【多発性骨髄腫】初発・再発合わせ過去10年で約30の治療レジメン承認…新たな治療標的の開発も活発
高齢化に伴い患者数が増加する多発性骨髄腫。治療法の開発も活発で、過去10年あまりで30近くの治療レジメンが承認されています。今年は3月にヤンセンファーマの抗BCMA/CD3二重特異性抗体「テクベイリ」が発売され、2月にもサノフィの抗CD38抗体「サークリサ」が未治療患者に適応拡大。新たな治療標的に対する新薬開発も進みます。
高齢化で患者数は増加
多発性骨髄腫は、白血球の1つである形質細胞ががん化し、骨髄腫細胞となり骨髄で増殖する疾患です。骨髄腫細胞は腎臓などに害をもたらすMタンパクを産生するほか、正常な血液細胞が作られるのを妨げ、貧血や骨折といった症状を引き起こします。
日本での新規診断者数は2020年時点で約7300人。リスク因子の1つに加齢があり、高齢化で患者数は年々増加しています。2006年にプロテアソーム阻害薬ボルテゾミブ、08年に免疫調節薬サリドマイドが承認され、治療は大きく進歩。2000年代以降、生存率は大幅に改善しました。
多発性骨髄腫は寛解と再発を繰り返しながら進行するのが特徴。初発患者では自家造血幹細胞移植ができるかどうかによって治療法が異なり、再発患者では初発時の治療の奏効期間や前治療で使った薬剤に対する抵抗性の有無などによって最適な治療法が選択されます。
近年の多発性骨髄腫の治療では、CR(完全奏効)より深い奏効である微小残存病変(MRD)陰性を目指すのが基本的な戦略。初発・再発を問わずMRD陰性を達成・維持した患者は、全生存期間(OS)や無増悪生存期間(PFS)の有意な延長が認められるといいます。
再発治療、BCMA標的治療の選択肢が拡大
多発性骨髄腫に対しては、併用療法を含めて数多くのレジメンが検討されており、15年以降の約10年間で初発治療に7種類、再発治療に21種類の治療レジメンが承認されています。治療薬としては2017年の抗CD38抗体「ダラザレックス」(一般名・ダラツムマブ、ヤンセンファーマ)承認以来、24年までに7つの分子標的薬が相次いで承認を取得しました。
22年以降に承認されたCAR-T細胞療法の「アベクマ」(イデカブタゲン ビクルユーセル、ブリストル・マイヤーズスクイブ)と「カービクティ」(シルタカブタゲン オートルユーセル、ヤンセン)、二重特異性抗体の「エルレフィオ」(エルラナタマブ、ファイザー)と「テクベイリ」(テクリスタマブ、ヤンセン)は、いずれもBCMA(B細胞成熟抗原)を標的とするものです。
BCMAは骨髄腫細胞を含む形質細胞の表面に発現するタンパク質。再発の多発性骨髄腫では、プロテアソーム阻害薬と免疫調節薬、抗CD38抗体に抵抗性となった患者は予後不良とされ、BCMAを標的とする治療は主にそうした患者への治療選択肢と考えられています。アベクマは3次治療以降、ほかの3剤は4次治療以降を対象とする単剤療法。ただ、カービクティは22年9月に承認を取得したものの、日本に向けた製造体制の確立に時間がかかっており、まだ発売されていません。
日本赤十字医療センターの石田禎夫医師は、ヤンセンが3月に開いたメディア向けセミナーで、これらの抗BCMA療法の使い分けについて「BCMA標的の二重特異性抗体治療後にCAR-T細胞療法を行うと有効性の低下や製造不良が懸念されるため、CAR-T細胞療法を先に行い、その後に二重特異性抗体を使うのが理想的」と指摘。ただし、CAR-T細胞療法を許容できない患者や、近くに実施施設のない地方の患者などには、二重特異性抗体を優先することになるとの見解を示しました。
初発治療、サークリサが適応拡大
一方、未治療の初発患者に対しては、ダラザレックスが19年に適応拡大の承認を取得。標準治療を刷新し、現在の診療ガイドラインでは移植適応のない患者に対する推奨治療に位置付けられています。今年2月には同クラスの「サークリサ」(イサツキシマブ、サノフィ)も未治療患者の一次治療に適応拡大し、治療選択肢が広がっています。
日本赤十字医療センターの鈴木憲史医師はサノフィが3月に開いたメディア向けセミナーで「治療で取りこぼした骨髄腫細胞のクローンはよりアグレッシブになるため、再発ごとに奏効期間は減少する」とし、「初期治療から再発させない治療戦略が必要」と強調。サークリサは再発治療で最も高いMRD陰性率を示す薬剤で、鈴木氏は初発への適応拡大に期待を寄せます。特にノン・フレイルの患者には効果が期待されやすく、場合によっては海外と同じように「移植適応であっても自家移植をしない」という治療の選択も可能になるといいます。
同セミナーに登壇した近畿大の芹澤憲太郎医師は「サークリサはTreg抑制、CD8+T細胞活性、NK細胞活性といった特性があり、このことは再々発時の抗BCMA療法の効果を高める可能性が示唆される」と指摘。一方、ダラツムマブは強力なCDC活性を持つ上、皮下注製剤の選択が可能で、後続の治療や通院負担など個々の患者の状況を踏まえて治療を決定していくことになると見通します。
ブーレンレップは承認間近、トアルクエタマブも申請中
再発・難治性患者を中心に、新たな治療レジメンの開発も進みます。新薬としては現在、グラクソ・スミスクライン(GSK)の抗BCMA ADCベランタマブ マホドチン(予定製品名・ブーレンレップ)とヤンセンの抗GPRC5D/CD3二重特異性抗体トアルクエタマブが申請中です。
ブーレンレップは今月21日の厚生労働省の薬事審議会で再発患者に対する2次治療として承認が了承され、5月に正式承認される見込み。ボルテゾミブとデキサメタゾン、またはポマリドミドとデキサメタゾンと併用します。一方、トアルクエタマブは多発性骨髄腫の新規標的であるGPRC5Dに結合するT細胞リダイレクト二重特異性抗体。3つ以上の治療歴を有する患者への単剤療法として昨年11月に申請されました。
新規の次世代抗体薬の開発も活発です。抗BCMA/CD3二重特異性抗体では、アッヴィの「ABBV-383」とリジェネロンのlinvoseltamabが臨床第3相(P3)試験、ブリストルのalnuctamabがP1試験を進行中。中外製薬は新規クラスの抗FcRH5/CD3二重特異性抗体cevostamabのP1試験を進めています。同薬はロシュグループの米ジェネンテックが創製。BCMA標的薬での治療歴を有する患者への効果が有望視されています。
ADCでは、トアルクエタマブと同じGPRC5Dを標的とするアストラゼネカのADC「AZD0305」がP1段階にあります。
より早期の治療を目指した開発も進展しています。ヤンセンはダラツムマブ皮下投与製剤の「ダラキューロ」で今年2月、「高リスクのくすぶり型多発性骨髄腫」への適応拡大を申請しました。
くすぶり型多発性骨髄腫とは、異常な形質細胞が骨髄内で見られるものの多発性骨髄腫の症状を呈していない状態のこと。現在は、進行して症候性となるまでは治療が行われていませんが、最新の研究では早期の治療介入が効果的である可能性が示唆されています。ダラキューロはP3試験で多発性骨髄腫への進行・死亡リスクを有意に低下させました。
鈴木氏は「感染症リスクなどもあるため、(承認されたら)実臨床で『どんな患者は予防すべきで、どんな患者はケアフルウォッチを続けるべきか』を議論していく必要がある」としながら、「発症の予防を考えられるようになるのは大きい」と期待します。くすぶり型ではサークリサもP3試験を進行中です。