「DH」は守備が下手な選手の「救済措置」なのか?|広尾晃「野球のことを中心に、そのほかの話題も」
明日、甲子園に行くつもりだが、今春から高校野球は「DH=指名打者」を導入している。メディアは「守備が得意でなくて、打撃センスのある選手に出場機会を与えることができる」ことをメリットとして強調している。そういう部分は確かにあるかもしれないが、DHのメリットは、そういう単純な意味合いだけではないと思う。
DHの目的
DHは、投手の打席を他の選手=指名された打者(Designated Hitter)に与えることだ。確かに、それによって打撃はいいが守備に難のある選手を起用することが可能になる。しかし、DH制の導入は、そんな単純な目的だけではない。投手・打者の分業は、アメリカでは20世紀前半にはほぼ完了していた。NPBでも戦後にはほぼ完了していた。投手は、他の選手よりもはるかに試合での運動量は多く、負担が大きい。そんな中で投手の打撃は当然ながら手薄なものになっていく。20世紀後半からMLBでもNPBでも投手の打順は「9番」が定位置になった。一般論として、投手は最も打撃力が弱い。だから最も打席が回ってくるのが遅い9番に置くのが定石になったのだ。投手の中には、打撃が得意な選手が何人もいたが、それは「余技」の類であり、投球に影響が出るようになってまで、打席に固執する投手は当然ながら皆無だった。
DHは、投手を投球に専念させるとともに、新たに1人の打者に出場機会を与える制度だ。
長池と高井
どんな選手に打席を与えるかによって、DHの持つ意味は大きく変わってくる。NPBのパ・リーグでは1975年からDH制が導入された。事前の予想では、当時、代打ホームランの世界記録を持っていた阪急の高井保弘が、DHに専従することでホームラン王になるかと言われたが、75年、初代の指名打者ベストナインになったのは同じ阪急の長池徳二だった。長池は31歳だったが膝を痛め、外野守備に就くのが難しくなっていた。25本塁打58打点、打率.270、OPS.838は、好成績とは言えなかったが、長池のキャリアを伸ばしたとはいえる。長池が衰えてから、高井がDHに座ったが、DHとしては78年の22本塁打が最多。高井は「ホームラン王をとるような打者ではなかった」と言える。
指名打者は「毎回代打に立つこと」ではなく、別物のポジションだったのだ。
止まり木、ポジション被り、打つだけ
パ・リーグでDHが導入されて半世紀を越したが、DHに起用される打者は「守備が苦手で打撃が得意な打者」のような単純なものではなかった。経験を積むとともに「DH」は様々な役割をすることがわかってきた。一つは、ベテラン選手の「止まり木」。シーズン中に「半休」を与えることで、成績の向上を期待するものだ。チームによっては複数のベテラン選手に「DH」を分配することもある。もう一つは、ポジションが被る選手に出場機会を与えるというもの。往々にして力が同等の野手が並び立つケースが出てくるが、DH制がなければ控えに甘んじるしかない選手に打席を与えることができる。特に捕手は「打撃の良い捕手」と「リード、守備に秀でた捕手」が並立することが多く、一方がDHに回ることも多い。そして3つ目に「打つだけしか能がない選手」を戦力化する、という意味が出てくる。プロ野球の場合「外国人選手」にこうした例が多くみられる。
高校野球においては「守備が下手な選手に出場機会を与える」というより「実力が伯仲した選手の一方にチャンスを与える」意味が多いのではないか。高校生の段階で「守備が下手」と決めつけるのは、ちょっと酷だ。
「9番」の意味が変わる
DHができたことで、これまで「投手の打順」だった「9番」の役割が変わってきた。試合の序盤こそ9番の役割は低いが、中盤以降、打順の周りによっては「9番」が先頭打者や中軸打者のような役割を果たすケースがしばしば出てくる。プロ野球の場合、9番は「第2リードオフマン」のようになって、長打はないが俊足がある打者、セーフティバントや野手のいないところに落とすのが得意な曲者的な活躍が期待できる打者を置くようになった。DH制に反対する野球ファンは、打撃が苦手な投手がたまに打つ殊勲打が野球の魅力だ、みたいに言うが、それは「珍味」の類であって「醍醐味」ではないだろう。
大谷ルール
DHは、MLBで大谷翔平という破天荒な選手が出現したことで、DHは半世紀を経て、大きく変化した。いわゆる「大谷ルール」だ。TWP(Two Way Player=二刀流)の大谷は投手で出場した際に、投手として打順の外に記載されるだけでなく、DHとして打順にも記載されるようになった。投手大谷が降板した際にも、DH大谷は引き続き打席に立つことができる。MLBでは「大谷ルール」を適用する選手は、大谷以外にはほとんどいないが、日本では結構活用するチームが出てきた。
3月22日のオープン戦、オリックス対阪神戦では、阪神の先発伊原陵人が「大谷ルール」を適用して9番DHと投手で出場。1打席目は伊原が打席に立ち(三振)、2打席目は代打糸原が打席に立った(四球)。そして伊原は以後も投げた。
藤川球児監督が何のためにこういう起用をしたのかはわからないが、大谷ルールによってDHをめぐる選手起用はより複雑になった。
高校野球の場合「大谷ルール」によってかつての「エースで4番」が、降板してからも、外野など別のポジションに回って他の選手の出場機会を奪うことなく、DHとして打席に立つことが出来る。このあたり、野球が複雑になって面白みが増すのではないか。DHは「使わなくてもいい」わけだ。より柔軟で多様な起用ができるという意味で、前向きに受け止めるべきだろう。