物理学者が初めて新しいタイプの磁性「p波磁性」を観測

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 マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームが、これまでに知られていなかった新しいタイプの磁性「p波磁性」を観測することに成功したそうだ。

 これは「強磁性体」と「反強磁性」という2つの性質を兼ね備えた磁性で、電場をくわえることで電子のスピン構造を切り替えることができる。

 研究チームによればこの性質は、電子の「電荷」ではなく「スピン」で情報を記録する「スピントロニクス技術」の実現へ向けた鍵であるという。

 この研究は『Nature』(2025年5月28日付)に掲載された。

 磁場を作り出すのは、電子のスピン(自動運動)だ。たとえば一般的な磁石は、原子の周囲にある電子が、いずれも同じ向きにスピンしている。

 これは無数にある小さなコンパスの針が同じ方向を向いているようなもので、このスピンの整列によって磁場が生じている。こうした磁性がある物のことを「強磁性体」という。

 これとは別に「反強磁性」なるものもある。

 「反強磁性」の場合、隣り合う原子を周回する電子のスピンは互いに逆向きになっている。そのために全体としてはスピンが相殺し合い、日常的なスケールでは磁力があるようには感じられない。

 MITの研究チームが「ヨウ化ニッケル(NiI₂)」で発見した「p波磁性」は、この強磁性体と反強磁性の両方の性質をあわせ持つ。

 電子のスピンは強磁性のように一定の向きを持っているが、反強磁性のようにスピンが打ち消し合って全体としては磁力が感じられない。

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 今回のヨウ化ニッケルは、結晶基板に置かれたニッケルとヨウ素の粉末を、高温の炉で加熱して作られたものだ。

 こうしてできる幅数mmの薄い試料から、さらに幅数μm・厚さ数十nmの小さなフレークを剥がして実験に使用する。

 そこで確認されたニッケル原子のスピンの並びはきわめて特異なものだ。螺旋状であるうえに、鏡で映したかのように左右対称なのである。

 そしてこの螺旋構造が「スピンの切り替え」という興味深い現象を可能にする。

 スピンの螺旋の向きに合わせて小さな電場を加えてやることで、右巻きから左巻きへ、あるいは左巻きから右巻きへと簡単に切り替わるのだ。

 この切り替え機能こそが、従来のエレクトロニクスに代わる、電子のスピンを利用する新しい電子工学技術「スピントロニクス」の核心的な部分だ。

 これを利用することで、情報を電荷ではなくスピンによって記録してやれば、従来の10万分の1という圧倒的に少ないエネルギーで膨大な情報を処理できるようになる可能性がある。

 従来の電荷による記録方式に比べて、はるかに多くの情報を省スペースに保存できると期待されている。

 MITの研究者たちは、「この成果は、超高速・低消費電力・高耐久性を兼ね備えた次世代のデバイス開発に新たな可能性を切り開く」としており、パソコンやスマートフォン向けのメモリチップの性能が飛躍的に向上するかもしれない。

 研究を主導したMITのチャン・ソン氏は、その革新性についてニュースリリースでこう述べている。

この新しい磁性は電気的に制御可能であることが実証されました。これは超高速・小型・省エネ型の、不揮発性の磁気メモリデバイスの実現へ向けた道を開くものです(チャン・ソン氏)

この画像を大きなサイズで見るNiI₂(三角格子をなす黒い球=ニッケル原子)上に形成された螺旋状の磁気の流れ(水色の矢印)は、電場(白いギザギザ線)によって切り替えることができる。スピンアップの電子(オレンジの点)とスピンダウンの電子(青い点)はそれぞれ逆方向に流れているが、螺旋の向きが切り替わると、その流れの方向も反転する / Image credit:MIT

 現段階では、p波磁性はマイナス213度という低温でしか観測されておらず、そのままでスピントロニクスを実用化することはできない。

 MITのリカルド・コミン氏もまた、「実用化にはまだ現実的とは言えない温度帯です」と認める。

 だが少なくとも、p波磁性という新たな磁性は確認された。あとは常温でも同様の性質を示す物質を見つけ出せばいい。

 研究チームはすでにスピントロニクスの未来へ向けて次なるチャレンジに挑んでいる。

References: Nature / Physicists observe a new form of magnetism for the first time

本記事は、海外の情報をもとに、日本の読者向けにわかりやすく再構成し、独自の視点で編集したものです。

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