高市首相が「ケア的」に見えたワケ 小川公代さんが文学で読み解く
文学を読めば世界が見えてくる――。上智大外国語学部教授、小川公代さんはそう語る。日本初の女性首相の誕生、高市早苗首相率いる自民党の大勝、トランプ米大統領による「力の支配」、SNS時代におけるアテンションエコノミーなど、縦横無尽に語ってもらった。【小国綾子/オピニオン編集部】
あこがれはサッチャー氏
――高市早苗さんは「あこがれの政治家」として英国の元首相、サッチャー氏を挙げています。
◆私は学生時代以降、サッチャー政権を含む15年間、英国で暮らしました。サッチャー氏は能力主義を貫き、女性や貧困者、移民らマイノリティーを切り捨てました。サッチャー氏は一般庶民出身。苦労して「初の女性首相」になった当事者だから、その生きづらさを痛感しているはずなのに、女性をより生きづらくする新自由主義的な政策を推進しました。
私は英国で、多くの人が苦しめられたサッチャリズムを実体験しました。だからこそ、高市さんにも強い危機感を抱いています。
男性よりも「男性らしく」
――高市さんとサッチャーさん、共通点はありますか?
◆サッチャー氏はフォークランド紛争をめぐって、慎重な意見も多かった中で、いち早く派兵を決断しました。また、国有企業の民営化など新自由主義的な政策を進め、「鉄の女」と呼ばれました。
このように、男性中心の政界でトップにたどりつくため、男性よりも、「男性らしい」政治に過剰適応しようとする女性政治家は数多くいます。高市さんもそう。サッチャー氏にしろ、高市さんにしろ、結果的に男性政治の補完と温存に加担しているのです。
しかし、それでは真の意味での「ケア」の政治を行うリーダーは生まれません。
高市氏か野田氏・斉藤氏か
――「ケア」の政治?
◆自己責任を互いに強いるのではなく、弱者の声に耳を傾け、人と人との相互依存的な関係性を大切にしましょう、というのが心理学者キャロル・ギリガン氏の提唱した「ケアの倫理」です。
高市さんは女性だから女性の声を聴いてくれるだろう、と自民党に投票した女性も多かったかもしれません。しかし、彼女が女性や弱者に優しいケア的な政策にかじを切る可能性は限りなく低い。それは庶民の敵であり続けたサッチャリズムの歴史が証明しています。
ところで、前回の衆院選では誰がケア的なリーダーに見えたでしょう。イメージ重視のこの時代に、中道改革連合は野田佳彦氏と斉藤鉄夫氏という70歳前後の男性2人を先頭に立たせました。
私を含め、多くの有権者は、そこからケア的なものを感じ取れなかったと思います。
高市さんは「ケア的」に見えた?
――その点、高市さんはとにかくよく笑いました。こんなに笑顔の政治家はかつていたかしら、と思うくらいに。
◆高市さんの演出した「親しみやすさ」は、生きづらい今の日本社会で有権者が求めるものに合致していました。高市さんが父権的な社会や男性中心の政界を生き抜いてきた経験も、役立ったのかもしれません。
彼女の“陽”のイメージが、有権者の目にはケア的に映ったのでしょう。あるいは有権者が、自分たちの望む政治家像を高市さんに勝手に重ねてしまった、と言えるかもしれません。実際には高市さんはケアと正反対の政策を掲げてきた人なのに、それを忘れている。
私は衆院選で、ジョージ・オーウェルの「動物農場」(1945年)を連想しました。
「高市動画」との類似点
――えっ。「動物農場」ですか。
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