脳と体を改善する科学的呼吸法、心臓から認知機能まで効果、アルツハイマー病では回数に異変(ナショナル ジオグラフィック日本版)
最新の科学は、日々の呼吸の仕方が、心臓の健康や気分から記憶や睡眠まで、あらゆる面に影響を及ぼすことを示唆している。 最も明らかな例は心臓血管系への影響だ。横隔膜を動かす腹式呼吸は、迷走神経(脳幹から始まり、首を通って、大腸などの重要な臓器の多くに分布する神経)を刺激する。深い呼吸によってこの神経が活性化されると、全身に鎮静させる信号を送り出して、心拍数を調節したり、血圧を下げたり、循環を改善したりするのを助けることが知られている。 また、「呼吸をゆっくりにし、空気を吸う量を少し減らすと、肺と血液中の二酸化炭素濃度がわずかに上昇します」と、アイルランド、ビューテイコ・クリニック・インターナショナルの創設者パトリック・マキューン氏は言う。「二酸化炭素は天然の血管拡張剤として働くので、これは良いことです。血管が広がれば、酸素を豊富に含む血液が脳や心臓により多く届くようになるからです」 迷走神経は、「休息と消化」反応を引き起こして体の「闘争・逃走反応(脅威と闘ったり逃げたりするのに体の準備を整える反応)」に対抗する副交感神経系の一部であるため、意識的にゆっくり呼吸することで、ストレスや不安や抑うつの症状を軽くすることができる。米ハンチントン記念病院の肺・睡眠医学の専門医ラジ・ダスグプタ氏は、「長くゆっくりと呼吸すればするほど副交感神経系の鎮静作用がより活性化します」と言う。 2017年には米スタンフォード大学の研究チームが、呼吸制御中枢と脳の覚醒系をつなぐ脳幹の神経細胞(ニューロン)群をマウスで特定した。「この神経経路は、コントロールされた遅い呼吸が、さらに落ち着いた状態に導くしくみを説明するものです」とマキューン氏は解説する。 落ち着いた感覚は、ピリピリと神経質になった状態を和らげるだけでなく、食べ物や依存性のある物質への渇望を抑えることも示されている。 「呼吸法で、片頭痛の頻度や、筋肉の緊張や、痛みの程度まで減らすことができます」と、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校デビッド・ゲフェン医学大学院のヘレン・ラブレツキ―統合精神医学部長は言う。 呼吸法で認知機能も改善する。米ニューヨーク医科大学の精神医学と行動科学の臨床助教で、呼吸法に関する研究論文を何十本も発表しているパトリシア・ガーバーグ氏は、後述するコヒーレンス呼吸法などは「脳の右半球と左半球の間のコミュニケーションを改善し、酸素濃度を高めて、脳がよりよく働くようにするのです」と言う。 最近の研究では、呼吸法を利用して神経変性疾患を見つけたり、こうした疾患に影響を与えたりする可能性さえ示唆されている。 2025年4月に論文集「Health Informatics and Medical Systems and Biomedical Engineering」に発表された研究では、呼吸が脳の扁桃体や海馬に影響を及ぼすしくみが示された。扁桃体も海馬も、注意や記憶と関連する脳の部位だ。マキューン氏は、この関連性は「呼吸パターンが認知機能に直接影響する」しくみを説明するものだと言う。 2025年2月に医学誌「Brain Communications」に発表された研究では、アルツハイマー病患者の安静時の呼吸が健常者よりも速いことが明らかになっている。マキューン氏は、アルツハイマー病患者の呼吸数の増加は、「基礎にある神経血管機能の障害を反映している可能性があり、アルツハイマー病に関連した脳の初期の変化を知る指標になるかもしれません」と言う。 ダスグプタ氏によると、呼吸のしかたによって睡眠の質も良くなるという。呼吸法が神経系を落ち着かせ、睡眠を誘発するメラトニンというホルモンの分泌に必要なリラックスした状態を作り出すからだ。 入眠時や眠っている間に鼻で呼吸することで、より良い睡眠が得られることが、新しい研究でも古い研究でも示されている。「睡眠中の鼻呼吸は、いびきを減らし、睡眠の質を向上させ、健康的な呼吸リズムを一晩中サポートします」とマキューン氏は話す。