《ローマ教皇と舌戦》トランプ大統領が踏み込んだ“危険な領域”を社会学者・橋爪大三郎氏が読み解く 全米の2割を占め存在感を高める「カトリック」が握るトランプ政権の行方

「世界はひと握りの暴君らによって荒廃させられている」――そう発言したローマ教皇と、トランプ米大統領の舌戦が先鋭化した。SNSに自らを救世主に擬えた画像まで投稿する「暴君」が踏み込んだ危険な領域とは。米国の宗教事情に詳しい社会学者の橋爪大三郎氏が読み解く。

 発端はローマ教皇・レオ14世が、「神は戦争を仕掛ける者の祈りは聞き入れない。あなたがたの手は血にまみれている」と、旧約聖書の一節を引用しつつ述べた、3月29日の発言にある。  確かにトランプは、突然に決断してイランに攻撃を仕掛け、同国の最高指導者ハメネイ師をはじめ主立った政権幹部を皆殺しにするなど、戦争の終わらせ方をよく考えていなかった節がある。  軍事力を背景に好き勝手にふるまい国際秩序を混乱におとしいれる政治指導者に釘をさすのは、カトリック教会を率い世界の平和を願う教皇として当然のことだ。  それに対しトランプは、「(教皇の)核兵器への弱腰な姿勢は到底受け入れがたい」とやり返した。「大統領を批判する教皇は望まない」などと言いたい放題である。  バチカンの地元イタリアのメローニ首相は教皇の発言を擁護した。良好とされてきたトランプとメローニとの信頼関係にもひびが入っている。

 トランプが激昂するのは、教皇レオ14世(ロバート・プレボスト)が米国人だからだろう。  昨春の教皇選挙でアメリカ国籍のレオ14世が選出された。トランプは今年4月12日に、「私がいなければレオはバチカンにいなかった」とSNSに投稿した。"だから大統領の言うことを聞け"と言わんばかりだ。言うことを聞かない教皇に、コチンと頭に来たわけだ。  10年前にも似たようなことがあった。「国境に壁をつくる」と主張したトランプを、教皇フランシスコが、橋を架けなさいとたしなめたのだ。教皇はアルゼンチンの出身だったためか、それ以上大ごとにならなかった。  トランプがどこまで理解しているかわからないが、カトリックは、トランプ支持層の中核だとされるプロテスタントの「福音派」と、実は微妙な関係にある。  アメリカのプロテスタントは、アメリカ建国の礎をつくったピルグリム・ファーザーズが源流である。イングランドから移民してきたカルヴァン派のピューリタンだ。  プロテスタントは、カトリック教会を飛び出し、聖書と信仰の原点に立ち返ろうとした人々だ。その後メソディストやバプティストなど、アメリカ的なプロテスタント教会が拡大した。現在は、「イエス・キリストの再臨が近い」とする終末論のアドヴェンティストや、聖霊体験を重視するペンテコステ派など、アメリカ独自のプロテスタント教会がいくつも増えた。  いっぽうカトリックも、なんとなくアメリカ風である。アメリカの移民は出身地ごとにまとまって住む傾向があるが、カトリック教会も、アイルランドのカトリック、ドイツのカトリック、……と出身地の色分けがある。カトリックは民族や国境を超える普遍主義のはずで、バチカンの指揮監督に従うのだが、最近増えたヒスパニック系の移民は、自分たちのカトリック教会に集まる傾向がある。  カトリックは長い間、プロテスタントから敵視されてきた。建国の時点で、カトリック人口は無視できる程度だった。その後、カトリック系の移民が増えたが、アメリカ社会では傍流の扱い。大統領もケネディとバイデンの2人だけである。最近、メキシコなど中南米からの移民が増え、カトリック人口も増えた。ピュー・リサーチ・センターのデータでは、カトリックはアメリカの人口の約20%にまで膨らんでいて、単独の教会としては全米トップである。  アメリカでカトリックの存在感が高まっている。アメリカの宗教地図を塗り替え、世界のカトリック教会の国別バランスをも変動させつつある。


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 その影響の第1は、昨年春に初めてアメリカ国籍の教皇が誕生したことだろう。信徒数が増えたので、アメリカのカトリック教会は、世界的にも発言力を高めてきた。投票権を持つ枢機卿らの間にも「そろそろアメリカから教皇を」という機運がうまれたのだ。  第2に、2024年11月の大統領選への影響がある。この時、トランプはカトリックの59%の票を獲得。50%だった2016年から10ポイント近く増やした。  カトリックにも、リベラルな人びとと保守的な人びとがいる。カトリックの保守派はプロテスタント福音派と同様、人工中絶や同性婚・LGBTQ容認に反対する伝統的な価値観でまとまっている。彼らが歩調をあわせてトランプを支持したことが、トランプの返り咲きの決め手になった。  とすればトランプがローマ教皇とやり合って、非難を応酬することは得策でない。カトリックの信徒はこれまでのように、トランプを支持することに二の足を踏むだろう。トランプは所詮、世俗のリーダーである。教皇が人びとの信仰のうえにもつ権威に、及ぶべくもないのである。  トランプは福音派の顰蹙も買っている。トランプをイエス・キリストのように見立てた生成AI画像はひどかった。  その昔ヒトラーは一部で、イエス・キリストの再来ともてはやされた。ファシズムと血を流して戦ったアメリカで「一線を越えている」と警戒感が拡がるのは当然だ。慌てたトランプは投稿をすぐに削除したが、遅かった。支持率は発足以来最低の30%台半ばと低空飛行で、ここから持ち直すのはむずかしそうだ。  そもそも支持者離れの最大の理由はイラン戦争だ。トランプ関税で物価高が進み、海峡封鎖のガソリン高騰が追い打ちをかけた。約束破りの戦争のせいで生活が苦しい、と有権者は怒っている。  トランプ流の思いつきで政策を決め、すぐ気が変わる。手綱をさばくやり手が政権内にいない。自分で始めた政策や戦争の後始末でお尻に火がついている。トランプはいま相当に焦っている。これ以上奇妙な決定をしないよう祈るばかりだ。 ●聞き手・構成/広野真嗣 【プロフィール】橋爪大三郎(はしづめ・だいさぶろう)/1948年、神奈川県生まれ。社会学者。大学院大学至善館特命教授。著書に『おどろきの中国』(共著、講談社現代新書)、『中国vsアメリカ』(河出新書)、『あぶない中国共産党』(共著、小学館新書)、『日本人のための地政学原論』(ビジネス社)など。 ※週刊ポスト2026年5月8・15日号

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