エプスタイン事件はトランプ米大統領のアキレスけんになるか(上智大教授・前嶋和弘):時事ドットコム

 未成年の性的人身売買などの罪に問われ、2019年、勾留中に自殺したアメリカの富豪、ジェフリー・エプスタイン元被告を巡る疑惑が、世界を揺るがし続けている。このエプスタイン事件とはそもそも何なのか。またこの問題は今後どうなっていくのか。

 エプスタイン事件とは、アメリカの富豪、ジェフリー・エプスタインが未成年の少女たちへの性的虐待などの罪で2019年7月に逮捕・起訴され、同年8月に拘留中に自殺したとされる事件だ。捜索では、未成年の少女を含む人身売買を裏付ける資料や数千枚にも及ぶ性的な写真・映像が押収され、事件の実態が一気に浮き彫りになった。

 エプスタインは政財界の大物から芸能人、学者まで幅広いセレブと交流を持っていたとされる。ニューヨークやフロリダの大邸宅での派手なパーティーだけでなく、人目を気にせずハメを外せるカリブ海の個人所有の島でもてなしながら、エプスタインは政財界とのコネや情報網を築いていった。そして一部のセレブに少女の性的なサービスを提供していたというのがこの事件の核心だ。

 また、2021年には、エプスタインと内縁関係にあったギレーヌ・マクスウェルも10代の少女らへの性的虐待を手助けした性的人身売買などの罪で、禁錮20年の実刑判決を受け、現在も服役中だ。

トランプ自身が煽った「ディープステート」陰謀論

 この事件に注目したのが、トランプだった。2024年の大統領選でトランプは「エプスタイン事件に関与したのは、ディープステートだ」「ディープステートが事件を隠蔽(いんぺい)している」と息巻いた。そして「自分が大統領になれば、未公開のエプスタイン事件の捜査資料を公開する」と真相解明を選挙公約に掲げた。

 ディープステートが何を意味するのか。トランプの言葉から推察すると、ビル・クリントンら民主党のリベラル派とその取り巻きの政財界の既存のエリートを指す。この「闇の権力(ディープステート)」が米国を陰で支配しているというのがトランプの主張である。

 エプスタイン事件の解明というこの公約は、トランプ支持層の一部の心を鷲(わし)づかみにした。それはなぜか。エプスタインと著名人の交遊という富裕層の結託に対する強烈な反発がトランプ支持層にあったためだ。そもそも米国では格差が広がり、物価高で生活が苦しい低中所得者層の間では、エリート層への不満が高まっている。そして、トランプの支持層であるキリスト教福音派は特に、幼児性愛に強い忌避感を抱いており、高い関心につながっている。幼児性愛をタブー視する風潮が日本以上に根強い。

 そもそも、2024年選挙ではなく、トランプが最初に当選した2016年の大統領選挙の段階でもトランプ信者の一部は「Qアノン」論を唱えていた。これは、小児性愛などの悪事を働いているディープステートと戦う正義のヒーロー「Q」がトランプであるという説だった。

 これを荒唐無稽の陰謀論であるという見方もあるが、その判断は本稿では避ける。

 いずれにしろ、2024年選挙でのトランプの勝利は、この「Qアノン」論の信奉者からも「民主党の悪事の暴露とディープステートの解体が進む」という期待が高まったのは言うまでもない。

「エプスタイン事件は解決済み」

 トランプ政権発足後の2025年2月、ボンディ司法長官(当時)は「エプスタイン文書のすべては私の机にある」と豪語した。しかし、その後、トランプ政権は情報開示に消極的な姿勢に急に転じていく。司法省が捜査文書を精査する過程でトランプの名前が複数回出てきたとされるほか、エプスタインの「顧客」にはトランプに近い人物もいたとみられるためだ。それを受けて、同年5月にはボンディ長官は態度を豹変(ひょうへん)させ「エプスタイン文書など存在しない」と発言する。トランプも変節し、「エプスタイン事件などというものは解決済みだ」といら立ちを隠さなかった。

 この段階で潮目が変わった。エプスタイン事件の解明が「民主党とディープステートの悪事」ではなく、「トランプの関与の有無」に争点が移った。

 トランプ政権の変節には、支持者の一部から批判が広がったのも当然である。共和党の一部議員がこの声に反応し、司法省の捜査資料公開を訴えた。アメリカでは幼児性愛はタブーであり、これをもし隠蔽(いんぺい)するとしたら自分の再選にも影響する。それもあって、捜査資料公開は上下両院のほとんどの議員が賛成した。近年まれにみる超党派での決定に、トランプ大統領としては拒否権を使うのはあまりもバツが悪かった。

 こうして、膨大な数の司法省の捜査資料が公開されることが2025年末に決まった。これに従って、何度か司法省は文章を公開した。

「悪事」の証拠は見つかったのか

 しかし、その後、ビル・クリントンやマイクロソフトのビルゲイツ、映画監督のウディ・アレンなどの写真が公開されたが、エプスタイン事件でのトランプ大統領に関する決定的な資料はまだ見つかっていない。

 トランプとエプスタインが仲良く談笑する映像もあるように、両者が無関係ではないのは広く知られている。多くの実業家と同じように、トランプはエプスタインの交友関係の中に組み入れられていた。ただ、「怪しい人物だとわかってから手を切った」というのがトランプの主張だ。

 トランプはエプスタインの犯罪行為をどこまで知り、関与していたのか。あるいは本当に無関係なのか。場合によっては、エプスタイン事件を暴く側ではなく、暴かれる側かもしれない。

 これまでも脱税や元ポルノ女優とのスキャンダルのもみ消し、連邦議会襲撃事件の扇動まで数々の疑惑を抱え、到底、清廉潔白な人物だとは思われないトランプなら、「幼児性愛もあり得るかもしれない」と思っている人たちもいる。

 一方でこれまでの疑惑の震源地となっているのが欧州、特に英国だ。チャールズ国王の弟、アンドルー元王子は性的虐待や英政府の機密情報を漏えいした疑惑がある。マンデルソン駐米大使が政府機密をエプスタインに漏らしたとして、解任された。さらには、スターマー首相の任命責任に発展している。

 さらに欧州では、エプスタイン諜報(ちょうほう)機関員説すら浮上している。ポーランドのトスク首相は、「エプスタイン氏とロシアの情報機関との共謀」の可能性とポーランドへの影響に関し専門チームによる捜査を開始した。ノルウェーでは、かつてノーベル委員会委員長も務めたヤーグラン元首相がエプスタイン氏とプーチン大統領との面会を仲介しようとしていた疑惑が浮上し、捜査を受けている。

構造的に不可能な「トランプ疑惑の解明」

 それでも、はっきり言いたい。トランプが幼児性愛に関与している証拠のようなものは今後少なくともトランプ政権が続く間には、出てこないだろう。なぜなら、トランプの息がかかった司法省が選んで公開する資料だからである。つまり、文書の出元がトランプ政権だ。

 「トランプやトランプの友人の悪事」がもしあったとしてもそれは公開されないか、重要な部分は黒塗りのはずだ。出てくるとしたらそれは司法省の担当者の信じられないレベルのミスか、トランプに対する反感を持つ人物の暴露でしかでてこないはずだ。

 トランプは「そろそろ国は別のことに取り組むべきだ。私の件は何も明らかにならなかった」「エプスタイン事件での私についての疑惑はフェイクニュースだ」と一蹴し続けている。

 トランプ政権の中での最大の疑惑は、いまのところ、「エプスタインとの関係を断っていた」と言っていたラトニック商務長官がカリブ海のエプスタインの個人所有の島に行っていたことが判明し、ラトニック自身も認めたという「大ウソを言っていた」レベルにとどまる。あるいは、トランプから性的暴行を受けたとする女性への聴取記録が公開されたが、裏付けが取れたとは言いにくい。

 日本では勘違いもあるが、エプスタイン事件をめぐって一部の議員はトランプと袂(たもと)を分けたが、それでもまだ共和党支持者のトランプ支持は極めて高い。エプスタイン事件があっても、コアの支持層であるMAGAは数字だけを見れば、ほとんど割れていない。

 確かに、人々の関心レベルではトランプが「本丸」である。トランプについての決定的な証拠はないため、さらに疑惑が広がるという悪循環になっている。ベネズエラ侵攻もイランへの攻撃も、さらにはUFOについての情報公開も、トランプが打ち出す対応のすべてが「エプスタイン事件から目を離すためなのでは」と疑われてしまっている。

 ただ、文書の出元がトランプ政権であるため、エプスタイン事件をめぐる「疑惑の解明」は構造的にいつまでも終わらないはずだ。

【年表】エプスタイン事件を巡る動き

【筆者紹介】前嶋和弘(まえしま・かずひろ) 静岡県浜松市生まれ。上智大学総合グローバル学部教授。上智大学アメリカカナダ研究所所長(2026-)。グローバルガバナンス学会会長(2026-)。アメリカ学会前会長(2022-24)。専門は現代アメリカ政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。主な著作は『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022)、『アメリカ政治とメディア』(北樹出版、2011年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『混迷のアメリカを読みとく10の論点』 (共著、慶応義塾大学出版会、2024)、『現代アメリカ政治外交』(編著、法律文化社、2026年)。『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著、東信堂、2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著、東洋経済新報社、2019年)、Internet Election Campaigns in the United 【写真特集】公開されたエプスタイン文書【最新ニュース】エプスタイン・スキャンダル

(文中敬称略/2026年6月1日掲載)

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