神戸女性刺殺容疑者を「野放し」にした3年前の判決 保護観察すら付けず、専門家は疑問視
「再犯が強く危惧されると言わざるを得ない」。神戸地裁のこうした指摘は、3年足らずで現実のものとなった。神戸市中央区のマンションで住人の会社員、片山恵さん(24)が刺殺された事件で、兵庫県警に殺人容疑で逮捕された谷本将志容疑者(35)=東京都新宿区=は令和4年9月、別の女性へのストーカー行為で逮捕され、有罪判決を受けていた。ただ地裁は当時、再犯リスクの高さを認めながら執行猶予を選択。保護観察もつけなかった。結果的に猶予期間中に再犯に及んでおり、刑事司法制度の課題が露呈された。
4年の事件で谷本容疑者は、路上で見かけた女性に約5カ月間にわたって付きまとった上、部屋に押し入って首を強く絞めるなどしたとして、殺人未遂容疑などで逮捕された。だが、神戸地検は殺人未遂ではなく傷害罪を適用。ストーカー規制法違反や住居侵入罪などと合わせて起訴した。
判決で、神戸地裁の安西二郎裁判官は「被害者は死の恐怖に直面し心身の苦痛は大きい」と犯行の悪質性を強調。事件翌日に許しを請うため再び女性に会いに行っており、「思考のゆがみは顕著で、再犯が強く危惧されると言わざるを得ない」と指摘した。
一方で、女性が重傷に至らなかったことを考慮。被告が反省の態度を示し、再犯防止に努めると述べているなどとして、懲役2年6月、執行猶予5年の判決を言い渡した。
執行猶予は3年以下の拘禁刑が言い渡された被告に対し、再犯すれば刑務所に収容されるという状況を抑止力とすることで、自発的な更生を促す制度で最長は5年。だが執行猶予が抑止力になりにくい人もいる。一例が「反社会的パーソナリティー」だ。
筑波大の原田隆之教授(犯罪心理学)によると、攻撃性や後先を考えない衝動性、共感性の欠如などが特徴で、4年時点の谷本容疑者にも「容易に見て取れる」。こうした特徴や思考のゆがみがある犯罪者の再犯率を低下させるには、心理学などに基づく専門的な治療が不可欠という。
「治療受けさせるべきだった」
治療を義務付ける仕組みがあるのは保護観察と刑務所だ。いずれもストーカーに特化した治療プログラムはないが、保護観察では令和3年に対象者の類型にストーカーを追加。被害者への接近禁止など特性に応じた指導を行うほか、必要に応じて、思考のゆがみに対処する認知行動療法による性犯罪防止と暴力防止のプログラムを受けさせることができる。警察に対象者の情報を共有する仕組みも整えられている。
有罪判決後の主なストーカー加害者対策刑務所でも「特別改善指導」として性犯罪を対象とした同様のプログラムを実施。今年6月の拘禁刑導入に合わせて、暴力防止プログラムも全国に拡大された。
保護観察は執行猶予判決を言い渡す際、再犯リスクの高さなどを考慮して裁判官が裁量でつけることができる。しかし、刑の全部執行猶予に保護観察をつける割合は減少傾向にあり、5年は平成以降最低の6%だった。
原田氏は「谷本容疑者には保護観察をつけ、治療を受けさせるべきだった」と指摘。ストーカーは罰金刑を受けるだけで〝野放し〟とされることも多く、「再犯予測や再犯防止の研究が進んでいるのに、刑事司法は科学の進歩を生かせていない。海外のように裁判所が治療を命じられる制度を導入しなければ、被害は繰り返される」と警鐘を鳴らしている。(西山瑞穂)