米国債市場の「パンチ」が現実突き付ける-トランプ氏の赤字削減プラン

トランプ米大統領の財政赤字削減プランはいろいろな意味で不十分だ。米国債市場からの「パンチ」によって現実を突き付けられる恐れがある。

  トランプ氏のプランはこうだ。支出面では、政府職員の大幅削減と、政治的に優先度が低いと見なすメディケイド(低所得者向け医療保険制度)や再生可能エネルギー補助金などの事業を縮小する。

  歳入面では、減税を延長しその穴を関税収入で埋める。最適な税率により最大の税収が得られるといういわゆるラッファー曲線の論理に従えば、減税は経済を刺激し、税率を下げても税収が増えるというわけだ。

  トランプ氏の計画を全員が支持するわけではないが、官僚機構の肥大化に取り組み、税から関税への転換という一挙両得の策を試みている点で、トランプ氏の発想とエネルギーには一定の評価がある。同氏はそれによって、製造業を再活性化させつつ財政赤字を抑えようとしている。

  だが、「MAGA(米国を再び偉大に)」はやがて、現実にぶつかる。2024年の財政赤字は国内総生産(GDP)の6.4%と、過去50年間の平均3.8%を大きく上回る水準だ。

  仮にイーロン・マスク氏の政府効率化省(DOGE)が支出削減を達成し、関税収入が順調に入っても、ブルームバーグ・エコノミクス(BE)の予測では、赤字は今年もGDP比6%程度にとどまる見通しだ。

  つまり、トランプ氏は赤字の針を少しは動かしているが、その程度では不十分ということだ。

  現在の路線では米国は債務危機へと突き進むことになる。その理由は次の4つだ。

  まず1点目。下院を通過し現在上院で審議中の大型減税・歳出法案は、歳出削減よりも減税の比重が大きい。現在の案に近い形で成立した場合、この法案だけで今後10年間に約2兆4000億ドル(約348兆円)の債務増大につながる見通しだ。

  2点目。DOGEの支出削減実績は控えめだ。DOGE自身の主張に沿って見積もっても、節減額は1800億ドルにとどまり、目標の2兆ドルには遠く及ばない。

  3点目。現在の関税水準を維持すれば、10年間で2兆5000億ドルの収入が得られると見込まれている。大型法案によって生じる財政の穴は埋められるかもしれないが、財政赤字の解消にはほとんど寄与しない。

  トランプ氏は関税率を平均13%まで引き上げており、米国の24年の輸入額は約3兆3000億ドルだった。単純計算では10年間で4兆ドル以上の関税収入が得られるはずだ。

  しかし、ラッファー曲線の論理は関税にも当てはまる。輸入品の価格が上がれば、消費者は「中国製」から「米国製」への切り替えを進める。つまり、関税が上がれば、課税対象となる輸入自体が減り、関税収入も減るというわけだ。

  最後になるが重要な点は、米国債市場がパンチを繰り出し始めていることだ。トランプ支持層の有権者は現実認識を誤っているかもしれないが、米国債を保有する投資家はそうではない。投資家は米国の財政状況を冷静に見ており、現状を楽観視していない。

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  ムーディーズ・レーティングスは5月に、S&Pグローバル・レーティングとフィッチ・レーティングスに続いて米国債の格付けを1段階引き下げた。

  この動きが市場にパニックを引き起こすことはなかったが、30年物米国債の利回りが一時5%を超えるなど、買い手不在の兆候は明らかだった。

  利回り上昇は、需給バランスの厳しさを物語る。歴史的水準の財政赤字を賄うため、財務省はこれまで以上に米国債を発行する必要がある。しかし、中国やサウジアラビアといった海外勢の需要は以前ほど強くない。

  供給が増え需要が減る中では、より高いリターンを投資家に提示する必要がある。つまり、利回り上昇は不可避であり、それ自体が赤字を膨らませる。

  米連邦債務の利払い費は21年にはGDPの1.5%だったが、34年には6%に達する可能性があると、BEは試算している。

  米国の政府債務は24年の対GDP比98%から、34年には126%に達する見込みだ。

  トランプ氏の大型法案は歳出削減よりも減税の比重が大きいが、まず必要なのは増税だ。企業や高所得者への課税を強化すれば、財政の穴埋めに一定の効果が見込める。

  次には歳出削減だ。社会保障や医療制度は聖域とされているが、所得制限を導入すれば、真に必要とする人への給付は維持できる。また、支給開始年齢を段階的に引き上げることもできる。

  さらに、「米国第一」主義の外交方針に沿えば、年1兆ドルに迫る国防費にも見直し余地がある。

  減量に裏技はない。食べる量を減らし運動をするだけだ。財政赤字を減らすには増税をして歳出を減らすのが最善策だ。

  そのような政策に債券市場が注目すれば、借り入れコストが下がるというダイエット効果が発揮され、債務危機というパンチをかわすチャンスが訪れる。

(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)

原題:What Mike Tyson, Bond Market Can Teach Trump on Debt: Orlik(抜粋)

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