恐ろしいのに目が離せなくなる映画「ガール・ウィズ・ニードル」…戦争と女とまがまがしい事件

 マグヌス・フォン・ホーン監督による「ガール・ウィズ・ニードル」(5月16日公開)は尋常ならざる引力を持った映画だ。舞台は第1次世界大戦後のコペンハーゲン、主人公は、困窮した若い女。彼女は社会の底辺を漂いながら、濃い影をまとった者たちと出会う。その中には、デンマーク史上最悪と言われる連続殺人を起こした人物もいる。約100年前の物語なのに、遠い昔話とは思えない。恐ろしいのに、目が離せなくなる。実話から着想を得た、不穏なおとぎ話のような映画だ。(編集委員 恩田泰子)

「ガールズ・ウィズ・ニードル」から。主人公カロリーネ(ヴィクトーリア・カーメン・ソネ、中央)=(C)NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024

 この映画は、実際に起きた連続殺人事件を扱っているが、単なる犯罪映画ではない。作り手の関心は、事件のみならず、事件を取り巻く社会のありようにもしかと向けられている。主人公・カロリーネ・ニルスン(ヴィクトーリア・カーメン・ソネ)の物語を通して、普段は見過ごされている人々、あるいは見て見ぬふりをされている現実を凝視させる。

 物語は、大戦終結の少し前から始まる。カロリーネの夫は戦地に行ったきり安否不明。暮らしは厳しい。勤め先の縫製工場を束ねる名家の御曹司と恋仲になり、楽な暮らしを夢見るが、それもつかの間。彼の子を身ごもったまま捨てられ、仕事も失う。

ダウマ(トリーネ・デュアホルム、右)

 望まぬ出産を前に苦しむカロリーヌは、ダウマ・オウアビュー(トリーネ・デュアホルム)という女性に出会う。ダウマは、菓子店を営むかたわら、訳ありの女性たちから赤ん坊を引き取って養子縁組のあっせんをしているという。ほかに頼るべき人のないカロリーネも出産後、ダウマに子を託し、その後、養子に出す前の赤ん坊たちの乳母としてダウマのもとに身を寄せる。安定をつかんだかのように思えたが――。

 陰影に富んだモノクロ映像でカロリーネの物語は描かれる。彼女は、暗い森に迷い込んだおとぎ話の主人公のように、さまざまなキャラクターと出会っていく。頼りない「白馬の王子様」、以前の顔を戦争で失った「怪物」、そして「魔女」。どうすれば出口が見つかるのか。誰が善で誰が悪なのか。

「ガールズ・ウィズ・ニードル」から=(C)NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024

 マグヌス・フォン・ホーン監督は、おとぎ話のような構図、鮮烈なイメージと人の姿を通して、観客を物語の中に自然に引き込む。物語がはらむアクチュアルな問題に無意識のうちに向き合わせる。貧困、格差、戦争の爪痕、女性の身体的自立……。

 クラシックな映画を想起させるイメージも登場するが、それらは単純なオマージュではない。たとえば、縫製工場から退勤する人々の見せ方は、まるでリュミエールの「工場の出口」。その中にカロリーネの姿を認めた瞬間、はっとさせられる。「工場の出口」に映る集団のイメージは知っていても、それぞれの人物が何を抱えているかなど考えたこともなかったことに気づかされる。見ていたはずが、見ていなかったものがある。そのことを、この映画は突き付けてくる。

「ガールズ・ウィズ・ニードル」から=(C)NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024

 道ゆくカロリーネをとりまく世界のゆがみ、見開かれた目、雄弁な口元……。物語と重なる時代につくられたドイツ表現主義映画を思わせる表現も、なんと切実に感じられることか。

 物語はどんどん進む。だが、いたずらに流れてはいかない。その上で大きな役割を果たすのが人間の肉や血を感じさせる数々の強烈な光景。戦争から戻ってきた夫の変わり果てた顔。編み針でカロリーネが試みる堕胎。普通ならば生々しすぎるイメージも、モノクロの映像ならば。この映画は、絶妙な距離感をとって人間を照らし出す。

 「路上」での光景も脳裏に焼き付く。映画の前半、大通りの脇の通路で行われるカロリーネと御曹司との性行為。後半に、また別の細道で行われるのは、まがまがしき殺人。通路での行為でカロリーネが身ごもったと考えれば、この映画は、人が通り過ぎていくかたわらで、人知れず生まれて、死んでいく命をめぐる物語とも言える。世の中の大勢は、どんどん前に歩いていく。でも、そのすぐそばでいろんなことが起きている。そして、そうしたものを見渡すことにはきっと意味がある。そんな気にさせる映画である。

「ガールズ・ウィズ・ニードル」から=(C)NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024

  ◇「ガール・ウィズ・ニードル」 (原題:Pigen med nålen、英題:The Girl with the Needle)=2024年/デンマーク、ポーランド、スウェーデン/123分/日本語字幕:吉川美奈子/字幕監修:村井誠人/配給:トランスフォーマー=5月16日から、東京・新宿ピカデリーほか全国公開

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