酸素を呼吸する新たな結晶を発見

なぜ酸素の出入りが未来を変えるのか / 新しい結晶SrFe0.5Co0.5O2.5の模式図

今回の研究のカギとなるのは「金属酸化物」という物質です。

「金属酸化物」とは、金属と酸素が結びついてできた物質の総称で、たとえば身近なところでは鉄が酸素と結びついた「サビ」などがその仲間です。

でも、この金属酸化物はただのサビにとどまらない面白い性質を持っています。

実は、金属酸化物の中に含まれる酸素の量をわずかに増やしたり減らしたりするだけで、その物質の性質を劇的に変化させることができるのです。

では具体的に、どんなふうに酸素の量を変えるのでしょうか。

金属酸化物の中では、酸素の原子が規則正しく並んでいます。

その並びから酸素原子をいくつか抜いてあげると、「酸素欠損」という小さな「穴」が生まれます。

この穴の数や位置を調整すると、物質の電気の通り方や構造を自由自在に変えることができるのです。

たとえば、「燃料電池」という装置を例に見てみましょう。

燃料電池とは、水素と酸素を使って電気を作り出す装置のことです。

このとき、電池の内部では酸素がうまく材料の中を移動することがとても重要です。

金属酸化物は、この酸素の動きをコントロールする役目を果たしています。

つまり、酸素を自在に出し入れできる材料を使えば、燃料電池の性能がぐんとアップする可能性があるのです。

また、私たちが普段暮らす家の窓にも、この金属酸化物が役立つ可能性があります。

例えば「スマートウィンドウ」と呼ばれる、天候や気温によって自動的に光や熱の透過量を調整する窓があります。

こうした窓では、ガラスに使われる金属酸化物の中の酸素を調整することで、透け具合を自在に変えることができるのです。

夏には熱を遮り、冬には暖かな日光を取り入れることで、冷暖房にかかるエネルギーを大幅に節約できます。

ところが、今までの金属酸化物には大きな問題がありました。

これまで使われてきた材料は、酸素を抜き差しするために非常に高い温度が必要で、まるで真っ赤に熱した鉄を扱うような過酷な条件でなければうまく動きませんでした。

さらに、一度や二度酸素を出し入れしただけで構造が壊れ、ボロボロになってしまうという弱点もありました。

これでは、実際に日常生活で何度も繰り返し使うことは難しいですよね。

具体的に、これまでよく研究されてきたコバルト酸化物(SrCoO₂.₅)は、確かに酸素を放出する性質は強いものの、水素を含んだガスの中で熱すると簡単に崩れてしまいます。

一方で、鉄酸化物(SrFeO₂.₅)は一般的に広い範囲で酸素の量を調節することが可能ですが、今回の穏やかな還元条件(約400℃)では鉄はほとんど変化せず、主に構造を維持する役割を果たしました。

そこで今回の研究チームは、「じゃあ、二つを混ぜればお互いの弱点をカバーできるのでは?」と考えました。

酸素の出し入れが得意なコバルトと、構造が丈夫な鉄のいいところだけを組み合わせて、全く新しい金属酸化物を作ろうとしたのです。

その結果できあがったのが、結晶の中心部分(Bサイト)に鉄とコバルトを1:1の比率で配置した特別な結晶『SrFe₀.₅Co₀.₅O₂.₅』です。

この結晶なら、コバルトの「酸素を貯めたり放出したりするタンク」の機能と、鉄の「構造をしっかり支える柱」の役割が同時に働いて、比較的穏やかな条件(約400℃、3%水素希釈ガス)で、複数回の酸素の出し入れが可能になるはず。

研究チームは、そんな新しい材料の可能性を確かめるために、実際の実験を行ったのです。

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