医師の夢にかける“不屈の49歳” 11浪+14年で医学部卒 「今度こそ…」6度目の国家試験へ
広島市南区のマンションの一室。 窓際のカーテンレールには服が隙間なく掛けられ、床に段ボール箱や布団など生活用品がそのまま置かれている。雑然とした部屋の中央にある小さなコタツテーブル。その脇には参考書や問題集が山のように積み上がり、限られた空間は「勉強」と「生活」で埋め尽くされていた。 この部屋で机に向かうのが、神野毅さんだ。 医師を目指して30年。49歳になった今も、夢をあきらめてはいない。医師国家試験まで残り1カ月。神野さんは、ラストスパートをかけるように勉強に励んでいる。 11浪の末、念願の医学部に合格した。だが卒業までには14年かかった。さらに医師国家試験に5年連続で不合格。結果だけを見れば、厳しい現実だ。 なぜ合格できなかったのか。神野さん自身は、その理由を冷静に振り返る。 「国家試験は情報戦なんです。でも人間関係が作れなかった。どの対策講座がいいのか、そういう情報が入ってこなくて自己流の勉強になってしまった。問題集を一人で解くやり方はリスクが高いと思います」 一人暮らしの生活は決して楽ではない。 勉強の合間に塾講師のアルバイトをして、日々の生活費を稼ぐ。狭いキッチンに立ち、食事は簡単に済ませることが多い。 「冷凍パスタを温めるだけです」 コロナ禍でバイトが減って、家賃を滞納したこともある。在学中に借りた奨学金の返済も残っている。
神野さんは最近まで親からの仕送りに頼っていた。76歳の母に電話をかけ、医師国家試験への意気込みを伝える。 「お母さんかい?今度こそ合格します。期待していてください。今度こそは、何とかしますので」 母の返事は、どこか力がなかった。 「ほんまかいな。まあ、頑張ってください」 何度も聞いてきた言葉なのだろう。 「あきらめてほしいと思ったこともありました。違う道に進んでほしいとも。でも『やる』と言うから、もうしょうがないですよね」 学費や生活費の援助は長く続いたが、最近はそれも限界を迎えた。 「もうお金を送ることはできません」 神野さんは冗談めかして言った。 「だいぶお母さんからお金をむしり取ったから」 電話の向こうで、母は「そうよ、返して」と笑っていた。 「合格したら、4月に初めての給料で何か買ってお返しします」 「じゃあ、期待しています」
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浪人生の数は年々減っている。大学入試センターによると、2026年に大学入学共通テストを受ける浪人生は約7万1000人。最も多かった1995年と比べると約6割減少した。 そんな時代に浪人を続け、医師という道にこだわり続ける“不屈の49歳”。神野さんが目指すのは精神科医だ。 原点は、大学時代の経験にある。 「2年生の解剖実習のころ、人間関係でつまずいて、うつになりました。留年を繰り返し、うつ病の人の苦しさが身をもってわかりました。だから精神科医になって、苦しんでいる人を助けたいんです」 そんな神野さんに2025年、転機が訪れた。 見かねた友人が勉強をサポートしてくれることになったのだ。大学時代の元同級生で、ひとまわり近く年下の30代。今は広島市で外科医として働く友人に、神野さんは不安を打ち明けた。 「前回、必修で引っかかっているので、また同じことにならないか心配…」 「必修の予想問題もある?それをやろう」 「後で見返すと、なんでこんなのを間違えたんだって思う」 友人は言う。 「国家試験はチーム戦。みんな一緒になって勉強する。彼の場合、一緒に勉強する友達がいなかった。彼には仲間が必要なんだと思います」 年齢の壁もある。友人は率直な意見を伝えた。 「50歳前後になると、受け入れに慎重な病院は多いと思います。指導する側の医師は40代が多いので、年上に教えるのは気まずいと感じる人もいる。でも彼の良いところは“真面目”。現場でかわいがられる真面目さを知ってもらいたい」 友人の言葉をまっすぐに受け止め、神野さんはこう言い切る。 「自分で選んだ道ですし、もうやっていくしかない。進んでいくしかない」 2026年にかける思いを胸に、神野さんは寺を訪れた。本格的な祈祷をしてもらうためだ。住職の読経と太鼓の音が本堂に鳴り響く。 神野さんは目を閉じ、静かに手を合わせた。後戻りできない夢、これからの生活、親や友人への感謝…。さまざまな思いが脳裏を駆け巡り、期待とプレッシャーが交錯する。 胸に秘めた思いがある。 「僕は軽度の発達障がいの傾向がありまして…。発達障がいで誤解されて、つらい思いをしている人を助けたいという思いもあります。今年の医師国家試験では、今度こそ合格したい」 多くの苦しみを経験した彼だからこそ、助けられる患者がいるかもしれない。 医師になるーーその純粋な思いを胸に、神野さんは今日も机に向かう。 (テレビ新広島)
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