37歳で資産2.6兆円に到達、評価額3.5兆円の「Surge AI」率いる異端の起業家
創業5年で売上高約1776億円、企業価値は推定3.6兆円。人工知能(AI)ブームで急成長を遂げた「Surge AI(サージAI)」は、自らAIモデルを開発しているわけではない。その事業は「データラベリング」、AIの精度を左右する最も重要な資源──「高品質な学習データ」を巨大テック企業に供給することだ。グーグル出身の創業者兼CEOエドウィン・チェンは、ベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達を拒否し自己資金でSurge AIを築き上げた。今や同社は大手テック企業に欠かせない存在であり、グーグルをはじめとする企業は年間100億円超を支払っている。こうした成果が、チェンを米国長者番付「フォーブス400」の最年少メンバーに押し上げ、現在彼は表舞台で自らの考えを発信し始めている。 ■シリコンバレーを嫌うエドウィン・チェン、その風変わりな人物像 チェンはその日の午前中、ニューヨークのマンハッタンの自宅アパートでデータセットを確認し、研究論文を読み、最新のAIモデルを試した後、9番街にある豪華な3階建てのスターバックス・リザーブ・ロースタリーに向かった。 ネイビーのVuori製Tシャツに身を包み、肩から虎の絵が描かれたトートバッグをかけたチェンは、階下に降りると薄暗い隅のテーブルに腰を下ろした。「コーヒーを頼むのは時間がかかりすぎる」と語りつつ、小さなカップの緑茶をすすりながら、2時間にわたりノンストップで話し続けた。チェンの話のテーマは、彼が嫌いだと語るシリコンバレー文化や「みんな人材派遣会社だ」と切り捨てる競合への批判から、「宇宙人と人類はどうやって意思疎通を図るのか」という内容にまで及んだ。 「彼らは英語を話さない。ではどうやってコミュニケーションを取る? どうやって言語を解読する? そこでは数学的なアプローチが役立つはずだ」。 こうした難題は、チェンが最も好きな短編小説である1998年にSF作家テッド・チャンが発表した、『あなたの人生の物語』にも描かれている。映画『メッセージ』の原作となったこの作品は、言語学者が宇宙人の言葉や文字のパターンを見抜こうとする内容で、チェンはこの小説が、自身が2020年にSurge AIを立ち上げたきっかけの1つになったと説明した。彼はまた、自身のデータラベリング企業に「人間の豊かさをエンコードしたい」と付け加えた。 そのために彼は、スタンフォード、プリンストン、ハーバードなど名門大学の教授を含む優秀な人材を集め、専門知識を大規模言語モデル(LLM)の基盤となるデータに落とし込ませている。さらに、50カ国以上から100万人を超えるギグワーカーを集め、AIが答えに窮するような質問を考案させ、モデルの応答を評価させ、AIが正しい答えを導けるようにするための基準を設定させている。 「私たちがやっていることは、すべてのAIモデルにとって極めて重要だ。私たちなしではAGI(汎用人工知能)は実現しないと思う。そして私は、それを実現させたいんだ」とチェンは語る。 ■ベンチャーキャピタル(VC)を拒否した経営、自己資金で企業価値約3.5兆円を達成 饒舌で才気あふれる風変わりな人物であるチェンは、多くの人がこれまで名前を聞いたことがない最も成功したテック起業家だ。AI業界ではよく知られた人物である彼は、つい最近まで目立たないことを望んでいた。チェンは、X、グーグル、フェイスブックでデータサイエンティストとして経験を積んだ後、伝統的なベンチャーキャピタル(VC)を避け、7年前にベイエリアという「金魚鉢」を離れた。そしてハイテク大手で10年間働いて築いた「数百万ドル(数億円。1ドル=147円換算)」の貯金を元手に、Surge AIを立ち上げた。 「私が自己資金で会社を立ち上げた理由の1つは、シリコンバレーの地位競争が昔から嫌いだったからだ」とチェンは話す。彼は典型的なVC支援のスタートアップを「一攫千金の仕組み」と呼び、大量の資金を調達して浪費する発想そのものを嫌っている。それが結果的に「過剰採用」を招くからだ。チェンによれば、Surge AIの従業員はフルタイム、パートタイム、コンサルタントを含めても250人にすぎない。対照的に、主要なライバルのScale AI(スケールAI)は収益がより少ないにもかかわらず、その4倍の人員を抱えている。 Surge AIは、テック企業にAIモデルを改善するための高品質なデータを提供しており、創業から5年足らずの2024年に12億ドル(約1764億円)の収益を上げた。顧客にはグーグル、メタ、マイクロソフトのほか、AnthropicやMistralといったAI研究所も含まれる(同社はグーグルのGemini、AnthropicのClaudeの訓練を手助けした)。チェンによれば、同社はほぼ創業当初から黒字を維持しているという。 これらの数字に基づけば、Surge AIの評価額は推定240億ドル(約3.5兆円)に達している。同社は現在、評価額300億ドル(約4.4兆円)で10億ドル(約1470億円)の資金調達の交渉を進めているが、このラウンドはまだクローズしていない。 自己資金で会社を立ち上げたチェンの決断は、大きな成果をもたらした。彼が保有する約75%のSurge AIの持ち分の価値は推定180億ドル(約2.6兆円)に達する。またチェンは、フォーブスが発表する米国長者番付「フォーブス400」に新たに加わったメンバーの中で、最も裕福な存在となった。37歳の彼は、このランキングの最年少の富豪でもある。