10月の沖縄訪問 (下)|辺野古ボート転覆事故遺族メモ

(上)からの続きです。  https://note.com/beloved_tomoka/n/nc99224ff8465

10月18日(日) 2日目・午後

ヘリ基地反対協議会との面談

那覇市内のホテルの会議室で、ヘリ基地反対協議会と面談した。

出席者:・協議会側:共同代表のお二人、代理人の弁護士お二人

・こちら側:私と、代理人の弁護士

妻は、少しでも気になる発言があれば感情を抑えられなくなってしまうから、と、同席しないことを自分で決めていた。結果として、それは賢明な判断だったと思う。

冒頭、こちらから伝えた。

・今日は、謝罪を受ける場ではないこと・事故から7か月のあいだに協議会として検証してきた結果、分かったことの説明を聞く場であること

先方からは、冒頭、検証はかなり前から進めている、という話があった。

しかし、質問を重ねるうちに分かったのは、組織としての検証はほとんど進んでいない、という事実だった。

・学校との関わりがいつ、どのように始まったのか。分からない。・過去の乗船プログラムの経緯。分からない。

・では今年のことは。それも分からない。

約1時間で、私は用意していた質問を続けることをやめ、面談を切り上げた。

何も知らなかったと主張することと、調べて、事実を洗い出し、それを伝えるということは、全く別のことだ。知らなかったのだから調べなくていい、そんな理屈は成り立たない。

謝って、何もせず、批判が通り過ぎるのを待つ。ほとぼりが冷めたら、元どおり。それは、許されないことだと思っている。自分たちで調査をし、問題を徹底的に洗い出し、社会に対して公表する。それがなされない限り、私たちは問い続ける。

この姿勢を直接伝えられたことだけが、今回の面談の成果だったと思っている。

面談の終わりに、共同代表のお一人からは、事故に組織として向き合い直す、という言葉があった。だが、必要なのは内輪の反省ではなく、どれほどの検証を行い、それをどう社会に対して形にして示すのかという結果だ。

この意味が伝わっていればいいのだが。

10月19日(月) 3日目

14:00 県議会「辺野古沖船舶転覆事故に関する調査特別委員会」を傍聴

この委員会は、7月に全会一致で設置されたものだ。

正直に言えば、もっと後ろ向きな議論もあるのだろうと想像していた。調査そのものの必要性を疑う質問や、県のこれまでの対応に反省すべき点はないという前提に立った答弁が並ぶのではないか、と。

だが、傍聴して見えたのは、なぜこの事故が起きたのか、沖縄がこれから安心・安全な修学旅行の受け入れ先としてどう変わっていくのかという、前向きな議論だった。事故にきちんと向き合っていこうという姿勢が見えた。この委員会が、そのための議論の場として機能していくと感じられたことは、今回の訪問の大きな収穫だった。

一方で、やりとりを聞く中で、私たちが把握している情報と少し異なる数字などが交わされている場面もあった。私たちが持っている情報も、しかるべき形で伝えていく必要があると感じた。

あわせて、旅行会社の団体にも、より踏み込んだ協力をお願いしたいと感じた。今回の研修旅行を受託していたのは東武トップツアーズだったが、他の旅行会社も含め、これを一社の事案として傍観しないでほしい。日本の課外学習や修学旅行の安全、そしてそのあり方を見直す機会として業界全体で捉え、行政への情報提供や協力を惜しまないでいただきたいと思う。

傍聴にあたっては、議会の皆さまをはじめ関係の方々に、静かに傍聴できるよう細やかなご配慮をいただいた。この場を借りて感謝を申し上げたい。

三日間を支えてくださった方々

今回の訪問全体を通して、沖縄県警察の犯罪被害者支援室の方々に支えていただいた。

・現地での移動・県庁への入退出をめぐる知事公室側との細かな調整

・辺野古での報道の方々への対応

3日間にわたって、私たちが不安に感じることを、代理人と共にすべて先回りして手配してくださった。感謝しかない。

被害者支援室には、事故の後から、地元の警察、京都府警察にも支援をいただいてきた。

地元の警察では、妻がカウンセリングでお世話になっている。脅迫を受けたことについて刑事課に相談をすれば、その内容はカウンセラーにも共有され、丁寧に様子を聞いてくださる。京都府警察は、私たちが保護者説明会に安全に参加できる体制を、毎回つくってくださっている。

そして、失礼な言い方になるかもしれないが、地元の警察、京都府警察、沖縄県警察のあいだで、これまでの経緯や私たちの悩みごとがすでに共有されていたことに驚いた。同じ説明を何度も繰り返す必要がなかった。都道府県をまたいで、被害者を支える連携が機能していたことを、とても心強く感じた。

各都道府県警察には、犯罪被害者支援室がある。私は、この事故でそれを初めて知った。同じように、ある日突然、犯罪被害者やその遺族となってしまった方に、この仕組みがあることを知ってほしい。

捜査は動いている。行政にはお願いを直接手渡すことができた。議会での検証が進んでいく様子を感じ取れた。

当事者の団体には、調査と公表を求め続けることを伝えた。

動き始めたものと、まだ止まっているもの。その両方が、はっきりと見えた三日間だった。

全国の子どもたちが沖縄で学び、たくさんの思い出を持って、無事に家に帰る。その当たり前のために、できることを続けていきたい。

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