全国各地に設置された裸婦像「不快」「芸術」意見割れる 平和象徴から撤去・移設論へ 公共空間は不適切の声も

公園や駅前などにある「人物の像」。中でも裸の女性をモチーフにした「裸婦像」はよく見かけるが、今、多くの自治体で「公共の場にふさわしくない」として撤去や移設の動きが相次いでいる。 テーマは「不快?芸術?相次ぐ裸婦像撤去の動き ソレってどうなの」だ。 香川・高松市の中心部にある中央公園の約3.5ヘクタールの園内には、二人の少女が向かい合って立つ裸婦像がある。 作品名は「女の子・二人」で、市によると、35年以上前の1989年頃に設置された。 この作品は瀬戸大橋の完成を記念して作られた。この像を作った彫刻家の阿部誠一さんに話を聞いた。 彫刻家・阿部誠一さん: 海峡を挟んでお互いが呼びかけている。幼い子は成長していく。地域が成長するということに引っかけている。 しかし、この裸婦像が8月末、現在の場所から撤去されることが決定した。 その理由を高松市役所の担当者に聞いた。 高松市公園緑地課長・岡田光信さん: 中央公園自体が、開園後40年が経過し再整備を行うということを検討した状況。「女の子・二人」のところが新たな施設にかかってしまうということで、移設が必要となったという風な流れ。小学生などからは「どうして裸の像があるんですか」との内容や、違う方からは「少し時代にそぐわないのではないか」という意見をいただいている。 一部の市民からのこうした声もあり、公園のリニューアル工事に伴い、この場所からの撤去を決めた。 高松市は今後、この像について、別の場所への移設も含め調整していくとしている。 同様の動きは、他にもある。 静岡市では、街の中心部に彫刻作品が点在している。少なくとも15体は裸婦像、もしくは少女の裸体像だ。静岡市の難波喬司市長は2024年12月の定例会見で、街中に置かれている裸婦像について次のように話した。 静岡市・難波喬司市長(2024年12月): 裸婦像自身は芸術作品ですので、それ自身を否定するわけではありませんが、やはり公共の開かれたしかも目に付きやすい空間。駿府城公園や駅の南口であるとか、そういうところは非常に目に付きやすい空間ですので、そういったところに置くのではなくて、作品の鑑賞環境にふさわしい場所に置くのが良いのではないかなと思う。 また、兵庫県では撤去された裸婦像の移設先が決まらず、3年以上も資材置き場で眠っているという。 そもそも日本で、なぜ裸婦像が街中に置かれるようになったのだろうか。専門家に聞いた。 亜細亜大学・高山陽子教授: 戦前に政治家とか軍人の騎馬像が日本各地にいっぱいあった。そのあとに女性像が平和の象徴として使われるようになり、70年代にパブリックアートを置くと街が文化的になるといわれ、その中で女性裸体像が増えていった。 日本で初めて公共空間に裸婦像が設置されたのは、東京・千代田区の「平和の群像」と言われている。1951年に設置されたこの像は、終戦から6年後の日本で平和の象徴などと意味づけられ、各地に広まった。 JR田端駅前には金色の裸婦像が設置されているほか、赤羽駅前のロータリーには子供を抱える女性の像がある。 こうした背景で広がった裸婦像だが、撤去や移設の動きが広がっていることについて、街の人たちからは「芸術みたいな感じ。今までのアートとかも否定してしまうと思う。撤去しない方が予算的にも楽だろうし、僕はそっち(撤去しない)側の意見」「別に撤去しなくても良いと思うが、多数決というか、いかがわしいと思う人が多いのであれば、撤去した方がいいのかなと思う」「(撤去は)妥当ではないか。卒アルの写真に写っていて、ちょっと嫌」といった様々意見が聞かれた。

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