疑われないよう「家の新築を延期」「披露宴を縮小」…1000万円が“消えた”昭和の銀行、行員たちが陥ったパニック状態(デイリー新潮)
その一方、なんとなく既視感を覚えたという人も多いだろう。実は昭和の時代にも、金融機関から現金などが“消える”事件は多数発生していた。現在ではありえないが、当時は未解決になるケースも多かったという。そんな驚きの時代とその背景を、当時の「週刊新潮」で覗いてみよう。 (全2回の第2回:以下、「週刊新潮」1984年1月19日号「銀行『現金盗難事件』がすべて『時効』になる『行内雰囲気』」を再編集しました。文中の肩書き、年齢等は掲載当時のものです) ***
昨(1983)年11月、時効を迎えたのは〈H銀行〉だ。事件が起こったのは昭和51(1976)年の11月。I支店から本店へ輸送されてきた1250万円入りのトランクを金庫に収め、翌日、開けてみたら、250万円を残して1000万円が消えていたのだ。 250万円を残した手口、そして、外部からの侵入の形跡がないことなどから、こちらも「内部犯行説」が強まった。その結果、疑われたのはI支店の支店長、現金輸送車の運転手、金庫を開けた本店の課長らであった。 地元の新聞記者の話。 「警察は最終的に5人に絞って、その中には家宅捜索を受けた行員もいます。しかし、銀行側は当たり前のことですが、内部犯行説には否定的で、捜査には積極的には協力しなかったようだ。それでも行員たちは警察に疑われるのを恐れ、家の新築を取りやめたり、大きな買い物を極力控えるようにしていた。結婚披露宴なども縮小する者もいて、一種の集団ノイローゼにかかったような状態でしたね。一度に10万円もの買い物をすると、たちまち“犯人じゃないか”などと陰口が聞かれ、当初はパニック寸前でしたよ」 家宅捜索を受けた行員など、針のムシロの心境だったろうが、それでも、“今やめたら犯人にされてしまう”といって、とうとう時効までガンバリ続けたという。
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I支店の支店長も針のムシロに座った1人。3年前に定年で退職、今は異業種の企業に勤めているこの元支店長は、 「私自身、うしろめたいことはいっさいありませんから、正々堂々どこにでも出ますよ。それに、銀行内部についていえば、私は部下を信頼しています。事件が起こっても、うちのお客様は1人も減りませんでした。事件は時効になりましたが、私の心の中では決して終わっていないんです。ですから一日も早く真犯人がわかってほしいと願っています。そして、当時の部下に事件のことをきちんと説明したいと思っているんです。だから、時効になったことは非常に残念だし、くやしくてたまらないんです」 ただし、この元支店長、それなりの処分を受けている。四半世紀もコツコツと無事に勤めながら、最後の最後で“汚点”がついてしまったわけだ。 「支店長職をといたわけではありませんが、職務等級を下げ減俸しました。それから、役員全員が賞与を辞退しました」(同行の総合企画部長) 所轄署の係官の1人は、今もくやしさいっぱいの表情でいう 「向こうは信頼を商売にしているんだから、協力的にはなれんのだろうけど……。どっちにしても、銀行の答えは建前ばかりだった。事件そのものは、金の受け渡しに関係した人間が20人程度だったから解決は早いと思ったんだが……。時効になってしまったのは残念でならない」
現金蒸発には違いないのだが、実に奇妙な事件だったのが〈J銀行K支店〉の貸金庫から消えた1200万円。当時から「狂言か、それともホントに蒸発か」と大騒ぎだった。 貸金庫の借り主は老婦人、金の持ち主は彼女の次男。そして、「あの女にハメられた」といって後日自殺した当時のK支店の支店長の3人が、このミステリー仕立ての事件の主たる登場人物だった。 しかし、聞けば聞くほど変な話である。3400万円入っていたという金庫から1200万円が“蒸発”し、老婦人は「銀行員の犯行だ」と叫び、銀行側は「彼女の狂言」と応酬する。挙げ句の果てに、「残りの2400万円をニセ刑事に詐取された」と老婦人がいい出し、その間に、一方のK支店の支店長が飛び込み自殺。 銀行、老婦人双方が泥仕合を演じていたわけだが、その泥仕合も支店長の自殺で一応終止符を打つ格好になった。が、事件そのものは、全く解決していない状態なのだ。