宮中晩餐会のメニューはなぜフレンチ? 料理から見える日本の近代化への歩み…コロナ禍後に大きく変化
宮中晩餐会は、天皇、皇后両陛下が国賓を最高接遇でもてなす夕食会だ。そのメニューは、フランス料理のコースとなっている。なぜフレンチになったのか。ごちそうの歴史をひもといてみた。
霞会館記念学習院ミュージアム(東京)で11月21日まで開催されている展覧会「ようこそ!華麗なる宮中 晩餐(ばんさん) 会の世界へ」。会場には、そのテーブルを思わせる豪華なしつらえや食器などが並んでいる。
有栖川宮家・高松宮家の正餐用の洋食器。宮家でも外国からの賓客をもてなした(霞会館記念学習院ミュージアムで)=秋元和夫撮影宮中晩餐会は、皇居の「豊明殿」に皇族方や両国の関係者が集い、金彩の皿などでフランス料理を食し、友好を深める。展覧会を企画した同館学芸員の長佐古美奈子さん(65)は「宮中晩餐会の歴史をたどれば、日本の近代化への歩みが見えてくるのです」と話す。
西洋化のきっかけは……
宮中の 饗宴(きょうえん) が外交の意味合いを帯びるのは明治時代からだ。1869年(明治2年)にイギリス第2王子、エディンバラ公アルフレッドを国賓としてもてなすために、高級料亭の和食を出したところ「国際儀礼(プロトコール)」にのっとっていないと苦情がきた。
慌てた政府は、洋食器をヨーロッパに発注し、国産化にも取り組む。肉食の解禁や西洋料理を取り入れ、83年(明治16年)には鹿鳴館も開館。当時のメニューには、牛や鶏肉の料理が並んでいる。
服装についても宮内大臣の伊藤博文から洋装を打診された皇后は「国のためならば何でもいたす」と答えたという。国を挙げて西洋に追いつこうとしたのだ。
秋山徳蔵が手がけた大正大礼のメニュー、富士山形アイス
宮内省(当時)に食事や饗宴を担う「大膳職」を置き、秋山徳蔵が 主厨(しゅちゅう) 長に就く。いわゆる「天皇の料理番」だ。秋山が1915年(大正4年)の「大正大礼」(大正天皇の即位の礼)の晩餐会で手がけた料理のレプリカも会場に並ぶ。4000匹のザリガニを北海道から運んだ「ザリガニのポタージュ」のほか、焼いた牛ヒレ肉、富士山形アイスクリームなどが銀の大皿にゴージャスに盛られている。
大正大礼大饗第2日晩餐会メニュー再現レプリカ(公益財団法人味の素食の文化センター蔵)令和になっても、銀の大皿から招待客が食べたい分を取りわける形だった。「食器や盛りつけも19世紀のスタイルがタイムカプセルのように宮中晩餐会には残っています」と長佐古さん。
天皇、皇后両陛下のおもてなしの心
実はその宮中での饗宴が2023年(令和5年)、コロナ禍後に来日したキルギスのジャパロフ大統領夫妻の午餐(昼食会)から、大きく変わった。
一つは、大皿をやめ、それぞれの皿に盛って料理を出したこと。そして、季節感のある手まりずしなど初めて和の前菜が提供されたことだ。
宮中晩さん会で乾杯される天皇陛下とブラジルのルラ大統領(2025年3月、皇居で)=代表撮影25年(同7年)にブラジルのルラ大統領夫妻を招いた宮中晩餐会でも、和食前菜と銘々皿の形が踏襲され、現在まで続いている。和食が国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されたこともあり、「日本のおもてなしをしたいという両陛下のお考えを受けて」(宮内庁管理部大膳課)のことだという。
宮中晩餐会の料理そのものは、招待客しか味わえない。けれども、洋食が身近になった要因の一つに、必死に欧米と肩を並べようとした先人の歩みがある。
慣れないテーブルマナーと格闘
展示品の一つ「欧米礼式食卓作法」は、明治から大正期にかけて北白川宮家に伝わっていた作法書だ。読むと、慣れない洋食やテーブルマナーと格闘する姿が浮かび上がってくる。
フォークの使い方などを記した「欧米礼式食卓作法」。慣れないテーブルマナーを習得しようという熱意が伝わる「 嗜好(しこう) ニ適セサルモノアルトキハ努メテ 嚥下(えんげ) スベシ」。初めて食べる味もあったに違いない。「フォークの凹面で」など使い方も指示。早飯を慎み、言葉が通じなくても愛想良く応対することなども勧めている。
明治天皇は、1873年(明治6年)に宮内省の九等出仕・ 西五辻文仲(にしいつつじあやなか) に築地精養軒でテーブルマナーを学び、皇后や女官たちに伝えるよう命じた。指南役がうっかり芋を転がすとそれをみんながまねたという落語のような場面もあったそうだ。
そんな特訓と努力の果てに西洋料理は徐々に日本に浸透していった。
大膳課に聞く、メニューの伝承は舌で
宮中晩餐会のメニューはどう決まるのか。大膳課に聞いてみた。
大膳課は、調理担当とサービス・事務担当にわかれ、職員は約50人。洋食、和食、パンや菓子担当もいる。晩餐会や園遊会などでは外から応援を頼む。食器も管理し、欠けたら注文するそうだ。
献立は外務省と宮内庁の式部職とで、相手国の宗教的な禁忌やアレルギー、嗜好などを共有し、大膳課が作成。現在は前菜、スープ、肉料理、果物と料理菓子(冷菓など)の5品で、両陛下にもうかがって決める。
「できるだけ御料牧場の食材を使って、両陛下のおもてなしの心が伝わり、会話のきっかけになるものをと思っています」と現在の主厨長(60)。
宮中行事では、園遊会のジンギスカンなど名物メニューもある。伝統の味をどう受け継ぐのかを尋ねると「それぞれがメモにして残しています」。舌と体で覚えた感覚とメモが頼りなのだそうだ。