【コラム】任天堂に軍配、ネット過激派に踊らされず-リーディー

任天堂の家庭用ゲーム機「スイッチ2」発売を控え、英語圏のインターネット上では消費者軽視との批判が飛び交っていた。だが、現実には誰も気にしていなかった。

  任天堂がこの新型機を4万9980円(税込み)で発売すると、インフルエンサーらは「高過ぎる」とSNSで警鐘を鳴らした。1万円近いゲームソフトもある。

  さらに、新たな利用規約についても批判が巻き起こった。任天堂が不正な使用を検知した場合、リモートで本体を無効化できるようになるというのだ。多くのパッケージ版ソフトが、実態としてはダウンロード用コードに過ぎないという点にも不満が噴出した。

  こうした反発が販売に影響を及ぼすと予想した向きは肩透かしを食らった。スイッチ2は任天堂史上最も売れているゲーム機というだけではなく、発売からわずか4日で350万台を売り上げ、最速で売れたゲーム機という記録を打ち立てた。任天堂の株価も上場来高値を更新した。

  経営陣にとって、ネットで消費者の発言権が高まったとはいえ、それが現実を反映しているとは限らないという教訓がまた一つ強調された格好だ。真の消費者の声と、ネット上で過激に発言する一部の意見とを見極めるのは難しい。

  発売前のフィードバックが役に立つこともある。例えば、ソニーグループは「プレイステーション(PS)3」で、試作段階のコントローラーの評判が悪かったため、デザインを変更。任天堂も、初代スイッチのコントローラー不具合への対応はもっと速やかであるべきだった。

再生数稼ぎ

  実際の消費行動とオンライン上の意見とは、しばしば乖離(かいり)している。2010年代、スマートフォンが大型化する中で、ネット上では片手で操作できる小型端末を求める声が多く上がった。これはアップル創業者の故スティーブ・ジョブズ氏も支持していた考えだった。

  だが、アップルが20年にスマートフォン「iPhone Mini」を投入しても、大勢のユーザーは見向きせず、同機種は23年に販売終了となった。かつて「Think Different」という従来の発想にとらわれない重要さを訴えるスローガンを掲げたアップルは、iPhoneのイヤホン端子廃止で批判を受けてきたが、それでも押し切ってきた。

  ただし、人々が発する「ノイズ」の中は時に本質が含まれることもある。「iPhone 4」で起きた「アンテナゲート」と呼ばれるアンテナの設計に絡み起きた電波受信の不調では、対応の遅れが結果的にアップルの屈辱的な謝罪につながった。

  オンラインコミュニティーは、平均的な消費者の感覚からかけ離れていることが多々ある。SNS上ではスイッチ2のソフトを起動する「キーカード」に対する不満の声が見受けられるが、これらは実質的にダウンロードコードで、物理的なゲームソフトを好む層からは反発が出ている。

  ソフトメーカーにとっては、メモリーカードの製造費が抑えられる利点がある一方、将来的にはダウンロードを提供し続ける責任が任天堂にのしかかる。とはいえ、これはニッチな問題だ。

  ネットフリックスやスポティファイに親しんで育った多くのスイッチ2購入者にとって、ゲームパッケージの実物所有にこだわりはないだろう。

  本物のファンが発する指摘と、再生数稼ぎの扇動的投稿とを見分けることも一段と難しくなっている。収益分配型のネット環境では、関心を集めるために論争を巻き起こそうとする不誠実な発信者が現れやすい。

  例えば、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーの「ホグワーツ・レガシー」を巡っては「ハリー・ポッター」シリーズの原作者J・K・ローリング氏のトランスジェンダーに関する見解に対し、ボイコット運動や批判が噴出したが、最終的には屈指のヒット作となった。

  同様に、レズビアンの主人公とトランスジェンダーのキャラクターが登場するソニーの「The Last of Us Part II」や黒人の侍が主人公となっているユービーアイソフトの「アサシン クリード シャドウズ」のように、保守派の活動家が攻撃を仕掛けたゲームも、販売への影響はほとんどなかった。

騒がしいバー

  誰の声を無視すべきかという問題は、テクノロジー業界に限った話ではない。

  政治の世界では、ドナルド・トランプ氏が大統領に選出されたのは、極端な意見を強く発信するネット上の少数派に政治家が引きずられていたためではないかという見方に左派の一部が注目している。政治家らは大多数にとって重要ではない一部の関心事に注目し過ぎたのではないかという仮説だ。

  もちろん、ネット上の問題が重大な現実になることもある。SNSのタンブラーがアダルトコンテンツを排除した決定は、ユーザー離れの引き金になった。

  13年に11億ドル(現在の為替レートで約1600億円)で買収されたタンブラーが、その後はるかに安く売却される結果となった。セクハラ被害者を支援する「#MeToo」運動はSNSに広がった証言から世界的なムーブメントへと発展した。またスイッチ自体が成功した背景には、前機種「Wii U」への不満に任天堂が応えたこともある。

  ただし、消費者自身が何を望んでいるのか、はっきり分かっていないことも少なくない。米国の自動車王ヘンリー・フォードは、もし人々に何が欲しいか尋ねていたら、もっと速い馬が欲しいと言っただろうと語ったとされる。その真偽はともかくとして、人々の発言と実際の選択が一致しないことは多い。

  SNSは「グローバルタウンスクエア(世界の広場)」として壮大な議論が交わされる場と称されるが、実際には喧騒(けんそう)に満ちたバーのようなもので、最も大きな声が最も聞くべき声とは限らない。

(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:Nintendo’s Secret? Ignore the Extremely Online: Gearoid Reidy (抜粋)

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