「剛腕」「壊し屋」衆院選岩手3区小沢一郎さんが見せた弱気 比例復活もかなわずバッジ失う

 衆院選岩手3区で敗れた中道前議員小沢一郎さん(83)は比例復活もかなわず、落選が決まった。1969年12月の初当選から56年に及ぶ政治家人生は、昭和から平成の激動の政治史と重なる。その時々の政局で名付けられた「剛腕」「壊し屋」の他に「選挙の小沢」とも称されたが、今回の衆院選では弱音を隠せなかった。  「非常に厳しい。厳しければ厳しいほど皆さんにおすがりする以外にない」  今月5日、北上市のホテルであった演説会で支持者約300人に懇願した。翌6日には同じホテルで、自民元議員の応援に党総裁の高市早苗首相が駆け付け、2000人近くが集まった。 ■後援会が高齢化  自民幹事長や最大派閥「経世会」の会長代行として権勢を振るい、「剛腕」の異名で知られた。自民離党後は古巣を2度下野させて政権交代を成し遂げた。  「選挙の小沢」の異名は自身の選挙の強さだけでなく、自民時代に不利な選挙で党を勝たせるなど数々の逸話に基づくとされる。  中でも1982年に40歳で自民総務局長となり、票を差配して不可能とされた複数候補の当選を実現した功績は自身も気に入っているようだ。当時の中曽根康弘首相から「名医の手術を見ているようだ」と称賛されたことを2019年11月、亡くなった同氏を追悼するため、X(旧ツイッター)に投稿した。  今回の選挙でも公示前日の1月26日、花巻市の後援会会合で総務局長時代を振り返り、衆院選への不安を口にした。「私は40歳から自民の国政選挙を全部任されてきた。今度の選挙結果だけは予想がつかない。高市首相の人気がそのまま結果につながると思えない」  危機感を抱いていたことは確かだ。複数の陣営関係者が「小沢さんが公示前に地元入りするなんて初めて見た」と驚く。選挙を支えた後援会幹部の多くが小沢さんと同年代で、活動量が著しく低下している。「横綱相撲はこれが最後。小沢さんの後継者は分からんが、もう自分たちの時代ではない」と古参幹部は言う。  衆院選は、自民が単独で戦後最多の316議席(追加公認含む)を獲得し、中道は公示前の3分の1に満たない49議席に沈んだ。中道についても不安視していた。 ■中道結成悔やむ  今月5日、奥州市で報道各社の取材に応じ「中道と言っても新党のイメージにならず、人気のない理由だろう。幹事長に厳しく言ったが、通らなかった。立憲が別の名前で出ても新党にならない」と悔やんだ。  情勢調査で自民優勢となり、「風」について問われると「何の風だ。高市君の風という意味か。小泉(純一郎元首相)君の時はもっとひどかった。マスコミも国民もムードに流される。もうちょっと真面目に考えてほしい」と注文を付けた。  5月には84歳となり、7度目の年男の小沢さん。落選を受けて今後の動向が注視されるが、1月21日に報道各社とのインタビューでこう答えている。  「馬っちゅうのは倒れるまで走るんだ。騎馬民族はそれで限界になったら馬を替える」「馬は人類の歴史で大きな役割を果たした。午(うま)年の者はそれだけの役割を果たしたい」(江川史織、吉田尚史、吉田千夏、三浦康伸)

河北新報

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