Netflixでさえ「正直、ノーマークだった」… 主演・岡田准一『イクサガミ』が“北米の批評家賞”ノミネートの衝撃
岡田准一さんが主演・プロデューサー・アクションプランナーを務め、藤井道人さんが監督したNetflixシリーズ『イクサガミ』が、北米の映画・テレビ批評家賞のCritics Choice Awardsにノミネートされたことがわかりました。しかも、日本作品としては初。ジャンルは、侍バトルロワイヤルです。 ■世界トップ獲得、シーズン2の制作決定 『イクサガミ』は11月13日の配信開始直後から大きな反響を呼び、Netflix週間グローバルTOP10(非英語シリーズ)で1位を獲得しています。世界88の国と地域で週間TOP10入りを果たし、日本国内でも4週連続で週間1位を記録しました。
数字だけを見れば、グローバルヒット作と呼んで差し支えない成績です。この熱狂を受け、Netflixは12月19日にシーズン2の制作決定を発表したところ。ただし、今回注目したいのは、視聴数やランキングそのものではありません。「どこで、誰に評価されたか」です。 『イクサガミ』は、直木賞作家の今村翔吾による同名ベストセラー小説シリーズが原作の、明治維新前後を舞台にした作品です。日本社会が大きく揺れ動く時代に、莫大な賞金を巡り、剣客たちが「蠱毒(こどく)」と呼ばれるバトルロワイヤルに身を投じていきます。
本作の軸は単なる勝ち残りゲームにとどまりません。旧来の価値観が崩れ、新しい秩序が生まれつつある時代背景のなかで、人は何を信じ、どう選択するのか。その問いが、アクションと並走する形で描かれているのです。 ノミネートを受けたCritics Choice Awardsは、北米の映画・テレビ批評家によって選ばれる賞で、アカデミー賞やエミー賞の行方を占う、世界の賞レースの前哨戦として知られています。とりわけ近年は、配信ものや非英語作品に対する批評的評価の「入り口」としての性格を強めてきました。
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韓国発の『イカゲーム』にとっては、作品の格を押し上げる助走となった賞でもあります。真田広之さん主演の『SHOGUN 将軍』も、この賞から躍進していった経緯がありました。 そうした文脈のなかで、日本主導のドラマシリーズが、しかも時代劇というジャンルで初めてノミネートされた意味は、小さくないと言えるでしょう。 ■Netflix自身も「正直、ノーマークだった」 今回のノミネートについて、Netflixコンテンツ部門ディレクターで、『イクサガミ』を担当するエグゼクティブプロデューサー髙橋信一氏は、「正直、ノーマークだった」と率直に振り返っています。
これまで『地面師たち』など話題作を手がけてきたプロデューサーですが、知らせを受けた瞬間は驚きのほうが大きかったといいます。 同じくノミネートされた「Best Foreign Language Series(外国語シリーズ賞)」部門の作品群の並びから見ても、その驚きは大袈裟ではないことが明らかです。 最終シーズンを迎えた『イカゲーム』が再び名を連ね、ここのところ賞レース常連のApple TV+作品も入っています。またムッソリーニの台頭を描いた『Mussolini: Son of the Century』のように、極めて政治性の強い歴史ドラマも含まれます。
この並びが示しているのは、単なるヒット作や話題作を集めたリストではない、という点です。エンターテインメント性に加えて、シリーズとしての積み重ねや、社会性も重視されています。つまり、強力な非英語作品が同じテーブルで比較・評価されているのです。 髙橋氏が制作段階で意識していた点とも実は一致しています。岡田准一さん、藤井道人監督とともに目指したのは、日本人のチームが主導しながら、時代劇というジャンルを現代的にアップデートすることでした。
フィクションとしての大胆さを許容しつつ、日本の文化や時代背景については嘘をつかない。その「オーセンティシティ」をどこまで追求できるかが、重要なテーマだったといいます。 そのうえで、本作を支えているのが、岡田准一さんを軸に、藤﨑ゆみあさん、東出昌大さん、伊藤英明さん、吉岡里帆さん、二宮和也さんらが顔をそろえるキャストラインナップです。世代も個性も異なる俳優たちが交差することで、物語に厚みが生まれています。
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もっとも、今回のノミネートは、そうした豪華さそのものよりも、作品全体の設計や語り口が評価された結果だと思います。 ■「イカゲーム×将軍」では終わらない理由 海外メディアの一部では、『イクサガミ』を「『イカゲーム』×『SHOGUN』」と表現する見出しも見られました。ですが、この重ねて語られがちな見方について、髙橋氏は少し言葉を足しています。 「真田さんが『SHOGUN』で成し遂げられたことと、僭越ながら、同じ頂きを目指しているように感じています。ただ、通っている道は違う。違う道を通りながら、結果として同じ方向に登っていく、という感覚に近いです」
髙橋氏の言う「違う道」とは、日本人チームが主導し、日本発の企画として時代劇をアップデートするという選択そのものです。 そもそも時代劇は、企画としてハードルの高いジャンルでもあります。制作費がかさみ、視聴者層も限られがちなうえ、グローバルで成立させるには成功例が多いとは言えません。髙橋氏自身も、「簡単に手を出せるジャンルではなかった」と認めています。 転機となったのが、明治維新前後という時代の境目を描いた原作との出会いでした。和と洋、旧来の価値観と新しい文化が混ざり合う混沌の時代のその揺らぎ自体が、現代の視聴者にも通じると思ったそうです。「時代劇としての“一歩目”を踏み出すなら、この設定しかなかった」と、高橋氏は振り返っています。
最初に相談を持ちかけた相手が、岡田准一さんだったというのも象徴的です。岡田さんは役者としてだけでなく、プロデューサーの視点に加え、アクション設計の観点からも、具体的なビジョンを持っていたそうです。黒澤明作品から現代アニメに至るまで、参照にしたいアクションの例を共有しながら、「自分がやりたいこと」と「それをどう観客に届けるか」を俯瞰で捉えていたといいます。 ■日本発作品が世界の批評の土俵に立った 今回のノミネートが示しているのは、そうした選択の積み重ねによって、日本発の作品が、世界の批評の土俵にきちんと立った、という事実でしょう。
受賞発表は1月4日(現地時間)に控えています。最終結果はまだわかりませんが、髙橋氏はノミネートが持つ意味を、静かに噛み締めているようでした。 「外国語部門とはいえ、日本作品が初めてノミネートされたことは、日本のクリエイターの力を1つ証明できたと思っています」 日本発オリジナルが、ヒット作として消費されるだけでなく、批評され、語られる存在になる。その転換点を示した作品として、『イクサガミ』は記憶されていくことになりそうです。
長谷川 朋子 :コラムニスト