鉛から金へ変換する「錬金術」がCERNの大型ハドロン衝突型加速器で観測される

サイエンス

欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)のALICE実験チームが、LHCによって鉛から金への変換を定量化する測定に成功したと発表しました。これは中世の錬金術師が夢見た、卑金属の鉛を貴金属の金に変えるという目標を現代科学によって実現したものです。

Proton emission in ultraperipheral Pb-Pb collisions at TeV | Phys. Rev. C

https://journals.aps.org/prc/abstract/10.1103/PhysRevC.111.054906

ALICE detects the conversion of lead into gold at the LHC | CERN

https://www.home.cern/news/news/physics/alice-detects-conversion-lead-gold-lhc

ALICE detects the conversion of lead into gold at the Large Hadron Collider

https://phys.org/news/2025-05-alice-conversion-gold-large-hadron.html LHCはスイスのジュネーブ近郊の地下100mに建設された全周26.7kmの衝突型円形粒子加速器で、2008年に稼働を開始しました。LHCは陽子や鉛イオンなどの粒子ビームを光速の99.999999%にまで加速させ、互いに衝突させることで極めて高いエネルギー状態を作ることができます。

by Morton Lin

2012年にはヒッグス粒子とみられる新粒子が、LHCで行われた実験で発見されています。

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今回論文を発表したALICE(A Large Ion Collider Experiment)は重イオン衝突に焦点を当てた国際共同研究プロジェクトで、LHCで行われている主要な実験群の1つです。強い相互作用を記述する量子色力学の検証、物質の対称性の破れなどの研究を目的としており、長さ16m・重量1万トンという巨大なALICE検出器でさまざまな粒子を検出し識別する実験を行っています。

通常、原子核同士が正面衝突するとクォークグルーオンプラズマという高温高密度の状態が生まれますが、今回の実験でALICEチームが注目したのは、「超周辺衝突」と呼ばれる、原子核同士が直接衝突せずにすれ違う現象における観測データの分析でした。

鉛の同位体である208Pbの原子核には82個の陽子と126個の中性子が含まれており、理論的には208Pbの原子核から3個の陽子と2~8個の中性子を取り除けば、金の原子核になります。

超周辺衝突では、高速で移動する鉛の原子核の周りに強力な電磁場が発生し、この電磁場が光子のパルスとなって別の鉛の原子核に作用します。これによって原子核内部の振動が励起され、「電磁的解離」というプロセスが起こり、少数の中性子と陽子が原子核から飛び出します。この電磁的解離によるエネルギーや陽子の数をカウントすれば、実験によって金が生成されたことがわかるというわけです。 ALICE実験チームが「ゼロ度カロリメーター」という特殊な検出器を使ってこの現象を精密に測定したところ、LHCで金の原子核が1秒あたり最大約8万9000個生成されていたことがわかりました。また、2015年から2018年の間に行われた研究プロジェクトでは合計約86億個の金原子核が生成されていることも明らかになりました。

ただし、金の原子核86億個を質量に換算するとわずか0.000000000029グラムであり、生成された金はごく微量です。また、生成された金原子核は非常に高いエネルギーで放出され、すぐにLHCの内部構造に衝突して別の粒子に分解されてしまうため、非常に短い時間しか存在しないそうです。

ALICE実験チームの広報担当者であるマルコ・ヴァン・リーウェン氏は今回の研究について、同じ検出器で数千の粒子を生成する大規模な衝突と希少な核変換の両方を研究できる意義を強調しています。また研究チームの一員であるジョン・ジョウェット氏は「この実験結果は電磁的解離の理論モデルを検証・改善するものであり、将来の加速器設計にも役立つ知見をもたらします」と述べました。

研究チームは論文の最後を、「中世の錬金術師の夢は技術的には実現に至りましたが、富を得るという彼らの希望は再び打ち砕かれました」という言葉で締めくくっています。
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