【大河ドラマ べらぼう】第19回「鱗の置き土産」回想 春町の未来予想図「無益委記」、チーム蔦重がフル回転! 鱗形屋の「塩売文太物語」、蔦重の本作りの出発点に あれは「真田丸」?

本作りへの愛に満ちたストーリー

大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃~」、第19回「鱗の置き土産」は時代を代表する戯作者、恋川春町(岡山天音さん)の創作を中心にストーリーが動きました。人間関係の微妙な綾と、“文芸大河”ならではという丁々発止のクリエイティブの現場に胸躍りました。蔦屋重三郎(蔦重、横浜流星さん)と仲間たちが、無から一冊の本を生み出す営みの魅力や、社会に本を送り出す人たちの情熱は、いつの時代も変わりはないことを伝えてくれました。

これまで春町の創作の主要なパートナーだった鱗形屋(片岡愛之助さん)が、海賊版摘発などで受けた打撃から抜け出すことができず、店を畳むことに。

義理堅い春町は、鱗形屋を支援していた業界大手の版元、鶴屋(風間俊介さん)の元に“移籍”することになりましたが、クリエイションの方向性が合いません。売れることを優先し、春町の大ベストセラー「金々先生栄華夢」の続編を望む敏腕エディターと、「手垢がついていない新しいもの」に拘るクリエイター。それぞれ自分の仕事ぶりに誇りと自信があるだけに、簡単に妥協はできないのです。このままでは春町のせっかくの才能が朽ち果ててしまう、と危惧したのが、その「金々先生」を春町と共に世に問うた鱗形屋でした。

「チーム蔦重」ブレインストーミングが打開

春町からは当初、恩人の鱗形屋から仕事を奪った「盗っ人」として相手にもされていなかった蔦重。しかし、鱗形屋はこれまでのいきさつを捨てて、蔦重に春町を鶴屋からさらってほしい、と持ち掛けます。純粋に「いいもの」を読者に届けたい、という鱗形屋の編集者魂を感じずにはいられませんでした。

かつては共に本作りに取り組んでいた鱗形屋と蔦重。「金々先生」はその象徴の作品

そもそも「金々先生」は鱗形屋と蔦重が協働してモチーフを集め、春町に執筆してもらった作品です。蔦重の能力の高さを知り尽くしている鱗形屋だからこその提案でした。恩讐を超えた鱗形屋の本作りへの思いを知り、やる気に火が付いた蔦重です。一方、不信感を持たれている春町を自陣営に引っ張り込むためには、春町に「書いてみたい」と思わせるとびきりの案思あんじ(作品の構想)が必要なことは言うまでもありません。

ここからが「べらぼう」の蔦重ならではのキャラクターが全開でした。多くの人を巻き込み、参加させ、共に面白がる「人たらし」の才能こそ蔦重の持ち味です。喜三二、北尾政演(山東京伝)、歌麿らプロのクリエイターはもちろん、りつ(安達祐実さん)や、きく(かたせ梨乃)ら素人衆ながら、世間の裏表を知り尽くした女傑も巻き込んで、連日連夜のブレインストーミング。これが今回のクライマックスになりました。

江戸時代、個人の著作権の概念はまだありませんでしたが、版元の権利は強く、出版業界では盗作や類似作のチェックは行われていました。加えて「新しいもの」にこだわる春町に書いてもらうのですから、ネタの被りは許されません。先行作品の確認作業は入念でした。この辺りもリアルでした。

春町を最もよく知る鱗形屋たちもアイデアを一生懸命考えました。

いよいよ煮詰まったところで、歌麿が絵師ならではの「いっそ絵から考えるのは?」というアイデア。そもそも春町は文も絵も達者。文章ばかりに拘っていたのが盲点になっていました。これがブレークスルーになりました。「百年先の髷を見てみたいと思いませんか?」と蔦重。これならいける、と全員の意見が合いました。

「描いてみたくありませんか。誰も見たことのない百年先の江戸なんてものを」。この提案は春町の創作欲を大いにかき立てるものでした。

奔流のようにイメージが春町の脳裏にあふれました。作品は出来上がったも同然でしょう。色とりどりの紙が舞い降りてきた、昨年の「光る君へ」の源氏物語誕生のシーンも思い出した方もいらっしゃるかもしれません。創作の映像化、これぞ文芸大河の醍醐味です。

未来を描いて現代を戯画化した「無益委記」

ドラマのエピソードのモチーフになったのは、春町作の黄表紙「無益委記(むだいき)」です。題名は聖徳太子が未来を予言して著したという「未来記」をもじったものです。

[恋川春町] [画作]『楠無益委記 : 3巻』,[天明4(1784)]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9892493これといった筋はなく、未来の社会がどんな姿になっているのか、ということを発想豊かに描いています。江戸の人々の楽しみの初ガツオはこの時代、3月末に出回るのが普通でしたが、未来は12月に登場し、値段はなんと880両の超高値に。売り子の天びん棒は荷物を載せているのに下向きではなく、なぜか上に反り返ります。吉原の遊び人の間では、やたらに長い羽織がはやり、髷の先端は釣り竿のごとし。

[恋川春町] [画作]『楠無益委記 : 3巻』,[天明4(1784)]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/98924936月(当時は真夏)に大寒になり、汗がつららに。冷やした煮麺(にゅうめん)を汁につけて食べます。野菜が霜で腐りました。暑いのか寒いのかどっちなのか…。

[恋川春町] [画作]『楠無益委記 : 3巻』,[天明4(1784)]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9892493僧侶が堂々と女郎を買うようになりました。酒も飲み、殺生もします。吉原の大門の入り口には名物の柳ではなく松が植えられました。

[恋川春町] [画作]『楠無益委記 : 3巻』,[天明4(1784)]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9892493女郎が客を選別するようになりました。吉原の祭の「俄」のかわりに茸狩り。

[恋川春町] [画作]『楠無益委記 : 3巻』,[天明4(1784)]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9892493猫も杓子も芸者になります。男娼の切見世(最下級の売春施設)ができました。

[恋川春町] [画作]『楠無益委記 : 3巻』,[天明4(1784)]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9892493地震は空を揺すり、雷は地の底でゴロゴロ。七夕で織姫に会いに行きたい牽牛は、地震のせいで空がゆれて思うように進めません。

蔦重と春町、仕事本位で関係深める

一見、未来予想がテーマのようで、実は現実の社会の構図を逆転させたり、誇張したりして、同時代の文化や風俗を茶化す内容といえます。未来を描くことを通じて現実を批評的にとらえるというこの形式、後世の作品にも踏襲されていきます。おかしみ溢れる絵の独特の味わいもまさに春町のスタイル。チーム蔦重との協働で、春町が望んだ「新しさ」を実現した物語でした。仕事本位で繋がった蔦重と春町、このあと関係を深めていきます。

鱗形屋にもつながった「塩売文太物語」の絆

春町の再生を通じて、この2人の関係もようやく元に戻ることができました。「互いにやりたいようにやった。ただそれだけのことだ」。過去の軋轢を水に流し、本作りを愛する者同士の穏やかな会話でした。

店を畳むにあたり、明和の大火で1枚だけ焼け残ったという板木を取り出し、「蔦重に持っていてほしい」と鱗形屋。本作りの魂を象徴する品として、蔦重に引き継いでほしかったのでしょう。

なんと、それは蔦重にとって忘れられない一冊の本を生み出した板木でした。

ドラマで何度も登場した「塩売文太物語」のもの。

下のページを印刷した版木でした。印象的な場面なのです。

『塩売文太物語 2巻』,鱗形屋,寛延2刊. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2533276

塩売の娘、しおは、つがいの雌と離れ離れになって寂しがる鴛鴦に同情。密かに逃がしてあげます。あとでしおの両親がピンチになった際、この鴛鴦夫婦が人間に変身し、両親を助けてくれる、という動物の恩返しのエピソードです。

蔦重が幼少期、最初に買った本がこの「塩売文太物語」でした。詫びのしるしに瀬川にあげて、彼女もずっと大切に読んできました。瀬川にとっても宝物でした。

蔦重と瀬川にとって、2人の絆を象徴する一冊でした。いったん、2人が足抜けを覚悟したときに、瀬川の通行手形の偽名が「しお」でした。

板木を前に、蔦重と瀬川に本の世界の豊かさを最初に伝えてくれた朝顔姐さん(愛希れいかさん)の顔も思い浮かべたことでしょう。

「こんなお宝ねえです」。蔦重が泣きました。

鱗形屋も泣きました。「ウチの本を読んだガキが本屋になるって。びっくりがしゃっくりすりゃぁ」

一時は真っ向から対立する関係にもなった蔦重と鱗形屋。このドラマで最も純粋に本の世界を愛し、本を作ることに夢中になれた2人でした。鱗形屋なくして、今の蔦重はなかったでしょう。その2人がこれほど深い因果で結ばれていたとは……。本の世界の魅力を伝えたエピソードは、最後に視聴者も涙の場面となりました。ドラマからの退場が惜しい鱗形屋でした。瀬川にもこの「塩売文太物語」をめぐる秘話、教えてあげたかったです。

すべては治済に都合のよい方向へ

将軍・家治(眞島秀和さん)の世継ぎだった息子の家基を失い、将軍の心も離れた知保の方(高梨臨さん)は毒をあおり、自害を図ろうとします。

家基に嫁入りする予定だった田安家の姫、種姫(小田愛結さん)の将来も見えてきません。田安家としても次の筋道をはっきりさせてもらいたいでしょう。

それもこれも世継ぎの問題が不安定だから、と考えた家治は「もう自分の子は諦めた」と意次に打ち明けます。御三卿や御三家の男子が次の将軍になる方向性がはっきりしました。

一連の騒動によって、嫡男の豊千代をはじめ、子どもに恵まれている一橋治済(生田斗真さん)に都合よく進んでいくことになりそうです。

知保の方のそばにいて、「薬に詳しいもの」として狂言自殺に一役買った大崎(映美くららさん)は、その豊千代の乳母でした。薬に詳しい……とは。

恐ろしい陰謀が水面下で繰り広げられる江戸城。意次を取り巻く状況もますます難しくなりそうです。

大田南畝が絶賛!「見徳一炊夢」

朋誠堂喜三二(尾美としのりさん)が前回、すったもんだの末に生み出した「見徳一炊夢」。一躍、江戸にその名前を広く知られることになります。黄表紙評判記「菊寿草」で絶賛されたからです。蔦重にとっても大きな実績になりました。

大田南畝らが安永10年(天明元年)正月に出版された47種の黄表紙を役者評判記の形で品評した本が「菊草寿」。「見徳一炊夢」は最高評価の「極上上吉」で、巻頭で紹介されました。

前回も紹介したとおり、大田南畝(1749-1813)はこの時代を代表する文化人です。

鳥文斎栄之筆「蜀山人〈大田南畝〉像」 東京国立博物館蔵 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

優秀な幕臣であると同時に、狂歌や漢詩、随筆など幅広い領域で作品を世に送りました。

これを知った鶴屋たちの複雑な反応が見ものでした。大田南畝のような一流の文化人に評価されるにようになったとあっては、いよいよ蔦重との関係性を再考せざるを得なくなるかもしれません。

その大田南畝(桐谷健太さん)が次回からいよいよ登場です。この時代の一大文化トレンド「天明狂歌」が本格的に描かれることでしょう。蔦重との化学反応が楽しみです。

誰袖の強烈キャラクター、いよいよ発揮

吉原の名物忘八、かぼちゃの旦那の大文字屋(伊藤淳史さん)が病であの世へ旅立ちました。

「俄」のダンスバトルは「べらぼう」史に残る名場面でした。江戸でもひとかどの有名人だったことは後世、大田南畝の随筆『仮名世説』にも取り上げられていることで分かります。江戸初期以来の著名人の話題をまとめたものです。

『假名世説』(神戸大学附属図書館所蔵) 出典: 国書データベース,https://doi.org/10.20730/300052910

かぼちゃに似た風体で、自らもかぼちゃを名乗って人を笑わせる愉快なキャラクターだったようです。位牌には「釈仏妙加保信士」(かぼしんじ)とあったといい、死後まで徹底しています。

それにしてもたまげたのは花魁の誰袖(福原遥さん)。

死の床の大文字屋に「身代金500両で、蔦重が誰袖を身請けすることを許す」という証文を書かせていました。果たして大文字屋は自分が書いていることが分かっていたのかどうなのか。

大河ドラマ「真田丸」で、三成らが寄ってたかって秀吉に自分たちに都合のいい遺言状を書かせていた場面の引用とも見えます。ドラマの作り手の遊び心を感じました。「強烈なキャラクター」と福原遥さんが表現していた誰袖。これからどんな活躍が見られるのでしょうか。

(美術展ナビ編集班 岡部匡志) <あわせて読みたい>

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