2025上越市長選 6人の人柄や生活、趣味などを紹介します
2025年10月26日投開票の上越市長選には、史上最多の6人が立候補した。届け出順にいずれも無所属で、新人で元外交官の小菅淳一氏(73)、新人で元市議会議長の石田裕一氏(62)、元市長の宮越馨氏(84)、現職の中川幹太氏(50)、新人で元参議院議員の風間直樹氏(59)、新人で前市議の丸山章氏(71)の6人の人柄や普段の生活、趣味などの横顔を紹介する。
元外交官の小菅淳一氏(73)
子供のころから足が早く、「勉強ばかりしていては面白くない」と中高は陸上部。中学時代三段跳びで県大会優勝、高校時代には400mと1600mのリレーで県高校総体優勝と活躍した。受験勉強は夜早く寝て早朝から取り組むスタイルで、最初は京都大学文学部に入学。「ドイツ文学やドイツ語学などの学者になりたいと思ったが途中で才能のなさに気付いた」と言い、東京大学法学部を受験し直し、4年生のときに外交官試験に合格した。
41年間の外交官生活のうち、半分は海外で過ごした。アフガニスタン、ヨルダン、ハンガリーの大使を歴任した中、最も印象に残るのは2006年から1年半務めたアフガン大使時代。就職口を探して銃を捨てさせるなど、タリバンを中心とした地方軍閥の解体任務にあたった。日本大使館に隣接する各国大使館が自爆テロの被害にあう危険な状況下でも「館員全員が無事に過ごすことを実現できた」と胸を張る。
退官後は「故郷への恩返し」として上越市の創造行政研究所の所長を務めたほか、自身がずっと夢見ていたという「寺子屋」にも取り組んだ。小学生から高校生までを対象に語学や国語をオンラインで教えていたが、市長選立候補で現在は中断している。
「いてもたってもいられず手を挙げたが、思った以上に大変」と慣れない選挙の厳しさを語る。クラシックのほか、ガムランなどの民族音楽にも造詣が深い。食べ物は辛いものが好き。「タイに3年いたときから、病みつきになった」といい、帰宅後に辛いつまみにビールを飲んで、音楽を聴くことが息抜きだという。
100歳の母親と2人暮らし。子供は娘2人、孫は4歳の男の子1人。
元議長の石田裕一氏(62)
昨年4月までの2年間、市議会議長を務めた際、中川幹太市長の失言に議会として対応していく中「新しいリーダーが必要」と考え立候補した。浦川原区出身で直江津高校を経て関東学園大卒業後、親孝行と地域貢献をしようと地元の建設会社に就職。経理担当者として25年務めた後、2012年4月に市議に初当選し先月辞職した。
高校から一貫してサッカーに取り組み、25歳のときに指導者となり、地域の少年チームを立ち上げ今年で38年目。C級コーチの資格を持つ。「これからはカリスマ的な指導者ではなく、選手に寄り添った指導者が理想」。自らのリーダー像をサッカーのポジションに例え「みんなのプレーを見ながら後ろから指示を出すゴールキーパー」と話す。
長男に知的障害があり、障害者福祉にも深く関わってきた。妻と共に自閉症の家族の会を立ち上げたほか、浦川原手をつなぐ育成会の会長も務める。障害者グループホームの設置にも関わり、市議になる前から、週に1度の宿直のボランティアを続けている。「障害者の就労支援、高齢者の居場所、子どもたちの放課後デイサービス、フィットネスなどがごちゃまぜとなった施設など障害者の福祉の充実に努めていきたい」と話す。
座右の銘は「継続は力なり」。サッカー以外の趣味は音楽。歌うことが好きで、自ら作詞しCDも出した。同級生らと二つのグループを作り、いずれもボーカルを務める。好きな食べ物はカツ丼。
母、妻、息子2人と5人で暮らしている。長女は県外にいる。
元市長の宮越馨氏(84)
国の予算を司る大蔵省主計局主査を務めていた当時、田中角栄元首相の地元旧新潟3区(長岡市など)には潤沢に予算付けされる一方、旧4区(上越地域)は見劣りすると感じた。「わたしたちの地域は遅れていた。3区は輝いていたが、4区は影だった」と憤りを覚え、国政選挙に挑戦した。大蔵省を辞めてからちょうど40年目。「最後の戦い」として向かう。
国政から市政まで13回の選挙の戦績は5勝8敗。1993年から2期務めた市長時代の数々の実績に加え、300項目を超える具体的な公約を掲げる。数々の独自の政策は「毎日、毎日世の中が動いているのを見る中で湧き上がってくる」。趣味を問うと「まちづくり」、健康法を聞いても「自分の政策が実現すること、これほどの喜びはない」と答えるほどだ。
前回市長選では、政策協定を結び現職を支援したが、協定通りの政策は実行されず、さらに不適切発言もあり、「市政を立て直す」と出馬した。「当選したらすぐに後継者を育て1期で筋道を付けてバトンタッチする」と話す。
84歳。当選すれば全国最高齢の市長となる。「年齢より能力や実行力、時代にあった判断力。体からにじみ出るパワフルな感覚があるかないかだ」。1日7000歩以上を歩き、柔軟体操も欠かさない。中学生のときは体が弱く、高校で陸上部に入りやり投げなどで体を鍛えた。「これで大蔵省での激務も乗り切れ、今日に至っている」とはつらつとしている。
妻と2人暮らし。長男と2歳の孫がいる。「会いたくてたまらない」というが当選するまでは会わないと決めて臨んでいる。「子供が減ることはさみしい。人口減少はどんなことがあっても止める」。
現職の中川幹太氏(50)
兵庫県のベッドタウンで育ち、父親が建築をやっていた影響で広島大学工学部に進み建築を専攻した。学ぶうちに環境問題に関心を持つようになり、東京の環境団体の事務局員として就職。上越市のNPOを視察したことをきっかけに移住し、事務局長として活躍する中で2008年、「自立した地域活動が必要」として市議に立候補し2期務めた。「予算編成権や人事権は非常に大きな権力で、それがなければ大きな流れは変わらない」と2度目の挑戦となった前回市長選で初当選した。
失言を繰り返し謝罪に追われた1期目だったが、心の支えは「信頼する人たち」で「一番信頼しているのは妻」。「政策はこれからで、ここで終わるわけにはいかない」と意気込む。自らの性格について「過剰な自信、根拠のない自信と言われることもある。振り返ると恥ずかしいことばかりだが、とにかく自分はやれるんだというのが根底にある」と分析する。
市長になって宴席も多く、健康に気を遣う。2014年に脳腫瘍が見つかり一時命が危ぶまれた経験から「今は全く何の障害もないが、人生で体が動かないという経験はない方がいい」として、健康増進政策に注力する。食べ過ぎ、飲み過ぎに気を付けつつ、市長室で時間を見つけて軽い運動をしている。
趣味は登山、映画鑑賞、読書。子供と一緒に1泊程度の登山に行く。「3人の子供にそれぞれリーダーなど役割を与えて登るとそれぞれ個性が見え、毎年成長があって楽しい」と話す。生涯ナンバー1の映画は「紅の豚」。「ジブリ作品はみんな仲間という感じがいい」と話す。
妻と長男、次男、長女と同居。
元参議院議員の風間直樹氏(59)
政治家を志したのは中学・高校の頃。高田駅前の書店で田中角栄元首相らの書籍や当時の政治ドラマを描いた本に夢中になった。「当時はエネルギッシュで生き生きとした政治家が多く魅力的に思えた」と振り返る。高校では親友を生徒会長にして、自らは副会長を務め活動にのめり込んだ。
政治家を目指して慶応大学法学部政治学科に進学。卒業後は松下政経塾を受けるも最終選考で選ばれず、三井物産に入社。その後、1992年、マッキンゼー・アンド・カンパニー幹部だった大前研一氏が代表を務める「平成維新の会」の事務局次長に。
初めての選挙だった1995年の県議選と次の1997年の県議補選に落選。1997年に家業のカザマスキーが倒産し、引っ越しのアルバイトなどで家計や政治活動をやりくりしながら1999年、県議に初当選した。県議時代には北朝鮮による拉致問題をいち早く取り上げ、その後ライフワークとして関わり続けている。2007年には民主党から比例区に出馬し当選。2013年には参院新潟選挙区にくら替えし、2019年まで通算12年務めた。
衆議院へのくら替えが実現せずその後、ミニ集会などを続けた時期もあるがコロナ禍を経た中で上越市の混迷を見て「人事、政策の立て直しには一定の行政経験が必要で、かじ取りと方向付けをする十分な若さがある」と市長選への挑戦を決めた。SNSの発信にも力を入れており、動画撮影から編集まで自ら行っている。
起床後、中国茶を楽しみながら、録画したクラシック音楽の番組を見て目を覚ます。ここ10年ほど、毎日瞑想(めいそう)をしてリフレッシュを図る。甘党で、かりんとうと事務所近くのバーガーショップのシェイクがお気に入りで、チョコチップアイスが特に好き。様々なジャンルの読書も趣味。最近は、動画配信サービスの恋愛リアリティーショー「ラブ・イズ・ブラインド」フランス版がおすすめだという。
両親と妻の4人暮らし。長女は社会人、長男は大学生。
前市議の丸山章氏(71)
「少子高齢化に伴う人口減少の解決なしに上越市の発展はない。これまで訴えてきた政策を実行したい」と10本の基軸となる政策をまとめた上で立候補した。
県立有恒高校卒業後、清里村役場に入庁。合併で市職員となり60歳で定年退職した翌年の市議選で初当選。今月3期目の途中で市議を辞職し、市長を目指す。いずれも自ら考えて提案してきた政策の実現に限界を感じ、次のステップに進んだ形だ。
18歳から続けている囲碁は日本棋院5段の腕前。「思考力、集中力、構想力、大局観など囲碁からはたくさんのことを学んだ。序盤、中盤の布石から将来の形を作りどう詰めていくかという観点で、市政も見ている」と話す。座右の銘も「着眼大局」だ。
「未来創生スペシャルセンター」や「オーシャン・ヒストリーロード」などユニークな政策の名称にもこだわりがある。「全部私が考えた。愛着や覚えやすさ、歴史観、地域観を備えたものを考えてきた」。自身の性格については「諦めないのが強み」と分析。市職員時代にも「おかしいものはおかしいと上司に言い続けてきた」といい、「困難が生じても諦めず解決策を導いてきた」。
健康法は毎朝野菜を食べることと運動。運動は毎日腕立て伏せ50回、腹筋40回、スクワット50回をそれぞれ2セット。20年近く続けている。
「一日の終わりに晩酌をしながら妻と話すのが一番の気分転換」と話す。晩酌は基本的に毎日で、350mlの缶ビールと焼酎の水割り1杯。
妻と2人暮らし。娘2人に孫2人がいる。