老年科医として米ニューヨークで活躍!山田悠史医師の告発「インチキ医療だらけの母国ニッポン」(FRIDAYデジタル)|dメニューニュース
「思想」が医療にすり替わる瞬間
「日本の自由診療の調査をしていたら、めまいがしてきました……」
ニューヨークで老年医学を専門に活躍している山田悠史医師がそう嘆くのも無理はない。近年、日本の医療界には「エビデンスのない治療」「インチキ医療」が蔓延しているからだ。しかも高額でーー。
たとえば、「分子整合栄養医学」を掲げるクリニックが数多くある。栄養療法で、数十万円もする検査を経てサプリメントが提供されるが、科学的根拠は乏しい。
「すごく厳密に言えば、効くか効かないか分からないというのが正しい表現です。ところが現実には、あたかも効くかのように宣伝され、高額で売りつけられている。そしてその結果、患者さんは大切なおカネや時間、エネルギーを使わされ、本来なら受けられたはずの標準治療の機会を失ってしまう。
効くと分かっている治療があるのに、わざわざ遠ざけられる。医師として一番許せない現実です」
具体的なリスクも無視できない。
「たとえば、ビタミンEは認知症の分野などでしばしば使われますが、過剰摂取によって死亡率が増加することが知られています。たかがビタミンと軽視されがちですが、絶対安全というものではないのです。効くかどうか分からないものを、効くと信じ込ませて売ること自体が危険なんです。
知識を持たない患者に対して、知識を持つ側が高額の治療を押しつける構図。しかもそれを仮にも医師免許を持った人間がやっている。私は同じ医師として、心が痛みます」
参院選で躍進した参政党の中に「ホメオパシー」を勧める党員がいることが話題になっていたが、山田医師は一笑に付した。「ホメオパシー」とはドイツ人医師のハーネマンが18世紀に始めたもので、レメディー(治療薬)と呼ばれる「ある種の水」を含ませた砂糖玉によりあらゆる病気を治療できる、とするものだ。
「ホメオパシーに科学的根拠はまったくなく、世界中の公的機関でも効果は否定されています。それなのに自然療法などと宣伝され、堂々と提供されている。あり得ないですね。これはもう医療の名を借りた思想ビジネスに過ぎません」
なぜ、疑似医療に飛びつく医師が出てくるのか。山田医師は医師の教育における「世代間ギャップ」が背景にあると指摘する。
「僕はいま40代前半です。この世代は医学部でエビデンス・ベースト・メディスン(EBM)を体系的に学んでいるのですが、50代以上の医師は一切受けずに臨床に出ている。経験則で診療してきた世代なので、ご自身で学ばれたという場合を除き、科学的根拠を介するスキルがあまり育っていない。経験的医療や思想的な療法に取り込まれやすい背景があるのです。
日本で有名医師と言われる方が、自由診療で効果の不明な波動で20万取るというのをやってるそうですが、やはりEBMを学んでいない世代です」
造語で誘い込む「アテンション・エコノミー」
なぜ人はインチキ医療にだまされるのか。そこには、日本人特有の心理もあると山田医師は言う。
「多くの方が“新しくて高いものほどいい”という家電選びのような発想を医療にまで持ち込んでしまうんです。美容医療の世界で細胞再生医療として『エクソソーム点滴』がエイジングケアに有効だともてはやされていますが、安全性も有効性も確立されていません。それでも最先端と宣伝されれば飛びついてしまう。
芸能人が『〇〇を試してみたら元気になった』と語るだけで、何万例の科学データよりも響いてしまう。実際、かつて『血液クレンジング』はそれで一気にブームになりました」
「血液クレンジング」とは血液を採取し、オゾンを混ぜて体内に戻すことで「血液を浄化し、若返りや疲労回復に効く」と宣伝された自由診療の一つ。科学的根拠は乏しく、世界の医療機関で効果が否定され、むしろ、オゾンを体内に入れることによる感染・血管障害・免疫異常などのリスクが指摘されている。
自由診療は単価が高く回収が早いため、広告に巨額を投じられる。これにより一気に拡散するというスパイラルに陥る。
「一部の簡易がん検査もそうです。実態は占いのような精度しかなかったとしても、芸能人を広告塔に使い、ふるさと納税の返礼品にまで紛れ込んでいます。まさにアテンション・エコノミーの罠です」
アテンション・エコノミーとは、“人々の注意が経済価値を持つ”という考え方を指す。
「現代のSNSや動画サイトでは、人の関心をどれだけ集められるかがクリック数や視聴数に直結し、そのまま収益につながります。インチキ医療はこの仕組みを巧みに利用しています。たとえば『薬は毒』『ワクチンは危険』といった不安を煽る情報は恐怖や怒りを刺激し、人々の注意を強く引きつけます。“慢性的な疲労の原因は糖質のとり過ぎ”“副腎が壊れている”という科学的根拠に乏しい説も、同じ理由で世間の耳目を集めやすく、ネットで拡散されやすい。
疲労という誰もが抱える悩みに、副腎や糖質といった耳慣れない言葉をくっつければ、それだけで新しい医学のように見えてしまう。それを信じた人は、一生懸命、糖質や副腎について誤った情報を学び、頭を悩ませながら、場合によっては疲労が取れた気になり、効果があったとSNSで拡散するかもしれません。
しかし、貧血が原因で疲れが取れない人は、貧血を治療しない限り疲れはとれません。このように本来なら個々に異なる原因を特定して初めて適切な対処法が導けるはずなのに、それらの言葉に踊らされ、遠回りさせられて私のもとに来た患者さんが実際に何人もいます。医師としては、許せない気持ちになりますね」
インチキ医療の魔の手はがん領域にも伸びている。
「免疫細胞療法や幹細胞治療と称して、あたかも革命的治療のように語られるケースがあります。しかし、がん治療の基本はあくまで標準治療。安全性すら確立されていない療法に誘導することで、命を縮める危険すらあります。
科学的に正しい地味な情報よりも、派手で感情を揺さぶる情報のほうが拡散されやすい。大事な真実が埋もれ、どうでもいいものが輝いて見える。この構造が、患者さんを間違った選択に追い込むんです。医療に関しては命に直結しますから、SNSよりも公的機関や信頼できる複数の医師の意見を基準にしてほしい」
本田医師はインチキ医療がはびこる背景に日本の短時間医療の存在があることを指摘したでは、患者を守るために何が必要か。山田医師は即答した。
「一番の防波堤になるのは信頼できる、かかりつけの医師です。日本ではまだ十分に根付いていませんが、信頼関係のある医師がいれば、そもそもインチキ医療に流されにくい。ところが現実には、2分診療、5分診療が当たり前で、患者の気持ちを受け止める余裕がない。それが、インチキ医療に付け入る隙を与えてしまっているんです。
日本の外来は短時間診療が多い。患者さんからすれば、せっかく不安を抱えて相談に来たのに、ろくに話も聞いてもらえなかったという感覚になってしまいます。それならばと30分や60分、じっくり話を聞いてくれる自由診療に流れてしまうのも理解できます。これは医師個人の責任というより、システムの問題です」
アメリカでは診療時間に応じて報酬が決まるという。
「5分で終えれば報酬はほとんど得られず、30分、60分とかけて丁寧に診療することが求められる仕組みです。だから、こちらでは外来でも30分は当たり前、初診なら1時間かけることも珍しくない。患者の不安をしっかり受け止めることが、インチキ医療を防ぐ最大の防波堤になるのです」
最後に山田医師は、強い言葉でこう結んだ。
「患者さんの不安を真正面から受け止めきれない短時間診療が、インチキ医療に付け入る隙を生んでいるのです。本来守るべき医療が、その構造的な限界ゆえに患者を遠回りさせ、命を危険にさらしてしまう――。この現実に目を背けることはできません。インチキ医療を批判するばかりではなく、保険診療の構造自体の問題に目を向けないと、問題の解決はないでしょう」