日本最高の20歳が言い掛けた言葉「全然才能ではないです」 10億円の価値…Cロナ封じた"慣れ"
才能とはなんだろうか。
【PR】DAZNを半額で視聴可能な学生向け「ABEMA de DAZN 学割プラン」が新登場!
それなりに長くサッカーを取材している中で、ポテンシャルを秘めた若手を観ているとそんなことを考えてしまうことがある。
自分が日頃取材している川崎フロンターレは、近年の日本代表に多くのタレントを送り込んできたクラブだ。特に板倉滉、守田英正、三笘薫、田中碧らは早い段階で活躍の場を海外に求め、現在の森保ジャパンで骨格を担うまでの存在となった。
そして今月8日、高井幸大がイングランド・プレミアリーグのトッテナム・ホットスパーに完全移籍となった。欧州の中堅国に渡り、そこからステップアップを目指す日本人選手が圧倒的に多い中、高井は世界最高峰であるプレミアリーグに挑戦する決断を下した。移籍金は約10億円。Jリーグから海外に渡る日本人選手では歴代最高額と言われている。
もちろん、20歳という年齢による将来性も含んだ評価ではあるだろう。ただこのタレントが、世界トップクラスの舞台で果たして通じるのか。サッカーファンの興味は尽きないはずだ。
話は去年の夏、パリオリンピック本番を控えた直前までさかのぼる。ある企画で、高井幸大にロングインタビューをする機会に恵まれた。そのやり取りの中で彼に問いかけてみたいテーマがあった。
それが「才能」である。
チームメートたちが高井のことを「ポテンシャルの化け物」と評していたのだが、高井自身は「才能」についてどう捉えているのか。それを聞いてみたかったのだ。
「才能と聞いて、高井選手はどんなものだと思いますか?」
そう、ストレートに問いかけてみた。決して饒舌ではない彼は、「めちゃめちゃむずいです、それ」と笑った。ただ「才能か……なんすかね」とじっくりと考えたあと、ぽつりぽつりと話し始めた。
「感覚じゃないですか。考えて、とかではなく、身体が勝手に動く……そういう感覚でやってるというのが才能かな」
そう言いかけていたのだが、「いや、分かんないです。才能はちょっと難しすぎます(笑)」と、答えらしきものに辿りつくことをやめた。
ただ、この「深く考えずともセンスでできてしまう」というのが、まだ19歳だった高井幸大の考える「才能」の定義らしきものだった。膝を打つような納得感があったわけではないが、こちらに対して精一杯に向き合って導き出してくれた、彼なりの言葉だと受け止めることにした。
192cmの体躯を誇る高井幸大は、Jリーグで傑出した実力を見せ続けてきた。高さ、速さ、強さの三拍子を兼ね備え、さらにアカデミー時代から培ってきた足元の技術もある。まさに現代型センターバックの申し子のような逸材だ。
プロ契約したのは高校2年生だが、18歳でJ1デビューを飾り、高卒1年目はリーグ戦14試合出場。高卒2年目の去年はリーグ24試合出場。同期の大関友翔や松長根悠仁がJ3の福島ユナイテッドFCで武者修行を積んでいた中、高井はJ1の所属クラブで最終ラインの主力を担っていた。
まるでプロの壁など楽々と乗り越えていたように傍目には見えたほどだ。本人に尋ねたところ、「それは慣れです」との説明だった。
「最初は練習をやってても自分が出れるレベルでもなかったし、必死に食らいついてやってただけです。だから、慣れですかね」
慣れとはいえ、しっかりと適応して乗り越えているのだから、それは世間では才能と呼ぶのではないだろうか。「それって才能と片付けちゃダメですか?」と尋ねると、笑顔で「だめです。全然才能ではないです」と首をブンブンと振って否定された。彼の考える才能とは違うようである。
なお、高井は憧れの選手として世界最高峰のセンターバックと言われるリヴァプールのファン・ダイクを挙げている。「あれはやばいです。ありえないです。あれが才能じゃないですか」と当時話していた。その1年後、そんな才能たちがしのぎを削る舞台に挑戦することになるのだから、人生は不思議である。
高井本人は自分の才能だとは認めないかもしれないが、そのスケールの大きさや、適応力はやはり非凡なものがある。例えば今年5月、AFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)の準決勝で、アル・ナスルのクリスティアーノ・ロナウドと高井はマッチアップした。そこで彼は驚くべき対応力を示している。
前半33分の出来事だ。エリア内を深く侵入してきたブロゾヴィッチのクロスにジャンプしたのがC・ロナウドだった。驚異的なボディバランスで、「空中で止まっている」と評されるヘディングでゴールを量産してきたスーパースターは最高到達地点で合わせようとするのではなく、空中で待ってからヘディングを放つ。打点が高いだけではなく、タイミングをずらされるため、守る側は防ぎにくいのである。
実際、高井は競りに行こうとしていたが、制空権争いで後手を踏み、ヘディングシュートをフリーで打たれている。ただゴールバーに弾かれ、この時は命拾いした。
「あまり上から叩かれることはないんですけど……すごいなと」
試合翌日、本人にあのシーンを尋ねると、率直にそう漏らしていた。そして高井は試合中に自らの対応を修正した。数分後、再び左サイドから上がってきたクロスをC・ロナウドが頭で合わせる。しかし今度はしっかりとタイミングを合わせて競り合って防いだのだ。あの短い間でどう考えて修正したのか。
「クロスのときも嫌な位置にいて、自分が触れないような位置に毎回立たれました。近くにいたら触らせないことですね」
高井はそうこともなげに説明してくれたが、対峙したのはあのC・ロナウドである。試合はC・ロナウドにゴールを許すことなく勝利している。過去、日本のクラブが対戦した公式戦で、C・ロナウドに得点を許さなかったのは初だった。彼の持つ類まれな能力と成長を感じたゲームだったと言える。
この試合で見せたインパクトは実に強かった。海外移籍発表前、彼の成長を示すエピソードとして川崎の長谷部茂利監督も挙げたほどだった。
「C・ロナウドと対峙することがあって、1回やられたなという場面があったけれども、そのあとは自由にやらせなかった。そういう選手と対峙したことでひと皮むけたと思います。勝負どころを自分のなかで持ち始めている。そういったものも感じます」
等々力でのラストゲームを終えた若武者は、こんな強い決意を述べた。
「本当にトップトップの選手になりたい。年齢も年齢だし、時間はないので。覚悟はありますし、頑張るだけかな」
あるテレビのインタビューでは「ハーランドにけちょんけちょんにされたい」とも発言していた。プレミアリーグは、言うまでもなく世界最高峰のリーグである。チーム内での競争を含めて悔しい経験もたくさんするだろう。
しかし高井幸大ならば、そんな壁も乗り越えていけるように思えてならない。そして涼しい顔で「慣れです」と、さらりと答える姿を楽しみにしている。
page 1/1
いしかわ・ごう/北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。