個人株主いらっしゃい、議決権行使へ企業が一計-ポイント付与や土産

企業が個人投資家の株主総会への参加や議決権行使を促そうと、ポイントの付与や土産物の配布など一計を案じている。持ち合い解消などで安定株主が減る中、議案の採決を巡り個人が今後キャスチングボートを握る可能性があるためだ。

  企業の株式実務担当者でつくる全国株懇連合会の報告書によると、議決権行使の促進のため、株主に粗品や金券を贈呈した企業数は2024年に122社と5年前のほぼ5倍に増加した。個人の総会参加が増えれば、企業にとっては物言う株主(アクティビスト)や議決権行使基準を厳格化する機関投資家に対抗し、会社側提案が賛成多数で可決される可能性を高めることになる。

  三菱UFJ信託銀行の丸谷国央調査役によると、「個人株主の議決権行使は、賛成率が高い傾向がある」と言う。個人が一定割合を占める企業では、個人の議決権行使率の向上や賛成票の獲得を期待するケースは多いとの見方を示した。

  アクティビストによる株主提案数が過去最高を更新する半面、株式持ち合いの解消などで安定株主は減っており、経営陣に対するチェック体制はこれまで以上に厳しくなっている。国際的な議決権行使助言会社の目にもさらされ、最近は経営トップの取締役選任の賛成率が80%を下回るケースも少なくない。

  日本取引所グループが毎年公表する株式分布状況調査(全国4証券取引所上場企業が対象)によると、23年度の個人株主数は延べ7445万人と10年連続で増加し、株主全体の97.8%を占める。個人株主を味方に付け、経営への理解を深められれば、企業にとって新たな安定株主を育てることになる。

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  清掃用具のレンタルや「ミスタードーナツ」をチェーン展開するダスキンは、議決権を行使した株主の中から抽選でミスドで使える1000円分のプリペイドカードを配布大手証券会社の大和証券グループ本社は、議決権を行使した株主全員に500円分のクオカードを配っている。

  建設業界で働く東京都内在住の篠崎貴広さんは国内企業の株式を50銘柄保有し、ほとんどで議決権を行使している。長期保有が基本のため、会社案に不満がある場合には反対するとした上で、これまで9割以上の会社提案に賛成票を投じてきたと話す。

  篠崎さんは22年から半日休暇を取得するなどし、株主総会に参加している。議決権行使後の抽選でポイントが当たったことはないが、「今後個人株主の比率が大きくなり、少なからず影響が出てくる」と予測。投資家にポイントを付与することで、議決権行使への関心を促すことも良いのではないかと述べた。

  議決権行使サイトを運営する信託銀行各社もインターネット経由の行使を促進するため、ポイントの付与などを行っている。三菱UFJ信託では、企業や自治体のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援するギフトパッド(大阪市)と組み、ネットでの議決権行使株主に電子ギフトを贈るサービスを提供。丸谷氏によれば、同サービスの契約数は数年間にわたり増え続けている。

  三井住友信託銀行も、議決権行使などを行った利用者にアプリ上で物品と交換可能なポイントの付与を10月以降に開始する予定だ。大和総研コーポレート・アドバイザリー部の吉川英徳主任コンサルタントは、個人の投資額は機関投資家より小さく、採決の結果に与える影響は未知数だが、僅差勝負になれば「個人株主はキャスチングボートを握る可能性がある」と言う。

「ファン」獲得

  企業が個人株主を厚遇する姿勢は、株主平等原則の観点や新型コロナウイルス禍のオンライン開催で減っていた「総会土産」の復活からも顕著だ。三井住友信託が行ったアンケートの回答企業のうち、6月総会で土産を用意していた企業の比率は24年に11%と23年の10%、22年の5%から増えている。

  米国出身で日本在住約30年のダン・カステラーノさんは事業内容を理解し、ファンになった企業に投資する株主だ。英国風パブ運営のハブは投資先約15銘柄の一つで、総会でのTシャツや限定グッズの配布に期待感を示す。「愛着のある企業と深く関わりたいと思っており、その方法の一つとして株主になりたい」と話す。

  三井住友信託の須磨美月法務・ガバナンスチーム長は、総会土産を配る企業の増加は安定株主が減少する中、株式を長期間保有してくれるファンを増やしたいとの企業の思いが背景にあると分析する。

  一方、一部の個人株主にとっては総会に足を運ぶ動機が土産をもらうことになり、活発な質疑応答が行われないリスクがあるため、「ガバナンスの観点からすると、それほど望ましくない状況になる」恐れに懸念を示した。

  ニッセイ基礎研究所の森下千鶴研究員も、個人株主は企業を応援しつつ、ガバナンス体制を見ていく「責任もある程度求められる」と指摘し、「企業側の思惑的な動きは注視していかなければいけない」と語った。

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