クマ鈴は有効だが「無敵」ではない 遭遇防ぐために知るべき生態は?
北海道・知床半島の羅臼岳で8月、登山中の20代男性がヒグマに襲われ死亡する事故があった。男性が「クマ鈴」を持っていたことから、交流サイト(SNS)にはこんな投稿が相次いだ。
<クマが鈴の音に慣れてきて効果が薄れてきた>
<反対にクマが寄って来たりしないのかな>
古くから遭遇を防ぐアイテムとして知られ、環境省も推奨するクマ鈴だが、以前より効果が薄れたり、クマをおびき寄せたりするようなことは本当にあるのだろうか。
Advertisement一般的にクマは臆病
一般的にクマは臆病な性格で、人の気配に気づいたらその場を離れることが多い。クマにとって、人のように目の位置が高い動物は大きく見えるとされるためだ。
そうした性格や聴覚、嗅覚のよさを逆手に取り、近くにいるクマに音で人の存在を知らせるため、クマ鈴の携帯が推奨されている。
野生生物の保護管理に取り組み、今回の事故の調査にも当たった「知床財団」の担当者は「クマ鈴は有効なアイテムです」と断言する。
一方で、「無敵のお守りではありません」とも強調する。
場所や天候次第でクマに音が伝わりづらくなるほか、鈴の音にかき消されて人側が周囲の異変に気づきづらくなるデメリットもあるからだ。
例えば、見通しの悪い道や沢沿い、風の強い日、雨天時といった条件では視界が悪くなるばかりか音も通りにくくなる。
悪天候の際はクマ側も聴覚や嗅覚が鈍るため、悪い条件が重なれば重なるほど人とクマがばったり出くわすリスクが高まる。
クマ鈴と併せ、ラジオや会話を
また、登山道から外れた場所に立ち入ったときや、ランニングしたりマウンテンバイクに乗ったりして速く移動しているときなどは、鈴を携帯していても、クマが音に気づいてから待避するまでの時間的余裕がないため、遭遇する危険性が高まるという。
実際、羅臼岳で被害に遭った男性は当時、走って下山しており、子連れのヒグマと鉢合わせした可能性が指摘されている。
知床財団の担当者は「鈴を持っていればクマが人を避けてくれると思い込みがちだが、クマだって人に避けてほしいと考えています」と語り、こう呼びかける。
「互いの存在に気づきにくい環境では手をたたくなど意識的に大きな音を出したり、登山の際は季節ごとのクマの活動域の情報を収集したりするなど、クマに合わせて行動してほしい」
ちなみに、岩手大や山形大などの研究グループは8月、スピーカーでクマ鈴の音や人の声を再生したところ、クマ、イノシシ、シカはクマ鈴より人の声のほうが逃げる確率が高かったとする研究結果を日本哺乳類学会で発表した。
登山などをする際は、クマ鈴と併せ、ラジオを流したり仲間と会話したりすることも有効と言えそうだ。
クマが人を攻撃する理由は
人の気配を感じるとその場を離れるクマが多いということは分かった。
では、鈴の音を聞いて逆に人に近づいてくる個体はいるのだろうか。
ヒグマやツキノワグマの生態に詳しい東京農業大の山崎晃司教授は「音や人に慣れたクマが鈴の音を聞いて立ち去らないことはあっても、音を頼りに人に近づいてくることは現状では考えにくい」と指摘する。
確かに、人に慣れた個体や好奇心旺盛な若い雄グマが近づいてくることはある。
だが、人を攻撃するのは、基本的には自分が逃げるためだったり、子どもを守ったりするためだ。
日本のクマは雑食だが主な食べものは木の実などで、最初から捕食目的で人を積極的に襲った事例はこれまでほとんどないという。
「鈴を携行していてもクマに遭遇する事例があるため、『鈴の音がクマを呼んでいる』といううわさがたまに出ますが、根拠はありません」
「鈴の音=餌」になったら…
ただし、状況次第では鈴の音を聞いて人に近づくようにクマが変化することも考えられる。
ツキノワグマなど野生動物に詳しい東京農工大の小池伸介教授はノルウェーに留学していたころ、鈴をつけて山中に入り、現地の人から「命知らずだ」と笑われた経験がある。
居場所が分かるように家畜に鈴をつけて放牧する欧州などでは、「鈴の音=餌」と学習したクマが近づいてくる恐れがあり、山では鈴を持ち歩かないのが常識だという。
つまり、クマが「鈴の音=遭いたくない人間」と学習して警戒している状況なら鈴は有効だが、「鈴の音=餌」と学習したクマと遭遇した場合は逆効果になる可能性があるということだ。
ごみや食料の持ち帰り、徹底を
ある個体が「鈴の音=餌」と学習する状況は日本でも当然起こり得る。
クマは記憶力がよく、人が持っていた食料の味を知れば、人への恐怖心より食への欲求が勝り、同じ行動を繰り返すことも考えられる。
子グマが母親の行動様式を学ぶことで、鈴の音の効果が薄いクマが広がる恐れもあるという。
羅臼岳の事故があった周辺では、ヒグマへの餌付けが疑われる事案があった。男性を襲った個体との関連は低いとされるが、こうした行為は極めて危険だ。
小池教授は警鐘を鳴らす。「日本の大部分のクマは依然として人に遭いたくないと思っているため、鈴には一定の効果がありますが、状況が変わる可能性もあります。現状では音以外にクマとの遭遇を回避する有効な方法はなく、登山などをする際はごみや食料の持ち帰りを徹底する必要があります」【稲垣衆史】