"受刑者"を兵士にしたプーチンの大誤算…ロシア人が「ウクライナ兵より怖い」と怯える本当の理由

ウクライナ侵攻の兵士不足を補うため、ロシア・プーチン政権は刑務所から17万人以上の受刑者を解き放った。その代償は今、自国民に降りかかっている。帰還兵による殺人や性的暴行がロシア国内で多発。海外メディアによると、昨年の暴力犯罪は2017年比で41%増加した。住民は「敵より味方が怖い」と嘆く――。

写真提供=©Kristina Kormilitsyna/TASS via ZUMA Press/共同通信イメージズ

ロシア国防省の会合に臨むウラジーミル・プーチン大統領(左)とワレリー・ゲラシモフ軍参謀総長=2025年12月17日、モスクワにて

ロシア国内で、帰還兵による犯罪行為が深刻化している。

反ロシア政府の立場を貫く独立系メディア・メドゥーザは、国境のロシア側に位置する町、ノヴァヤ・タヴォルジャンカの生々しい事例を報じた。

同地では2023年6月頃から、住民が避難した後の住宅にロシア兵が侵入し、組織立って略奪に及んでいるという。被害後の様子を収めた写真が確認されており、叩き壊されたテレビや引き抜かれた暖房用ラジエーター、そして1カ所にまとめられ持ち去る準備が整った貴重品の山が写っていた。

砲撃を逃れてこの町を離れたある男性は、隣人から「軍服を着た見知らぬ人間が自宅に住み着いている」と知らされた。複数の機関に助けを求め、ようやく侵入者を退去させたものの、損害への補償は一切受けていない。

また、国境に面するベルゴロド州では、SNS「VKontakte」上に州知事に宛てた略奪被害の陳情が殺到。これまでに実に78件を数えるという。

国境付近に暮らす多くの住民は同メディアに、「キーウ(ウクライナ)の攻撃よりもむしろ、ロシア兵による略奪を恐れている」と語った。

ウクライナの砲撃が続き、食料や医薬品の入手すら困難な状況でも、自宅を離れない住民がいる。家を空ければ、ロシア軍が守ってくれることなど到底期待できず、自宅は彼らによって荒らされてしまうからだ。

帰還兵による殺人が多発

ロシア軍の蛮行は、略奪に留まらない。殺人に発展する事例も相次いでいる。

ワシントン・ポスト紙によると、今年1月、ロシア南部ナリチクで23歳の帰還兵が、殺人容疑で起訴された。公園で遭遇した87歳の女性を20分以上殴打し、死亡させたという。ナリチクはウクライナ国境から遠く離れた内陸部の都市だ。戦場で生まれた暴力が、ロシア国内の奥深くにまで波及している。

同紙が報じた別の事件では、恩赦を受けた殺人犯が2024年2月、極東ヤクーチアで2人を殺害した。犠牲者の1人は「ロシア最優秀教師賞」の受賞歴を持つヴァレンティナ・フェドロワさん(64)だった。

フェドロワさんの娘は地元メディアに「彼女の手は血まみれでした。自分を守ろうとしたのです」と証言する。遺体は見せてもらえないほど損傷が激しかった。警察に告げられたところでは、加害者は「殴打してから、農具の斧で母の頭を打ち付けた」という。

ほか、独立系メディアのアストラは、ワグネルに徴兵された元受刑者2人が7歳と9歳の少女を性的暴行した容疑で逮捕されたと報じている。


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こうしてロシア国民を恐怖に陥れる一部の元兵士たちだが、戦場では彼ら自身ですら搾取の対象となっている。

米シンクタンクの欧州政策分析センター(CEPA)によると、一部の部隊では指揮官が、兵士の休暇申請や危険任務の回避に価格を設定しているという。

生き延びるための選択肢には、すべて値札が付く。シベリア出身のある兵士は、休暇を申請したところ、100万ルーブル(約190万円)を恐喝されたと語った。支払いを拒否すれば暴行を受けるか、武器なしで前線へ送られるなどの報復が待ち受ける。

逃げ出すことも許されない。独立系メディアのユーロマイダン・プレスによると、脱走兵への処罰は凄惨を極める。

穴に投げ込まれて食事を絶たれ、生き延びるために互いに殺し合うよう迫られる。車両に縛られて地面を引きずられた者、見せしめとして生き埋めにされた者もいるという。まかり間違ってウクライナに投降を試みれば、味方のドローンに発見され、ロシア軍自身の砲撃で命を落とす。

このように軍規は腐敗しきっており、瞬く間に兵士の精神を蝕む。

元エンジニアのダニル・アヒポフ氏(24)は、手榴弾の信管で自らの手を吹き飛ばしてフランスへ逃れた。「全員が悪い指揮官だった。人として扱われることはなかった。何人死んでも気にしなかった」とワシントン・ポスト紙に語る。

彼の突撃部隊では、15人中わずか3人しか生還しないのが常だったという。帰還した元兵士について彼はこう述べる。「彼らはPTSDを抱えている。非常に攻撃的になり、限界を超えて行動するようになる」。

軍内部で受けた虐待により、穏やかだった兵士の振る舞いは次第に歪んでゆく。こうした兵士たちが、ロシアの国内へと帰還してゆく。

帰国すると銀行口座は空っぽだった

兵士は戦場のみならず、帰国してなお食い物にされる。

BBCによるとモスクワの空港では、複数の警官がタクシー運転手に帰還兵の情報を流しているという。運転手は適正な料金を提示して兵士を乗せ、目的地に着くと最大15倍の金額を要求する。

抵抗すれば脅迫し、薬物で眠らせて銀行カードから金を抜き取るケースもあった。被害総額は少なくとも150万ルーブル(約290万円)に上る。戦場で命懸けで稼いだカネが、帰国後に一瞬で奪われてゆく。

採用プロセスにも問題がある。

CEPAによると、「建設大隊勤務」「後方での警備」などと偽り、地方出身者を前線に直送する悪質なリクルーターが横行している。モスクワ行政の名を騙り広告を出稿するなどの手口で、旅費を出すと持ちかけて若者を誘い出す。

徴兵事務所に連れ込まれた時点で、被害者に逃げ場はない。中央ロシアの村から誘拐同然に連れ出されたという男性は、帰国後に銀行口座が空になっていることに気づいた、とCEPAに証言している。誘拐犯が口座にアクセスし、軍から支給された手当をすべて引き出していたのだ。

2025年5月9日にモスクワの赤の広場で行われた対ナチス・ドイツ戦勝80周年記念パレード(写真=kremlin.ru/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

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なぜ帰還兵の犯罪がこれほど深刻化しているのか。背景には、プーチン政権が自ら生み出した構造的問題がある。

独立系メディア・メドゥーザによると、暴力犯による受刑者17万人以上がウクライナの戦場へ送られている。うち1130人以上が帰還後に再び罪を犯した。戦場で「更生」するどころか、凶暴性を増して社会に舞い戻っている。

ロシアは2024年、戦時中に軍へ入隊すれば刑事責任を免除するとの条項を刑法に追加した。2025年半ばまでに350人の受刑者がこの制度を利用して戦場へ向かった。うち118人は窃盗や詐欺、強盗で訴追中だった人物だ。41人は殺人や性的暴行などを犯した重大事犯者だった。

ワシントン・ポスト紙によると、2024年のロシア国内の暴力犯罪は61万7301件に達し、2014年以降で最多を記録した。2017年比で実に41%の増加だ。

本来刑務所で更生を期待されたり、あるいは一生をかけて刑務所で罪を償うべきだった者たちが、戦場へ向かうと宣言するだけで無条件に刑務所から解き放たれる。退役後、戻る先はロシアの一般社会だ。更生の終わっていない者たちが、ロシアの街角を堂々と闊歩する。

2022年の侵攻初期におけるウクライナ駐留ロシア軍(写真=Mil.ru/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

111箇所を刺した殺人犯が1年足らずで恩赦に

もう一つの問題は、高額ボーナスがもたらす「生活水準の罠」だ。

米シンクタンクのジェームズタウン財団は、ロシア政府は兵士に莫大な契約金を支払っていると言及。その上で、退役後に同等の収入を得られる職はほぼ存在しないと指摘する。一度上がった生活水準を維持しようと、犯罪に手を染める構図が生まれている。市民の不安をかき立てており、退役軍人たちは敬意を払われるどころか、市民たちの間には敵意すら芽生えているという。

シベリアのアチンスクでは今年2月、ある事件が発生した。元夫が元妻の新しいパートナーを殺害し、雪の公園を逃げる元妻を追いかけて首を刺したのだ。ワシントン・ポスト紙によると、生々しい凶行の様子が一部始終、防犯カメラに記録されていたという。

男は逮捕・起訴されたものの、刑務所から戦争への参加を申請。地元住民はまた街に戻ってくる恐怖から、請願活動を始めた。遠くない将来、男が「やり残したことを終わらせに」戻ってくる恐怖を、署名サイトは訴えている。

さらに凄惨な事例がある。2020年1月、ケメロヴォで23歳の女子学生が元恋人に殺害された。荷物を取りに来た彼女を、男は何時間にもわたって暴行・拷問した末、電気コードで絞殺。遺体には111箇所もの傷が残されていた。

男には17年の刑が言い渡された。だが、戦争への参加意志を表明したことで、わずか1年足らずで刑務所を出た。2023年にはプーチン大統領から恩赦を受け、退役している。

被害者の母親はワシントン・ポスト紙に「彼は残忍な殺人犯です」と語り、こう続けた。

「親族を殺した犯罪者と同じ地域に住む恐怖は、悪夢そのものです」

殺人犯が野に放たれるとはまるで悪夢のようだが、ロシア社会が目を逸らしたい現実そのものである。


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BBCが報じた別の件では、2024年10月、ウラジーミル州の採用センター職員3人が逮捕された。新兵に対して発行されたSIMカードを横取りし、紐づけられた給与口座から1100万ルーブル(約2100万円)以上を盗んだ容疑だ。ベルゴロド州でも、公務員が新兵の口座を自分の電話番号に紐づけ、100万ルーブル(約190万円)以上を着服した疑いで捜査を受けている。

ロシア国民たちは凶暴な元兵士たちの帰還を恐れ、その兵士たちは出国中に知らぬ間にロシア国内の犯罪者らに銀行口座を荒らされている。口実を付けてはウクライナを目の敵にするロシアだが、もはや兵士と国民の間に結束はない。

写真=iStock.com/Anton Minin

※写真はイメージです

ロシア国民が揺らぎ始めた

こうした状況の中、ロシアは今後も兵力を維持できるのか。CEPAは否定的な見方を示している。

ロシア人が前線に志願する最大の動機は金だ。契約時に8500ドル(約130万円)以上を受け取れるうえ、月給も2000ドル(約31万円)以上と平均賃金の2倍に達する。だが親クレムリン派のテレグラムチャンネル「ネジガール」でさえ、短期的な利益を期待して入隊する「最後の列車効果」は「ほぼ尽きた」と認めた。

最後の列車効果とは、志願兵が「高給を受け取るが実際には戦わずに済むはず」という楽観的な期待を抱いて入隊する現象を指す。出発直前の列車に乗り込むように、戦争末期に駆け込んで利益だけを得られると考えたのだ。

しかし、兵員不足や上官による虐待などの現実が国内にも漏れ伝わるようになり、こうした幻想は崩壊した。手を挙げる者は目に見えて減少している。

こうした腐敗や未払いなどの実態は、独立メディアを読む層のほとんどない地方にも、漏れなく伝わり始めている。語り部は帰還兵やその家族だ。プロパガンダでは英雄として称えられる彼らの証言だけに、その言葉は重い。

高額報酬という餌の正体が知れ渡るにつれ、前線で一旗揚げようとする者は減り続けるだろう。軍の腐敗を認識し始めた、ロシア国民。「正義の戦争」を信じ続けることは、ますます難しくなるだろう。

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