コラム:4月利上げを想定すべき理由、日銀会合に向けた3つのチェックポイント=井上哲也氏
[東京 16日] - 金融市場では日銀が3月の金融政策決定会合で政策金利を据え置くとの見方が支配的だが、4月の政策判断については意見が分かれている。その主因は、2月末に勃発した米・イスラエルとイランの戦争が大きな不透明要因として浮上しただけでなく、物価の基調に関しても判断を難しくする多くの要因が存在することにある。本稿では、当面の焦点としての4月の金融政策決定会合での利上げを判断する上で、確認すべきチェックポイントをいくつかの側面から検討する。
<金融市場は安定しているか>
最初のポイントは金融市場の安定である。
日銀が4月に利上げに踏み切っても、それが金融政策の「正常化」の途上である以上、利上げで金融市場が大きく動揺するようであれば、その後の「正常化」にとって大きな支障になりうる。ボラティリティーが高い状況での利上げが適切でないことは2024年7月の例が示す通りであり、実際、25年4月の「相互関税」導入後には利上げプロセスが一旦停止された。
足元では、イラン戦争の展開やこれに関するトランプ米大統領の発信によって内外の金融市場におけるボラティリティーが高止まっている。一方、4月の金融政策決定会合までにはイランでの直接的な武力衝突が鎮静化するとか、新たな展開に対する金融市場の感応度が低下するといった理由で、市場の不安定性が低下することも考えられる。
ただし、内外での株価の不安定化は、イラン戦争だけでなく、人工知能(AI)事業者のビジネスモデルの持続可能性やAIの導入に伴う産業構造への影響に関する見方の変化による面も大きいことにも注意すべきだ。しかも、米国でAIを中心とする新興のIT事業者に資金を供給してきたプライベートクレジットの市場で、与信条件の引き締めやファンドの解約停止といった動きが散見される点も、金融市場を不安定化し得る。
金融市場の安定に関しては、長期金利の動向も重要な要素だ。イラン戦争によるエネルギー価格の高騰が持続的になれば、日本だけでなく主要国では、インフレに関するリスクプレミアムの拡大に加えて、追加的な経済対策に伴う財政拡張の思惑によって長期金利に上昇圧力が生ずる。結果として、資産価格の不安定性も高まることになる。もちろん、エネルギー価格の高騰が一時的に止まれば、金融市場は安定を回復できる。
<経済活動の緩やかな成長を維持できるか>
次のポイントは、経済活動の緩やかな成長の維持だ。
イラン戦争が勃発する前までは、26年度の日本経済は緩やかな回復を辿り、潜在成長率を明確に上回る成長が見込まれていた。競争力や効率性の強化、AIの活用を背景とする企業の積極的な設備投資に加えて、家計においてもインフレ率の減速や政府の消費税減税等による実質購買力の増加が消費を支えると期待されていたからだ。
こうしたシナリオにはいくつかの不透明性が生じている。エネルギー価格の高騰が持続すれば、企業収益の下押しを通じて設備投資を抑制しうるほか、家計の実質購買力の回復を妨げ、消費の回復が先送りされる。一方でエネルギー価格の高騰が一時的に止まれば、企業が既往の高水準の収益によってコスト増を吸収する可能性も含めて経済成長への影響は抑制されるほか、政府の緊急対策によって家計の実質購買力の低下が抑制される可能性もある。
その上で、マクロ的なエネルギー不足に直面することが最悪のシナリオだが、過去のオイルショックの時と比べて供給源や生産方法が多様化しているだけに、少なくとも現時点では、価格の持続的な高騰と比べて供給自体の枯渇のリスクは小さいとの見方が多い。
経済成長に関しては外需の動向も重要だ。米国では雇用の減速が明確化していることに加え、インフレ率が高止まれば実質購買力の抑制を通じて消費が低迷する可能性がある。重要な輸出先であるアジア諸国も、エネルギー価格の上昇に対して脆弱(ぜいじゃく)な経済構造を有し、消費の低迷のリスクがある。もっとも、AIを中心とするIT関連の世界的な需要には頑健性があり、これに関わる幅広い資本財や中間財への輸出需要には持続性がある。
<物価の基調的上昇は維持されているか>
最後の最も重要なポイントは物価の基調的な上昇だ。
26年度の物価に対しては、前回の拙稿で検討した消費税減税の効果だけでなく、イラン戦争によるエネルギー価格の高騰対策の効果も加わるだけに、少なくとも技術的に基調の把握が一層難しくなる。加えて、これまで見てきたように、エネルギー価格の高騰が持続的か一時的かによって、物価の基調に対する影響も当然に異なる。
物価の基調に関しては賃金の動向が重要であることは言うまでもない。本年度の春闘の初期段階では、大企業の労使双方が過去数年度と同様な賃上げ率を意識していた。こうした動きは、企業側の将来に向けた人材の確保の意向を背景とする面があるだけに、イラン戦争によって大きく変化することは考えにくい。しかし、中小企業ではエネルギーコストの上昇に対する不安の下で、結果として昨年度を下回る賃上げに止まる可能性は残る。
併せて、物価に対する企業や家計の行動変容の影響を見極めることも重要だ。低インフレ期に比べて、企業はコストの上昇をより容易ないし頻繁に価格に転嫁するようになっている。家計も、例えば、相対価格の高い銘柄米を需要し続けるとか、一層の価格上昇を見込んでガソリンや灯油を「買い急ぐ」など、物価上昇を前提とした行動へと変化する兆しがみられる。これらはマクロ的なインフレ期待の上昇を示唆する。
<暫定的な結論>
本稿で見てきたとおり、4月の金融政策決定会合までには様々に流動的な要素が存在するので、現時点で利上げの適否を判断することは適切でない。その点を踏まえた上でも、筆者は、日銀が4月に利上げを行うことを想定しておくべきであると考える。
金融市場では、AI関連企業の株価の調整や米国のプライベートクレジットには不透明性が残るとしても、エネルギー価格の不透明性は徐々に低下することが期待できるほか、インフレリスクによる長期金利の上昇には、むしろ利上げが有効な処方箋である。経済活動に関しては、家計の消費の停滞が続く可能性は否定できないが、経済対策による下支えが期待される。企業の設備投資や輸出には構造的な強さがあり、これらの点は次回の短観で確認できる。物価の基調も、大企業を中心とした賃上げの強さと、企業や家計の行動変容によって支持されることが考えられる。
最後に残った問題は為替レートの動向だ。円安の継続いかんは、日銀の金融政策にも影響を受ける点で、いわば「内生変数」でもあり、金融市場や基調的物価ではなく、政策判断の文脈で考慮する必要がある。
かねて指摘されている様々な構造要因に加えて、現在ではエネルギー価格の高騰による貿易収支の悪化の思惑もあって円安圧力が高まっている。だからといって、機械的に利上げを正当化することには慎重である必要がある。現在はドル高の側面も強いほか、内外金利差は依然として大きいからだ。
そうではなく、家計や企業の行動変容を踏まえると、エネルギー価格の高騰のような供給ショックでも、物価の基調に持続的な影響を与える可能性があるという見方が利上げの理由として合理的である。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション部シニアチーフリサーチャー。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。金融イノベーション研究部・主席研究員を務め、2021年8月から現職。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。
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