日本へ逃げ込むエリート学生をトランプ大統領は笑っている…「ハーバード卒よりも配管工を増やす」本当の理由 多様性を掲げるわりに「保守派」は9%しかいない
トランプ米政権がハーバード大学の留学生受け入れ資格を取り消し、米国では混乱が広がっている。在米ジャーナリストの岩田太郎さんは「多様性を掲げるハーバードで『保守』を自認する学生はわずか9%に過ぎない。トランプ大統領からすれば、ハーバードのほうこそ思想が偏っているという認識だ」という――。
トランプ大統領が、米国きってのアイビーリーグ名門校のひとつであるハーバード大学に対する連邦助成金の打ち切りや、重要な収入源である外国人留学生の受け入れ資格の停止など、「兵糧攻め」を強めている。
トランプ政権は、「左翼の巣窟」とみなす米アカデミア全体を攻撃している。
その中でも、250年前の建国のはるか以前である1636年創立のハーバード大学は、米アカデミアにおいて象徴的な存在だ。「価値のある攻撃目標」として狙い撃ちにされ、ブランドが毀損されはじめている。
攻撃の表面的な理由は、「学内の反ユダヤ主義の放置」「リベラルなエリート主義者の政治的偏見に基づく保守派への攻撃」「(政権が違法と見なす)多様性・公平性・包括性(DEI)方針の実施」「米国の安全保障を脅かす中国共産党との深い関係」などだ。
それらは確かに、政権が圧力をかける動機をそれなりに説明している。
しかし、全体的にとらえた場合に、あまりにも苛烈で、大学の存亡にかかわりかねないレベルであるため、「ここまでやる必要があるのか」と感じる人も多いのではないだろうか。
一見、目標と釣り合っていないように思われる「兵糧攻め」には、米国社会を根本から変えようという、もっと深い目的が隠されている。
本稿では、米国のアカデミアでいま一体なにが起こっているのか、この攻撃の先に、トランプ大統領は一体何を目指しているのか。そして、講じられる戦略と戦術は、「真の目的」にどうつながっているのか。その実態を読み解く。
写真提供=ゲッティ/共同
ドナルド・トランプ米大統領、2025年5月16日、アラブ首長国連邦
次々とくり出される攻撃の手
ホワイトハウスは4月から5月にかけて、ハーバード大学への連邦研究資金26億ドル(約3800億円)超を凍結しただけでなく、今後の助成金も停止した。加えて、同大学と連邦政府の間で残っていたすべての研究委託契約も打ち切ったのである。
トランプ大統領は畳みかけるように、すでに予算化されたハーバード大学への研究助成金30億ドル(約4320億円)も打ち切り、そのお金を職業訓練学校へ振り分けるとまで発言した。
さらに、全世界の米大使館・領事館に対し、留学希望者のビザ(査証)面接の新規受け付けを停止するよう指示。特にハーバード大学については、ビザ申請者をより厳しく審査するよう命じた。
ついには、外国人がハーバード大学に入学するために米国に入国することを禁止する大統領布告に署名した。
加えて、ルビオ米国務長官が、「中国共産党とつながり、重要分野で研究を行う中国人留学生のビザを攻撃的(aggressively)に取り消す」方針を明らかにした。
奨学金で学費が減免されることの多い米国人学生と比べ、言い値の正札で学費をポンと出してくれる中国などからの外国人留学生(正確にはそれらの学生の裕福な両親)は経営陣にとり上得意であるのだが、トランプ大統領はハーバード大学の留学生の枠を「15%に制限すべき」と主張し、外国人留学生受け入れ資格そのものを取り消す動きに出たのだ。
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実際に、2003年4~5月にハーバード大学の学生新聞である「ザ・クリムゾン」が人文科学部に在籍する386人の教授陣を対象に実施した意識調査では、政治志向に関する設問で、合計77.1%が「自身はリベラル」「自身はとてもリベラル」と回答。
自身が中道だとしたのは20%に過ぎず、「保守的」「とても保守的」に至っては合計わずか2.9%と完全な少数派だ。
同様に、北東部名門私立大8校から成る名門アイビーリーグのイェール大学でも2023年の調査で、教授らが行った合計12万7000ドル(約1827万円)の政治献金のうち、98.4%とほぼ全額が民主党候補や組織に向けられたものであったと、学生新聞の「イェール・デイリーニューズ」が報じた。
さらに、教授を含む教職員を対象におこなわれた調査結果(2000年-2023年)をグラフで見ると、この傾向は過去をさかのぼっても不変であることがわかる。政治献金がほぼすべて青色の棒で表される民主党向けで、赤色で表された共和党向けの献金は、取るに足りないレベルだ。
教職員の政治献金のほとんどが民主党に流れている。この傾向は過去20年あまり変わらない。
つまり、ハーバードやイェールなど米名門校で教鞭を執る教授陣は、圧倒的にリベラル派、あるいは民主党員である。
名門校では学生もまたリベラルだ。
ハーバード大学で自身を保守派とする学生はわずか9%に過ぎない。
また、プリンストン大学に2023年秋の入学で、2027年夏に卒業予定の新入生グループにおいて、合計69%が、「自身はいくらか左派」「自身はとても左派」だと回答したと、学生新聞の「デイリー・プリンストニアン」が報告している。
別のアイビーリーグ校であるダートマス大学でも2023年の調査で、学部生の58%が自身は民主党支持者であると答え、共和党支持者は12%に過ぎなかった。
ブラウン大学でも、71.6%が「自身はいくらかリベラル」「自身はとてもリベラル」と回答したと、学生新聞「ブラウン・デイリーヘラルド」が伝えた。
リベラル派の「結果の平等」に潜む矛盾
多様性をウリにするハーバード大学は2023年に、終身在職の教授陣の78%が白人、終身在職コース途上の教授陣の59%が白人。米国勢調査局によれば、2024年7月の白人人口比は58.4%だから、テニュアで見れば看板倒れの面がある。
一方で、学部生は人種・出身国・ジェンダー・セクシュアリティ・障害の面で人口比率を反映した多様性に富む。
しかし、トランプ政権や保守派から見た場合、それは本当の多様性ではない。
なぜなら、ハーバード大学はどれだけこうした面で多様でも、政治的志向に関しては、均質的に「リベラル」で、しかも「エリート主義」であるからだ。
憲法学を専門とするジョージ・ワシントン大学法科大学院のジョナサン・ターリー教授が指摘するように、リベラル派は「人口比の結果の平等」を重視し、実力や適性に目を瞑っても人種やジェンダーの属性を選考や採用の主要な基準にすることを主張する。
にもかかわらず、ハーバード大学では「米人口の半分が保守派」である現実が反映されていないと、ターリー氏は批判する。そのため、同大学は多くの保守的な学生や教授陣にとり、寛容性がなく、生きづらさを感じる肩身が狭い場所なのだ。
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米ニュースサイトのセマフォーが指摘するように、米名門校は基本的に「(高品質な)授業と寮生活、さらに(学生生活の結果として得られる)エリートクラブの生涯メンバーシップをサブスク販売」している。
その中でもハーバード大学では、卒業生は成功した富裕層も多く、潤沢な寄付金が得られることが自慢だ。
しかし、大学経営の利幅は「生鮮スーパー並み」に薄い。
なぜなら、売り上げが大きいと同時に、人件費・研究関連支出・施設建設や運営コストをはじめとする経費もまた膨大であるからだ。トップクラスの人材を雇う名門校はなおさらである。
実際に、米名門大学は3月以降、40億ドル(約5800億円)余り負債を膨らませたと、米ブルームバーグが報じている。
特に、ハーバード大学の負債は4月の債券発行で16%拡大。
マサチューセッツ工科大学(MIT)の場合は18%増え、52億ドル(約7473億円)に達した。トランプ政権の攻撃を受け、これら名門校は課税債の発行やプライベートローンによる資金調達、コマーシャルペーパー(CP)の発行枠拡大に迫られているのだ。
トランプ大統領の短期的な目的は、「連邦政府から助成金をカットされる原因を作っているリベラルな指導部」を孤立・弱体化させ、政権の意を体した勢力と交代させることだ。
真綿で首を絞める、あるいはボディーブローを効かせるような政権のやり方は奏功している。
写真=iStock.com/APCortizasJr
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「ハーバードは左翼の巣窟」は本当か
トランプ政権は、ハーバード大学のジェンダー・セクシュアリティ・人種・(不法)移民受け入れ・気候変動など左派的だとみなす研究と教育を問題視している。
連邦助成金獲得を妨げ、政権の兵糧攻めを招いているのは、左派イデオロギーであるというのが、トランプ大統領の立場だ。
こうした政権の動きに対してハーバード大学のアラン・ガーバー学長は、米憲法で保障された学問や言論の自由を盾に、連邦法に照らし合わせた際の政権の措置の非合理性を指摘し、トランプ政権の圧力に屈しないと繰り返し表明している。大学側の主張は数件の訴訟提起となり、連邦裁判所で係争中だ。
重要な争点の一つが、保守派に対する偏見や中国共産党との深いつながりだ。
ハーバード大学は、そうした事実を否定する一方で、「政権は、弊学がガバナンスやカリキュラムのイデオロギーに対するコントロールを差し出さないことに報復している」と主張しており、大学に特定の主義主張があることは認めている。
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米保守派シンクタンクのヘリテージ財団などトランプ大統領に近い取り巻きの主張では、米国民の血税から出た助成金で支えられる米エリート校には、公共に対して果たすべき役割がある。
8人もの米大統領をはじめ、連邦最高裁判事・米上下院議員・統合参謀本部議長・フォーチュン500優良企業のCEOたちなど名だたる指導者を輩出してきた、文字通りトップ校であるハーバード大学は、その公共性について、より高い基準が求められるというわけだ。
ハーバード大学においては、リベラルな教授陣がその独占的な地位を使って学生を「オルグ(組織化)」していると保守派は見ている。
なぜなら同大学は、将来の国の指導者となる優秀な卒業生を政府や民間の重要な機関に送り出し、産学官連携の構造の下、ジェンダー・セクシュアリティ・人種・移民・気候変動などリベラルなアジェンダで米国を支配するようになっているからだ。
トランプ政権と対決するハーバード大学は法廷において、「本学には保守派への偏見はない」と主張しているが、それは一般社会に対する説得力のない、苦しい言い訳だろう。
第1次政権からの悲願だった
2025年5月に米CNNが行った世論調査で、68%の回答者が米大学教育は間違った方向に進んでいると答え、45%が米大学は左派に寄り過ぎだとしている。
保守派から見れば、連邦助成金を受けるハーバード大学の「乗っ取り」と「武器化」は公金の濫用であり、高等教育の目的をはき違えているということになる。
それを抜本的に是正するためのトランプ政権の同大学に対する具体的な要求は、以下3点だ。
③言論の多様化
第1次トランプ政権は繰り返し、「(多数派の)リベラルが『正しい』と認めない(保守派の)言論が、『他者を傷つけるヘイトスピーチ』として米大学で排除されている」として、共和党支持者の教授や学生にも言論の自由を認めるよう大学を提訴する是正に乗り出していたが、実効性はなかった。