《イラン人の20人に1人が薬物依存との統計も》「アヘンは“おじさまの嗜好品”」「若者に人気のマリファナは数百円」背景にある“金なし・結婚できず・一人暮らしも許されず”の現実

NEWSポストセブン

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 飲酒も薬物も違法で、見つかれば最悪の場合はムチ打ちの刑に処されるイラン。ところがこの国は、世界でも有数の薬物汚染国でもある。なぜ、ここまで薬物が広がってしまったのか。

【写真】禁止されているマリファナを吸うイラン人

 長年イランで暮らし、ペルシア語でイラン人たちの中に分け入ってきた著者・若宮總さん(ペンネーム)の著書『イランの地下世界』(角川新書)より、一部抜粋して再構成する。【全3回の3回目】

1日に消費される薬物は2トン以上

 イランにおける薬物汚染は、日本とは比べものにならないくらい深刻である。

 統計によれば、イラン人の20人に1人以上は何らかの薬物に依存しており、イラン全体で1日に消費される薬物の総重量は2トン以上と推定されている。

 テヘランの町を歩くと、薬物依存を治療するクリニックの多さに驚かされる。さらに、薬物依存者たちが専門の施設にこもって治療に専念する「キャンプ」というのもあり、その参加者を募集する張り紙などもあちこちで目にする。

 また、薬物依存者を意味する「モオタード」という言葉は、イランでペルシア語を学ぶ外国人が、「学生」や「サラリーマン」などの基本語彙と並び、あたかも一種の職種名のように覚えさせられる単語のひとつである。

 それほどまでにこの国では薬物がありふれているから、「うちの親戚の○○は薬物依存者で……」なんて話はざらにある。

 薬物は離婚の原因ともなる。だから、イラン人は結婚する前に、学歴や収入、家庭環境などと同じように、相手が薬物をやっていないかどうかも慎重に調べ上げる。

 もちろん、ひと口に薬物といっても、その種類はいろいろだ。

 イランでは伝統的にアヘン吸引の文化があり、かつてはアヘン窟(ペルシア語で「シーレ・ハーネ」)も存在していた。

 今でもアヘン自体は出回っていて、「シーレ」と呼ばれるアヘンのエキスを黒く固めて作ったガムのようなものを専用の器具で熱して、その煙を吸う。ただ、私が見てきた限りでは、アヘンは今ではどちらかというと、ちょっと古くさい「おじさまの嗜好品」である。

若者に人気なのはマリファナ

 現在ではイランでも他の国々同様、コカイン、ヘロイン、メタンフェタミン(覚せい剤)など様々な薬物が入手可能である。だが、10代から30代くらいまでの若者のあいだで人気なのは、何といってもマリファナだ。

 マリファナは、ランクにもよるが数百円から買うことができる。インスタグラムなどでマリファナを販売している人もいるが、普通はすでにマリファナを吸っている知人の紹介で売人を見つける。

 あとは公園の暗がりや、人通りの少ない路上で売人と落ち合ってカネを渡し、ブツを受け取るだけだ。売人といっても別にヤクザのような人間が現れるわけではなく、むしろどこにでもいそうな、普通の若者がひょっこり顔を出す。

 警察もこうした状況を厳しく取り締まることはなく、なかば黙認しているのが現状だ。

 実はマジード君(著者の友人)もかつて、私たちといつもの公園でたむろしていたとき、持っていたマリファナを巡回中の警官に見つかり、警察署に連行されたことがある。

「ついに、あいつもムチ打ちか」と、なかば観念して空を仰いでいたら、ものの15分くらいで本人が署から出てきたのには拍子抜けした。軽い罰金だけで済んだのだという。

金もなく、結婚もできず、一人暮らしも許されず

 もちろん、厳罰化すればいいというものでもない。薬物依存の背景には、イラン社会の抱える様々な問題が横たわっているからだ。

 まず、失業率の高さだ。2023年の統計によるとイランの失業率は全体で7.6パーセント、18歳から35歳までの若年層に限ると14.4パーセントにも上る。

 ただし、仕事に就いている若い世代でも、実際にはパートタイムだったり、頻繁に転職を繰り返したりしていて、自活できるほどの経済力を持っていない場合がほとんどだ。

 収入が安定しないと結婚も難しくなる。実際、イランでも日本と同じように晩婚化が進んでおり、30代になっても実家暮らしという人は、今や男女問わず珍しい存在ではなくなっている。

 イラン人は、良くも悪くも、とにかく家族の絆が強い。親が常に子どもを気にかけ、子どもが何でも親に相談できるのはもちろん素晴らしいことで、日本人も見習うべきだろう。 そんな彼らを苦しめるのが、親からの過干渉だ。

「一人暮らしをすればいいじゃないか」と思われるかもしれないが、過保護なイランの親たちは、たいてい未婚のわが子の一人暮らしを認めない。女の子の場合はなおさらだ。

 こうして、金もなく、結婚もできず、一人暮らしも許されないという八方塞がりのなか、人生の目標を見失い、悶々とした日々を送る若者たちが手を出してしまうもの、それが薬物なのである。

 もちろん事情は人それぞれで、ここに述べたようなことがすべてではない。たとえば、お金にはまったく困っていないのに、両親の離婚や再婚がストレスとなり、薬物に走ってしまった友人も、私のまわりにはいる。

 しかし、たしかに言えることは、薬物汚染がこれほどまでに広がってしまった背景には、イラン社会の歪みと、弱者に寄り添ってこなかった政治の怠慢があるということだ。

 その意味では薬物依存者たちもまた、瀕死のイスラム共和国が生み出した「被害者」であると言えなくもないのだ。

 * * *

 今の国際情勢を理解するためには、イランという国家のことを知ることが必須だ。現地で長年暮らした経験から、今までにないイラン像を提示した若宮總さんの著書『イランの地下世界』(角川新書)は、今だからこそ読みたい一冊だ。

(了。初回から読む)

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