西野教授が教える 間違いだらけの睡眠常識』(PHP文庫)の一部を再編集したものです。■睡眠リズムは、ちょっとしたことでも乱れる 本や雑誌、ネットの記事などでみなさんが目にする一夜の睡眠経過の図は、睡眠のイメージを把握してもらうために、わかりやすくきれいな模式図として描いたものです。 実際には、そんなにくっきり明晰に脳波の変化が視覚化できるわけではありません。睡眠経過を見るには、便宜的に30秒単位で睡眠段階を判定していきますが、脳波はその30秒の間にもダイナミックに変動しています。 睡眠リズムというのは、ちょっとしたことでも乱れます。 健康的な睡眠の場合、入眠直後の第1周期のノンレム睡眠では一晩のうちでも一番深い眠り(これを「徐波(じょは)睡眠」「深睡眠」ともいいます)が出て、その後につづくレム睡眠は短い。そして明け方に向けて、深いノンレム睡眠は出なくなり、レム睡眠が長くなっていきます。 睡眠に何の問題も抱えていない若くて健康な人は、こうしたパターンが保持されやすいのですが、不眠や中途覚醒(夜中に何度も目が覚め、その後なかなか寝つけないこと)のある人、あるいは「睡眠時無呼吸症候群」のような睡眠障害のある人は、パターンがまったく違ってきます。 たとえば睡眠が十分足りていない人では、深いノンレム睡眠が明け方にも出るケースがよくあります。そういう状況では、朝の目覚めが悪く、すっきり起きることができません。■30代で高齢者のような睡眠パターンが出る人も 歳をとると、寝つきがよくない、中途覚醒や早朝覚醒(望む時刻より2時間以上早く目覚めること)が起きる、といった不眠症状を感じる人が多くなります。血圧が高めとか血糖値が高めとか、いろいろな“疾患予備軍”的な変調も抱えがち。そうなると、正常な睡眠リズムはますます出にくくなります。 こういう話をすると、「では、そうなるのは何歳ぐらいからか?」と気になる方も多いと思いますが、これもまた個人差があって一概にはいえません。 なかには、30代でも高齢者のような睡眠パターンが出る人もいます。加齢が原因といっても加齢そのものが多くの要因をはらんでいますから、それが何によるものかもわかりにくいのです。 睡眠の問題は、内的要因、外的要因、身体要因、いろいろな影響を多面的に受けるので、良好な睡眠を妨げている原因の本質がどこにあるかを突き止めるのは簡単ではありません。
睡眠とは、そのくらいフラジャイルな(こわれやすい)もの、乱れやすいもの。そしてまだまだ謎が多いものなのです。
■自分の睡眠状況を正確に知るには… 睡眠周期や睡眠リズムを知るには、医療機関で「睡眠ポリグラフ検査」を行います。 1泊2日で、ひと晩にわたって、脳波、眼球運動、心電図、筋電図、呼吸、動脈血の酸素飽和度といった生体活動や信号を測定して、睡眠周期、睡眠パターン、睡眠の深さなどを判定するのです。 ただし、得られるのはその晩の睡眠状況だけなので、睡眠専門医は日ごろの生活状況を把握するために、患者さんに「アクティグラフ(活動量計)」を装着してもらったり、睡眠日誌をつけてもらったりします。 自分の睡眠状況を知りたいけれど、病院に行くほど深刻な睡眠障害があるわけでもないという方は、市販のアクティグラフを使ってみるといいかもしれません。 最近、ウェアラブルデバイス(身につけて使用する端末)として、アクティグラフが急速に進化してきました。心拍数の変動を手軽に計測できるようになったことで、いままで判定できなかったレム睡眠やノンレム睡眠の深さなどがかなり正確に判定できるようになってきたのです。 アメリカでは、フィットビットという会社が24時間装着していられる腕時計型のアクティグラフを出したところ、おしゃれなデザインだったこともあり、大ヒットしました。 それに追随するように、いまではいろいろなところからファッション性に富んだウェアラブルなアクティグラフが出ています。■スマホ用アプリは、かえって睡眠を妨げることも 精度的に見ると、まだ睡眠障害を判定できるレベルではありませんが、自分の活動状況と共に睡眠の傾向や変化を把握するひとつの目安にはなると思います。 ウェアラブルデバイスでいうと、スマートウォッチでも活動量を測定することができます。 ただ、多機能なので電池のもちや充電の煩雑さが気になるところ。常用している人は、スマートフォンやパソコンと同期させてデータを集積できるメリットを活かし、長期間にわたってどのような変化があるかを把握する、といった活用の仕方をしているようです。 このところ急増しているのがスマホ用の種々のアプリです。 ベッドの上にスマホを置いて寝ると、就寝中の身体の動きを感知して睡眠状態を計測できるといったものがいろいろ出てきています。もっとも、私の見たところでは、ベッドの振動で体動などをセンシングするので、直接体動や心拍を測定する機器に比べると精度が劣ります。
また、スマホを枕元に置くことで、メールの着信音などが気になって、かえって睡眠が妨げられてしまう、といった弊害が出る面もあります。
■遠くない将来「スタンダード」になる方法 現時点では、これらのツールは使用者の睡眠パターンを正確に把握し、個々の問題点を的確に指摘することまではできませんが、今後期待できる分野であることは間違いありません。 かつて、血圧は病院でなければ測れませんでした。家庭用の血圧計ができたことで、血圧の測定が身近になり、体調管理に役立てられるようになりました。 スマホやウェアラブルデバイスを用いて自分の睡眠状況を把握する技術も、いまはまだ発展途上ですが、いずれもっと精度が上がり、専門家のアドバイスも加えることにより、誰もが自分で睡眠管理ができ、睡眠改善に役立てられるようになると思われます。 現代人の健康管理は、もはや睡眠管理抜きでは成り立たないといえますから、遠くない将来、きっと簡易計測方法がスタンダードになっていくことでしょう。 いわずもがなですが、日常生活に支障をきたすような睡眠障害の自覚がある人、睡眠動向を真剣に調べる必要性を感じる症状のある人は、日本睡眠学会が認定する睡眠専門医に診てもらい、きちんと睡眠ポリグラフ検査を受けるべきです。■「ショートスリーパー」になるための条件 「睡眠時間を短縮できたら、もっとパフォーマンスを上げられる」と考える人は少なくありません。日本人は、ショートスリーパー(短眠者)への憧憬や羨望がかなり強いようです。 ショートスリーパーとしてもっとも有名なのが、ナポレオン、エジソン。3〜4時間睡眠だったといわれています。また、世界的に有名な政治家、企業経営者、研究者のなかにも、ショートスリーパーで知られる人がいます。 そんなところから、「ショートスリーパー=できる人」「ショートスリーパー=成功者」というイメージがあるのかもしれません。 まず知っておいていただきたいのは、睡眠時間の長短は、遺伝的資質に規定されるところが大きいことです。 たとえば、短時間睡眠で平気な人の家族を見ると、親や兄弟姉妹も睡眠時間が短くて平気な人が多い傾向があります。ただ、これだけでは遺伝とはいいがたく、その家族の生活習慣、ライフスタイルの影響ということもあり得ます。
面白いのは双子研究です。一卵性双生児で一方がショートスリーパーの場合、成長してから違う環境で生活していても、もう一方の人も睡眠時間が短い場合が多いのです。ただし、それがひとつの遺伝子によるものか、複数の遺伝子の組み合わせで起こっているものなのかは簡単には判明しません。
■4時間睡眠で大丈夫な人は1%未満 以前、私たちは、短時間睡眠でも健康を維持している親子の遺伝子を調べていて、時計遺伝子のひとつに変異があるのを見つけました。これと同じ遺伝子の変異をもつトランスジェニックマウスをつくって睡眠状態を調べたところ、やはりほかのマウスに比べると睡眠時間が短かったのです。 こうしたことから、睡眠時間の長短はやはり遺伝的要素を無視できないと私たちは考えています。 「トレーニングすれば誰でもショートスリーパーになれる」と謳(うた)う人もいますが、もともと短時間睡眠の因子をもっていない人がそれをやろうとしても睡眠負債がたまるばかりなので、注意が必要です。 ナポレオンやエジソンのように4時間ほどの睡眠で大丈夫だというショートスリーパーは、じつは全体の1%未満。そのくらいまれな存在なのです。 そもそもショートスリーパーとは、睡眠時間が短くても平気な人のことです。短い睡眠時間でも、日中、睡眠不足でつらいと感じることがない、健康にもメンタルにもなんら支障をきたすことがない人。多くの人は、そういう因子をもっていません。 平均的な睡眠時間の統計では、どんなかたちでデータをとっても、正規分布(データ分布が平均値を頂点として左右対称の山型を描くようになること)になります。その平均値はおおむね6時間から8時間の間。 因子をもたない人が無理をして睡眠時間を短くしても、睡眠負債がたまってパフォーマンスが下がる、疾患リスクも高くなり健康被害が生じる、精神的にもイライラが募ったりするなど、いいことはありません。■「努力でショートスリーパーになれる」は幻想 「いや、自分は努力でショートスリーパーになれた」という人もいるでしょうが、そういう人はたまたま短時間睡眠の因子を潜在的にもっていたのでしょう。 ショウジョウバエを使った実験で、「ランダム・ミュータジェネシス」といって、特定の薬品を使って無作為に遺伝子に変異を起こすと、いわゆる活動期が非常に長くて、休息期が非常に短いものが出てきます。そして、この休息期が非常に短い変異種のほとんどが、寿命が短いのです。 ショウジョウバエの場合、一般的な「覚醒と睡眠」という定義にはあてはめられないので、これをそのまま人間の睡眠時間の長短に置き換えて言及することはできませんが、関連性がある可能性は高いと考えられます。 睡眠時間を減らして自分の稼働率を上げることができたら、一生でどれだけ時間を有効に使えるようになるかと考えると、ショートスリーパーの人をうらやむ気持ちもわかります。しかし、その結果、命を削ることになってしまったら元も子もありません。 自分も努力すればショートスリーパーになれるというような幻想は、むやみに抱かないほうがいいのです。 ちなみに、アインシュタイン博士は、10時間以上のロングスリーパーだったといわれています。ショートスリーパーだから偉業が成し遂げられるとは限らない、という好例でしょう。----------西野 精治(にしの・せいじ)スタンフォード大学医学部精神科 教授、スタンフォード大学睡眠生体リズム研究所(SCNL)所長医師、医学博士、日本睡眠学会専門医。大阪医科大学卒業。1985年大阪医科大学大学院より新技術開発事業団早石修プロジェクト出向。1987年スタンフォード大学留学。2019年ブレインスリープ創業、2021最高研究顧問就任。2022年NOBシフトワーク研究会設立、会長就任。著書に「睡眠負債」の実態と対策を明らかにしベストセラーとなった『スタンフォード式最高の睡眠』(サンマーク出版)、『スタンフォード大学教授が教える 熟睡の習慣』(PHP新書)、『睡眠障害』(角川新書)、『スタンフォード式 お金と人材が集まる仕事術』(文春新書)、『眠れなくなるほど面白い 図解 睡眠の話』(日本文芸社)、『スタンフォードの眠れる教室』(幻冬舎)などがある。
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プレジデントオンライン
最終更新:5/17(土) 17:17