「2030年」ヨーロッパの中心で戦争? フランス軍参謀本部が語る“ロシアの脅威”とハイブリッド攻撃
フランス軍も参加するエストニアでのNATO軍事演習(提供 NATO)
「2030年までにヨーロッパの中心で戦争が起きる」フランス政府は2025年7月、国民に警告した。ウクライナ停戦が実現しても、数年後にロシアは軍事力を回復して再びヨーロッパを脅かす――現在、これがヨーロッパの軍トップの多くに共通する見解だ。危機感の背景にあるものとは? フランス軍の“頭脳”ともいえる統合参謀本部の担当官に話を聞いた。
■ヨーロッパに迫る戦争? 「子どもを失う覚悟なければ危険に」
25年7月、フランス軍トップの統合参謀総長マンドン将軍は、就任早々「3、4年後に起きるロシアとの衝突に備えるべき」と発言した。さらに全国の市長らが集まる会合で「子どもを失う覚悟がなければ、我々は危機に瀕(ひん)するだろう」との強烈な表現で危機感をあおっている。
ヨーロッパは現在、今後数年での防衛強化を急ピッチで進めている。特にロシアに近い東部の国々では“次の標的は自分たち”という強い懸念がある。アメリカが自国第一主義の姿勢を強める中、ヨーロッパは“アメリカ頼み”だった防衛を再考する必要に迫られている。
■「2030年危機説」…その根拠とは
フランス統合参謀本部 ギヨーム・ベルネ大佐私たちはフランス統合参謀本部の顔ともいえる報道担当官、ギヨーム・ベルネ大佐を訪ねた。大佐はアフガニスタンで多数の戦闘任務にも参加した精鋭パイロットでもある。大佐によれば「2030年は複数のリスク要因が収れんする年」なのだという。
その背景には、ロシアの軍拡継続がある。ウクライナ侵攻後、ロシアは軍需産業を戦時体制に移行しており、大佐は、その生産のペースがウクライナ侵攻での消耗分を上回っているとみている。
2025年7月に公開されたフランスの国家戦略レビューによれば、ロシアの軍事費が国家予算に占める割合は4割近くで、2030年までに戦車3000両、戦闘機300機、兵士30万人を追加することを目標にしている。
ロシアは数年おきに軍事行動を起こしていて、この行動パターンも不気味である。2008年のジョージアへの侵攻、2014年のウクライナ・クリミア半島への侵攻、2022年のウクライナ全面侵攻…ここでロシアが止まると考える方が楽観的過ぎるというわけだ。
大佐は「選挙のタイミング」にも注意を促す。2030年にはロシアで大統領選挙がある。プーチン大統領が“個人的事情”から、再び戦争を利用するリスクがある…という見立てだ。
■ヨーロッパで「兵役復活」の動き
ヨーロッパ各国は、こうした「ロシア脅威論」を背景に「兵役」を復活・強化している。バルト3国のラトビアでは2024年に18年ぶりに徴兵制が復活、デンマークではすでに義務だった兵役を女性にも拡大する。
徴兵制を廃止していたフランスでも、志願制兵役を2026年から導入予定である。18〜25歳の男女の志願者が1か月の訓練を受け、9か月現役の任務に就く。2030年までに予備役を10万人確保するのが目標だ。
マクロン大統領は、兵士の層を厚くするだけでなく“国防意識”を増進することを目標として掲げている。長い間、平和を享受してきた国民に危機意識を持たせること自体が狙いとみられる。
■NATOの「集団防衛」…発動のシナリオは
しかしベルネ大佐は「戦車がフランス国内に押し寄せてくるような脅威ではない」とも付け加える。NATO=北大西洋条約機構の加盟国には、同盟国が攻撃を受けるとその攻撃を受けた国を支援する「集団防衛」の義務がある。予想されるシナリオは、バルト3国など東部同盟国が侵略を受け、その支援が求められるケースだ。
過去の「集団防衛」の発動は、2001年のアメリカ同時多発テロ時の一度のみだ。この時のヨーロッパからアメリカへの支援は、後方支援や監視にとどまった。
ただ、バルト3国への外国軍の侵攻となれば、状況は一変する。3国の即応可能な現有兵力は、合計でもわずか3〜4万人ほどで、仮にロシアによる侵略を受ければ、同盟国による後方支援を上回る「軍事的参加」が必要とされる可能性は高い。NATOにとっても未曽有の事態である。
■ヨーロッパの団結を揺るがす“ハイブリッド攻撃”
壁で発見された「赤い手形」の絵(提供 Sylvain Cricq-Sarrailh/SIPA)他方で、ロシアがフランスへ仕掛ける攻撃は、こうした有事の際に実効的な支援を「させない」あるいは「鈍らせる」ための“ハイブリッド攻撃”と考えられる。軍事力だけでなく、サイバー攻撃、偽情報の拡散、政治工作を通じた内政干渉など、あらゆる手段によって相手の弱体化を狙うものになる。
すでにフランスは、格好の標的となっている。パリでは2024年、ユダヤ人迫害の資料を所蔵する記念館の壁に、血を思わせる「赤い手形」の絵が大量に発見された。2025年にはモスクの前に、イスラム教で不浄な動物とされている豚の頭部が置かれる事件も発生。いずれの事案でも東欧出身の実行犯が数多く逮捕され、フランス当局はロシアの関与を疑っている。
2023年以降に起きた同種の事件は、パリだけで9件にのぼる。その目的は「反ユダヤ主義」「反イスラム」など、社会に存在する分断を拡大することだ。
大佐は「敵は国民の一体性を攻撃の的にする」と分析する。分裂した国は弱体化し、同盟国への支援も当然、鈍る。マクロン大統領が任期満了を迎える2027年の大統領選挙に向け、ロシアの工作がますます激化することは避けられないだろう。
フランス統合参謀本部は「自衛の強化こそが戦争の回避につながる」と繰り返し訴えている。ヨーロッパが今後3、4年のうちに、どこまで準備を進められるかが鍵となる。