けんかに強くなる脳回路――「ビビり脳」と「強気脳」の秘密が明らかに
動物の世界では、群れの中に必ずといっていいほど順位があります。
例えば、サルやライオンの群れにはボスとなるリーダー(優位個体)と、それに従う下位の個体が存在します。
このような「序列(社会的順位)」は、動物同士の無駄なケンカを減らし、群れの中の秩序を保つために役立つと考えられています。
人間社会でも同じように、集団の中にリーダーやそれに従う人々が自然に生まれることがあります。
例えば学校のクラスやスポーツチームでも、中心的な人物やその人を支えるメンバーが自然と決まっていくことがよくあります。
しかし、そもそも「なぜある個体がリーダーになり、別の個体がそれに従うようになるのか?」という根本的な仕組みは、まだ詳しく分かっていませんでした。
これまでの研究では、順位を決定する要素として、体格の大きさやホルモンの影響が考えられていました。
特にホルモンについては、テストステロンという攻撃性や闘争心に関連する物質が注目されていました。
例えば、順位の高い動物ほどテストステロンが多く、そのため攻撃的になるのではないかという仮説がありました。
実際に、この研究チームが観察したマウスでも、順位が高いマウスは精子の数が多く、テストステロンなどのホルモンと何らかの関連があることが示唆されました。
ただし、ホルモンや体格だけで順位が完全に決まるわけではありません。
つまり、「脳の中では何が起きているのか?」という点は、依然として謎のままだったのです。
そこでアメリカのハーバード大学(Harvard)を中心とした研究チームは、マウスを使って、この順位を決定する脳の仕組みを詳しく調べることにしました。
この研究では、数匹のオスマウスをグループにして飼育し、一定期間の間、順位を決めるための実験を行いました。
まず、実験を開始する前にマウスをそれぞれ別々に飼育します。
次に、「なわばり争いテスト」という実験で、他のマウスの縄張り(巣箱)に侵入させて対戦させます。
その後、「チューブ試験」と呼ばれる別の実験を行います。
チューブ試験では、細い透明なチューブの両端から2匹のマウスを同時に入れます。
この2匹はチューブの真ん中で正面から押し合いをして、先にチューブから出てしまった方が負けになります。
これらのテストを段階的に行い、最終的にどのマウスが強くて、どのマウスが弱いかを調べました。
実験の結果、非常に興味深いことが分かりました。
これまで多くの人が考えていたように、順位は「強いマウスが積極的に攻撃することで決まる」わけではなかったのです。
実際には、順位が低い方のマウスが「怖がって逃げる」など、防御的な態度を取ることによって勝敗が決まることが多かったのです。
具体的には、中間くらいの強さのマウスは、自分より強い相手に対すると防御的になり、すぐに怖じ気づいてしまいます。
一方で、自分より弱い相手には積極的に攻め込んでいきます。
つまり、「順位が高いマウスが攻撃的すぎるから順位が決まる」のではなく、「順位が低いマウスが怖がって防御的になることで順位が決まる」ことが明らかになりました。
このような相手との関係性が繰り返されることで、次第に順位が安定していったのです。
2人の人間でたとえれば、両者の上下は一方が攻撃的だから上になるのではなく、もう一方が最初から逃げ腰になることで決まると言えるでしょう。
これは納得感がある人も多いはずです。
研究チームは次の段階として、「では、なぜ順位が低いマウスは相手によって態度を変えるのだろうか?」という謎に迫るために、マウスの脳の活動をさらに詳しく調べることにしました。