孫正義氏が1兆ドルAI拠点構想、TSMCとトランプ政権に打診
ソフトバンクグループの孫正義社長は、自身のキャリア最大とも言えるプロジェクトに向け、台湾積体電路製造(TSMC)との提携を模索している。米アリゾナ州に1兆ドル規模の投資を行い、ロボットと人工知能(AI)の一大製造拠点となる複合施設の建設を目指すと複数の関係者が明らかにした。
孫氏の考えに詳しい関係者が匿名を条件に語ったところによると、同氏の構想は中国・深圳に広がるハイテク機器製造の中心地を米国にも創り出すこと。とりわけハイテク製造業の復活に主眼を置き、AI搭載の産業用ロボットの生産ラインも計画に含まれる可能性がある。
関係者によれば、ソフトバンクGの幹部らはAI向け半導体をエヌビディアに供給するTSMCが重要な役割をプロジェクトで果たすことを強く望んでいるが、孫氏がどんな想定をしているのかは不明だ。
TSMCは、アリゾナ州の第1工場で昨年末から量産を開始したが、3月には米国での投資を1650億ドル(約24兆円)に拡大する計画を発表。孫氏の構想にTSMCが関心を示すかどうかは分からない。TSMCの経営をよく知る関係者は、孫氏のプロジェクトはアリゾナにおけるTSMCの投資計画には影響しないと話している。
報道が伝わると、20日の東京市場でソフトバンクG株は上げ幅を広げ、一時2.2%高の8939円を付けた。
クリスタル・ランド
「プロジェクト・クリスタル・ランド」とコードネームが名付けられたこの構想は、これまでの挑戦の中で最も野心的だ。孫氏はかつて「賭ける馬を間違える」ことがあるとの自戒を口にしたこともあったが、AIこそが人類の未来を変えるとの信念のもと、開発には数千億ドルの資金が必要で「それだけに集中している」とも語った。
関係者によると、ソフトバンクGの幹部らは、米国の連邦政府および州政府との間で、複合施設の建設に関わる企業や出資企業への税制優遇措置について協議しており、ラトニック商務長官とも会談が行われた。また、関係者は、複数のテクノロジー企業に孫氏本人が打診しており、その中には韓国サムスン電子の幹部も含まれると話した。
ソフトバンクG、TSMCおよびサムスン電子の広報担当者はブルームバーグの問い合わせにコメントを控えた。コメントの要請に商務省はすぐには応じなかった。
関係者らはプロジェクトの潜在的な参加企業に、ビジョン・ファンド(VF)の投資先も含まれると明かす。孫氏がまとめたリストには、AIロボット開発を手がけるアジャイル・ロボッツをはじめ、ロボティクスや自動化技術に特化したスタートアップ企業の名前が挙がる。
とはいえ、プロジェクトは初期段階で、実現にはトランプ政権や州当局の支援が不可欠だ。構想の規模は日経新聞が以前報じた通り1兆ドルに及ぶ可能性もあるが、実現を左右するのはテクノロジー大手の関心と参画だ。関係者は、成功すれば孫氏は全米各地に最先端の施設を複数建設する意向だと話す。
ソフトバンクGはプロジェクトと並行して投資も実施している。オープンAIへの最大300億ドルの追加出資に加え、半導体設計を手掛けるアンペア・コンピューティングの65億ドルでの買収に合意。オープンAIやオラクルと進め、世界のデータセンターと関連インフラに数百億ドルを投入する「スターゲート」にも資金を投じる。
株主に報いたい
資金繰りにも余念がない。3月末の現金残高は3.4兆円だったが、6月にはTモバイルUS株の一部売却で48億ドル調達。期末の純資産価値(NAV)は英アーム・ホールディングスの貢献もあり25.7兆円、必要に応じて数十億ドルの借り入れもできる。構想にはプロジェクトファイナンスの手法が利用される可能性もある。
さまざまなプロジェクトを並行して進めていることで、孫氏がどれにどの程度関与しているかは外から見えにくい。しかし、孫氏に近い関係者によると、同氏はドットコムバブル期の前からの株主に株価を通じて報いたいという強い思いを抱く。
ビジブル・アルファのリサーチ部門ヘッドのメリッサ・オットー氏は、孫氏の主たる動機がAI推進であるなら、製造業やAIエンジニア、医療やロボット工学の専門家を結び付けることで多くの難題は解決可能だとする半面、データセンター投資はAI開発コストの引き下げにつながるメリットもあると話す。オットー氏は「長期的な視野を持つ人物」だと孫氏を評した上で、「結果を判断するには時期尚早だ」とした。