カイロスロケットまもなく打ち上げ 3度の延期で蓄積した経験と運用力、証明の瞬間が迫る

打ち上げ時刻が迫る日本の民間小型ロケット「カイロス」3号機(スペースポート紀伊周辺地域協議会提供)

宇宙事業会社スペースワン(東京都港区)の小型ロケット「カイロス」3号機が、3度の延期を経て5日午前11時10分、和歌山県串本町のロケット発射場「スペースポート紀伊」から打ち上げに挑む。延期が重なると「またか」とため息が漏れ、計画や機体に何か問題があるのでは、と疑念を抱きがちだ。だが今回の足踏みは、「最後の数十秒を支える優れた仕組み」が働いた結果でもある。打ち上げのドラマは、ロケットが発射台から離れる瞬間だけではない。むしろ、秒単位で積み上げた安全確認が、どこまで迷いなく機能するかにかかっている。民間単独では日本初となる衛星の軌道投入の実現に向けて、培った経験と運用力の真価が問われる。

中止や延期を失敗と決めつける必要はない

3号機が4日に臨んだ打ち上げは、カウントダウンが最終局面に入った予定時刻の28.9秒前に中止となった。ロケットの状態を監視する地上側の制御システムが、飛行経路の確認用に利用する測位衛星から届く測位信号の品質について、安全な飛行の可否を判断する「しきい値」を下回る恐れを検知したためだった。発射場周辺の地形によって電波が反射し、受信状態が乱れる可能性も含めて監視していたという。

ここで注目したいのは、止まった瞬間だ。カウントダウンの最後の30秒は、打ち上げ前の確認が最も密になる時間帯だ。外から見れば秒読みが進むだけに見えるが、その裏側では、推進系の圧力や温度、各種センサーの値、機体制御システムの稼働状況、地上設備の健全性など、ありとあらゆる項目のチェックが一斉に行われる。1つでも想定から外れる兆候が出れば、迷いなく止める。止めて原因を切り分け、次に備える。これが宇宙輸送の作法だ。

日本の民間小型ロケット「カイロス」3号機(スペースポート紀伊周辺地域協議会提供)

しかも同社は4日の記者会見で、「万全を期すために、安全飛行の判断基準となる『しきい値』を厳しめに設定していた」と説明した。安全を重視すればするほど、打ち上げは止まりやすくなる。裏返せば、止まったことは「異常の兆候が出た」だけでなく、「安全設計が想定通りに働いた」ことも意味する。打ち上げの中止や延期を失敗と決めつける必要はない。むしろ宇宙輸送の信頼は、止めるべき時に止められるかで決まる。

さらに現場の事情として大きいのが、こうした直前中止が起きると「その日のうちに、すぐもう一度」というわけにはいかない点だ。カウントダウンの最終局面まで進んだ後は、機体や地上設備を安全な状態へ戻し、確認をやり直す手順が必要になる。

打ち上げには、「ウインドー」と呼ばれる発射可能な時間帯があり、今回は打ち上げ予定時刻から20分間に限られていた。残り時間が少ない中で性急に再挑戦するより、翌日に仕切り直す方が合理的になる。4日の中止が翌日への延期に直結した背景には、こうした事情があった。

民間宇宙輸送の成熟条件が見えてくる

これまで3号機の打ち上げ時刻は午前11時だったのに対し、5日は午前11時10分に設定された。ここにも意味がある。4日の会見では、5日は測位衛星の配置が4日より良くなる見通しがあり、時間をずらすことで受信環境が改善する可能性が示されたからだ。

打ち上げ時刻の決定は、機体の準備だけでなく、追跡・通信の体制、空域・海域の安全確保、そして今回で言えば測位信号の受信条件など、複数の条件が同時に成立する1点を探す作業になる。10分の差は小さく見えても、宇宙輸送では意味が大きい。

小型ロケット「カイロス」打ち上げの想像図(スペースワン提供)

ロケットは「飛び上がれば終わり」ではない。発射台から離れた後も、姿勢を保ち、予定の飛行経路をたどり、搭載した衛星を分離できる状態へ運用をつなぐ必要がある。そのための道しるべの1つが測位信号であり、その品質が十分でない恐れがあるなら止める判断は合理的だ。

ここに、民間の宇宙輸送が成熟していくために必要な条件が見えてくる。機体の完成度だけでなく、地上側の監視・判断・停止まで含めた運用の完成度が問われるのだ。

延期を重ねるほど、運用は鍛えられる

打ち上げを見ようと見学スポットに集まった人たちにとって、延期は残念極まりない出来事だ。しかし、宇宙輸送において延期は単なる時間の損失ではない。むしろ、現場のスタッフが何度も「本番の一連の出来事」を経験できる貴重な機会となる。

宇宙空間を飛行する小型ロケット「カイロス」の想像図(スペースワン提供)

ロケットは工場で完成しない。射点に立ってからが本番だ。地上設備との接続、燃料の充填(じゅうてん)、気象データの監視、管制・追跡システムの準備、陸海空の安全確保、関係機関との連携、見学者や周辺の管理。これらがかみ合って、初めて打ち上げが成立する。どれか1つでも乱れれば、全体が止まる。だから現場では、1つ1つに慎重さを求められる。

延期を重ねれば、準備の手順を何度も繰り返すことになる。カウントダウンのどこで情報が集中するのか、どの手順がボトルネックになるのか、停止後にどう安全を確認し、どう再開に向けて整えるのか。机上で考えた計画は、現場で初めて具体的運用となる。延期は運用を鍛える時間でもあるのだ。

延期が続くほど、舞台裏の見えない努力は厚みを増していく。だから5日の打ち上げでは、これまでと同じ挑戦の単なる繰り返しではなく、全ての学びが織り込まれ、蓄積した経験と運用力が存分に発揮されるだろう。カウントダウンの最後の数十秒。そこで作動する「止める仕組み」が、はたしてきょう5日は「行ける」を示すのか。結果はまもなく出る。(伊藤壽一郎)

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