アインシュタインの脳を解読できるか?古い組織を読み解くRNA技術が登場

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 1955年に亡くなったアルバート・アインシュタインの脳は、死後すぐに240個のブロックに切り分けられ、現在も保管されている。

 これまで科学的な分析には限界があったが、稀代の天才の思考の痕跡を細胞レベルで探る道が開かれるかもしれない。

 中国の研究チームが開発したRNA解析法「Stereo-seq V2」は、劣化した古い組織からでもRNA情報を高精度で抽出できる。

 すでにがん組織の解析にも成功しており、天才の思考に迫る手がかりを、細胞レベルで探る道が現実のものとなりつつある。

 この研究成果は『Cell』誌(2025年8月28日付)に発表された。

 中国のBGIリサーチとその提携機関の研究チームが開発した「Stereo-seq V2(ステレオ・セック・バージョン2)」は、RNA(リボ核酸)の空間的な配置を高解像度で可視化できる、最新の空間トランスクリプトミクス技術だ。

 トランスクリプトミクスとは、細胞の中でどのようなRNAがどのくらい作られているかを網羅的に調べる手法で、細胞の働きや状態を読み解くのに使われる。

 RNAは、DNAの情報をもとに体内でタンパク質をつくる設計図のような分子で、細胞の働きや病気の状態を詳しく調べる手がかりになる。

 これまで、保存状態の悪い組織からはRNAの情報をうまく取り出すことができなかった。RNAは長い文字列のような分子で、従来の方法では「決まった場所」からしか読み取れない。

 そのため、古いサンプルでは途中で切れていたり壊れていたりして、情報の取得が難しかった。

 特にホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)という、医療現場で一般的に使われる長期保存法では、組織をホルマリンで固定し、さらにパラフィン(ろう)で包んで保存する。

 この方法は長期保存に向いている一方で、RNAやDNAが化学的に劣化しやすく、遺伝子解析には不向きとされてきた。

 しかしStereo-seq V2では、ランダムプライマー法という手法を用いることで、劣化したRNAでも遺伝子全体の情報を再構築できるようになっている。

 ランダムプライマー法は、RNAのどこからでも読み取りを始められるのが特徴で、壊れてしまった部分を避けながら情報を引き出すことができる。

 実際の試験では、約10年間保存されていたがん組織の解析に成功し、腫瘍のタイプや免疫応答まで細かく読み取ることができたという。

この画像を大きなサイズで見る保存された古い組織からRNAをキャッチして、細胞単位の遺伝子活動を丸ごと読み解くStereo-seq V2 / Image credit: Cell (2025). Li et al.

 今回の技術が特に注目を集めている理由は、「アインシュタインの脳」にも応用できるかもしれないという期待があるからだ。

 BGIリサーチの研究員リー・ヤン氏は、「もしアインシュタインの脳を分析できるチャンスがあれば、挑戦したい」と語っている。

 とはいえ、実際に使えるかどうかは未知数だ。1950年代当時の保存技術では、現在のようにRNAの構造をきれいに保つことは難しく、サンプルが分析に耐えうる状態かは保証できないという。

 アインシュタインの脳は、病理学者によって解剖され、240個の小さなブロックに分けられたうえで保存されている。

 もしその中に、まだ読み取れるRNAが残っていれば、「天才」の脳の構造や働きに関する新たな知見が得られる可能性もある。

 Stereo-seq V2の応用はがん研究だけでなく、結核の研究にも使われており、患者の細胞と病原体のRNAを同時に解析することで、免疫系と病原体の関係性を詳しく観察することができるようになった。

 この技術を展開している企業STOmics(ストミクス)の技術責任者リアオ・シャ氏は、「すべてのサンプルが使えるわけではなく、状態の悪いものは除外している」と述べており、あくまで事前のスクリーニングが重要であることを強調している。

 世界中の病院には、FFPE処理されたサンプルが数千万件以上保管されているとされる。その多くはこれまで保存状態の問題から研究に使われることがなかったが、Stereo-seq V2によって再び価値ある研究素材となり得る可能性がある。

 特に希少疾患の研究では、患者数が少ないため十分な検体を集めるのに何年もかかる。長期間保存されたサンプルが使えるようになれば、研究が大きく前進するだろう。

この画像を大きなサイズで見るアインシュタインの脳 public domain

 研究チームは、将来的には病院内にサンプル処理専用のラボを設置し、サンプルを外部に送らず安全に解析できる体制を整えることも視野に入れている。

 これにより輸送中のトラブルを避け、より多くの資料を安全に活用できるようになる。

 アインシュタインの脳が実際に解読されるかどうかは、まだわからない。

 しかし、今回の技術革新によって、長年「眠っていた」過去の資料が再び蘇り、新たな診断技術や個別化医療への応用、病理研究に活かされることが期待されている。

References: CELL / Interestingengineering / SCMP

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