VPNがあるのは外から分かるので狙われる。パッチ当てはもう自動化するしかない――日本ハッカー協会・杉浦隆幸代表理事が語る、AI時代のランサムウェア対処策【Security Days Fall 2026】
AIの進化は、来るところまで来てしまったようだ。サイバー攻撃への応用である。24時間365日、AIは休まず働き続け、脆弱性を発見する。そこを突く攻撃ツールの生成にもAIが威力を発揮してしまっている。
サイバーセキュリティ専門のイベント「Security Days Fall 2026」で10月22日、一般社団法人日本ハッカー協会の代表理事である杉浦隆幸氏による講演が行われた。AIの台頭によって急激に変化するセキュリティ事情について、現場のリアルを知る立場から解説した。
杉浦氏は2000年に情報セキュリティ会社を設立。社長として活動していたが、2015年に同社をバイアウト。その後、ハッカーがより活躍できる社会を作りたいとの想いから2018年、日本ハッカー協会を設立した。実務面では、ベンチャーから政府関係までさまざまな団体・機関のセキュリティコンサルティングにあたっているだけでなく、ハッキング大会に参加するなどエンジニアとしての腕も日々磨いているという。
講演は、昨今のセキュリティ事情を次々解説していくスタイルで進められた。まず最初に取り上げられたのがランサムウェアだ。企業のシステムなどに侵入し、内部のデータを暗号化。これを人質に、身代金を要求するというのが典型的な手法だ。だが、実際にはそれだけで終わらず、データは抜き取られて外部にも送信されている。
ランサムウェア攻撃は“儲かる”ビジネスとされ、分業化が進んでいる。「Qilin(キリン)」「The Gentlemen(ジェントル)」などのグループは、攻撃に必要なツールやインフラ類を整備するだけの「RaaS(Ransomware as a Service)ベンダー」にあたり、実際の攻撃は「アフィリエイター」と呼ばれる別人が担う。侵入経路の情報を売る「イニシャルアクセスブローカー」や、さらには資金洗浄役などが介在するケースもある。
「RaaSベンダーは組織立って動いています。私が観測したところでは、80人くらいいるような組織もありました。(アサヒグループホールディングスへの攻撃で知られる)Qilinも10人以上で動いていると思われます。」
RaaSベンダーは、企業と同じような組織構成とみられる。経営者がトップにおり、事業運営担当者、財務担当者、ランサムウェア開発者、ウェブ開発者らで組織を構成する。ちなみに、攻撃先企業との交渉を担当する「ネゴシエーター」職は、24時間365日体制で働かされ、相当に待遇が悪いとのこと。さらにはAIに仕事を奪われつつあるそうだ。
こうしたRaaSベンダーの実態はもはやジョークにさえ聞こえるが、杉浦氏は「ランサムウェア攻撃者の視点があれば、守るべきところは絞られ、効率的に安全を確認できるのではないか」と分析。防御力を上げるための、必要な研究というわけだ。
そうした研究からの観点では、ランサムウェア攻撃で最も狙われやすいのはVPNという。VPNがあるだけで攻撃対象になり、逆になければ攻撃は難しくなる。もしクラウドにファイルを保存していれば、攻撃者はクラウド全体を攻撃しなければならず、これは攻撃のハードルが一気に高まる。その意味では、VPNと、VPNの先にあるファイルサーバーをどう扱うか、守るかが重要だ。
杉浦氏は、ランサムウェアからの防御という文脈においては、VPNにはとにかく注意が必要だと強調する。あるネットワークがVPNを使っているかは、外部から簡単に発見できてしまう。そしてVPNがあるということは、常に攻撃の対象となり得るという。
もしVPN周りでなんらかの脆弱性が発見されれば、途端にその手法が使われる。開発プラットフォーム「GitHub」にアクセスすれば攻撃方法は普通に入手できてしまう。それだけのスピード感で行われる攻撃を“全て”防ぎきらなければならない。これがVPNを利用していくにあたっての厳しい現状だ。
さらに注意すべきは「VMware ESXi」だという。サーバー仮想化基盤として使われているが、これをランサムウェア攻撃のターゲットにされると、被害発生時のダメージが大きくなってしまう。2024年のKADOKAWA事件でも狙われたとされ、さらに2025年のアサヒグループホールディングスの事象でも、恐らくはVMware ESXiが狙われたのだろうと杉浦氏は話す。
1台のサーバーに数十~数百台分のサーバー機能を割り当てられる仮想化は、大変便利な機能であり、最新の修正パッチを適用し続ければ、運用上の問題はそれほどないはずだ。だが、「当てたくても当てられない」場合があるという。
「簡単に言うと、当てるための余裕がない設計にしてしまっていることが多いんです。1台以上の予備を用意して、パッチを当てるたびに1台ずつ動かしながら移動させなければいけないので、結構作業が大変なんです。切り替えは1秒ぐらいで終わります。しかし移動させるというオペレーションが脆弱性を防ぐために必要なんですが、工数がかかったりシステムが不安定になるかもしれず、なかなかその運用がされていません。」
ファイルサーバーの重要度に対して、一般ユーザーのPCは暗号化されても影響度は低いともされるが、そう断言はできない。PC内のメール管理用フォルダーは重要情報が蓄積されていることが多く、PCの持ち主が社長・経営層クラスだと影響は大きくなってしまう。
「インフォスティーラー」も、近年よく知られる手法だ。PC内部で実行されるタイプのマルウェアで、ブラウザーから情報を引き抜く。対象となるのはURL、ログインID、パスワード、クレジットカード情報、仮想通貨関連の鍵など。メールアドレス以外の文字列をIDとしていても、インフォスティーラーで情報を盗まれれば、対策の効果はほぼなくなってしまう。
会場では、実際にインフォスティーラー経由で漏洩したデータが一部黒塗りされたかたちで提示された。IDやパスワードを思わせる記述がそこかしこにあり、漏洩の恐怖を改めて実感させるものであった。
「ひどい場合だと、1人で1000近くのIDを保管していて、それが全て漏れる。つまり、被害が判明したら1000のサイトでIDとパスワードを変えないといけません。これは本当に大変です。」
杉浦氏の肌感覚では、およそ3000人に1人はインフォスティーラーで情報が漏洩している。つまり3000人いる組織ならば1人は被害を受けているイメージだ。
では、今まさにランサムウェアをはじめとしたサイバー攻撃からシステムを守るにはどうすべきか。杉浦氏によれば「自動アップデート」が鍵だ。AIなどによって攻撃のスピードは上がっている。人間の意思を介さずに、機械的に自動アップデートさせる体制が必要という。
「VPN機器だったら、『アップデートのために今止まっては困る』とかではなく、『VPNは途中で止まるもの』だと認識してアップデートしたほうがいい場合もあります。」
自動アップデートの重要性は、VPN機器だけの話ではない。サーバー上で動作するWordPressのようなCMSはもちろん、一般ユーザー向けのPCやスマホ、NAS機器、バックアップソフトなどでも意識すべきだ。そして、サポートが切れた機器に関しては、すぐ廃棄する。
なお、前述のVMware ESXiについては、自動アップデートができるか判然としないという(講演時の杉浦氏は『できないと思っている』と表現)。転じて、自動アップデート機能のない機器やソフトは、選定の対象から外すという未来も、いずれあるのだろうか。
講演の後半は、大航海時代ならぬ「大情報漏洩時代」とでも呼ぶべき現状について、杉浦氏が数々の事例とともに解説した。
本講演の開催時点で、情報漏洩事案として最も耳目を集めているのは、カーシェアサービスのタイムズカーだろう。600万件以上の情報が漏洩して世間を驚かせたが、その後もさまざまな企業やサービスからの情報漏洩インシデントが続いている。
これほどまでに被害が発生している背景としては、AI、そしてAIエージェントの存在が大きいと杉浦氏は指摘する。
「これまで脆弱性診断士やペネトレーションテスターといった方々がシステムの弱い部分を(人力で)探していたわけですが、その捜索能力を、去年あたりからAIが超えるようになってきた。AIが、ほぼトップレベルの攻撃者の能力になってしまったんです。しかも速いし休まなくていい。普通の攻撃者と比べて恐らく100倍近い能力。」
AIによる攻撃は、“質”という面では、ごく一般的な手法を時間制限なくやるというだけであって、高度な手段かと言えばそれは違うという。ただし“量”は圧倒的だ。機械ゆえの継続能力があるので、人間なら2週間かかる脆弱性探しがAIなら数時間で済んでしまう。
攻撃のスタイルが変わった以上、防御の在り方を変えなければならない。そこで杉浦氏は、脆弱性管理と脆弱性診断、この2つを見直すべきだと解説する。
基本的に、サイバー攻撃者がどこを狙ってくるかは、おおむね把握できているという。さまざまな公開情報から脅威分析を行う「OSINT(Open Source Intelligence)」の手法は、文字通り見えている(公開されている)情報がベースなので、第三者でも分かる。その分かっている部分であれば、本来ならAI相手でも防御しきれるはずだが、現実にはコストや手間の問題から放置されることもしばしばだ。
また、前提として、攻撃者がAIを使わないという選択肢はもうない。AIを使った方が明らかに攻撃力が高くなるからだ。熟練攻撃者が丹精込めて手作りした攻撃コードなどが仮にあったとしても、もうAIには勝てない。少しでも利益を増やすため、攻撃者がRaaSベンダーを乗り換える時代であることを、念頭に置くべきだ。
AI台頭後、脆弱性発見から攻撃開始までのスピードが早くなっている例としては、7月に発生したWordPressの事例が紹介された。このケースでは、公式情報発表後、15分程度で具体的な対応がスタート。自動アップデートは、設定されていれば1時間20分後に実行された。そして3時間20分後には、攻撃コードが公開されるという凄まじさだ。
これはあくまで一例だが、脆弱性情報公開後およそ1日で実際に攻撃が始まるというのが杉浦氏の認識だ。もし1週間も放置してしまうと、確実に被害は増える。このスピード感に対応するためにも自動アップデートは必須だと重ねて強調した。
パッチを当てる場合、これまでは「そのパッチを当てて本当に大丈夫か」どうか、確認・評価するのが一般的だった。しかし、AI時代のスピード感ではもはやそんなことは言っていられない。
「今月出たWindowsの脆弱性は、1400というようなレベルです。これを1個1個評価するのはもう意味がない。パッチが来たらとりあえずすぐ当てる。動かなくなったら戻す、というような運用に変えなければいけない。人間が入って判断するのはもう遅れています。」
ただそれでも、ハイリスクな機器を運用せざるを得ないケースはある。そうした場合は、クラウド業者のサービスを頼るのが、コストパフォーマンス的にもお得という。
「ARTEX」と呼ばれるツールについても紹介された。脆弱性診断のためのペネトレーションツールとして無料で公開されていたが、実際には極めて攻撃性が高く、攻撃者にもよく利用されている。あまりにも悪用されるため、作者によって公開は停止された。しかしオープンソースで開発されていたため、コピーが流布し、さまざまなかたちで改造・進化を続けている。
タイムズカーの事例についても、杉浦氏流の解説が行われた。情報漏洩が発生したとはいえ、カーシェアサービスは提供され続けている。よってウェブサイトを今でも解析できるのだが、ソースコードを見るとかなり古いシステムが残っていることが分かるという。具体的には「2004-2006 Seasar」というクレジットが残っており、これは11年前にサポートが切れている。杉浦氏によるここまでの説明を踏まえれば、論外なシステムというわけだ。
杉浦氏は「2026年3月から、情報セキュリティの常識は変わった」と話す。AIエージェントによる攻撃が現実的なものになってきたためだ。
情報漏洩に至るまでの流れとしては、まず攻撃ターゲットの選定だが、まさにここでAIが威力を発揮する。そして、具体的なウェブサイトの特定、すでに漏洩したID・パスワードの取得、サイト仕様の分析、AIによる脆弱部分候補の作成、そして最後にAIエージェントが情報奪取を試みる。
なにより、AIの進化は速い。2026年4月に公開された「Claude Mythos」は、脆弱性発見能力のあまりの高さに、当初は危険視された。だが2026年後半の今、Claude Mythosを超える攻撃能力のAIは登場してきた。杉浦氏によればClaude Mythosはいわゆる“ガードレール”が厳しい。今ではガードレールの緩いAIが現にあり、攻撃にも使えてしまう。
会場では、とあるゲームサイトを例に、ログインシーケンス、仕様書、データフローなどがAIだけで取得できてしまうことを紹介。これらをAIに読み込ませれば、不正アクセスせずとも、脆弱性を見つけられてしまう。
講演前日の10月21日には、PHPを巡る騒動もあった。この対応のため、ここから1週間ほどは気が休まらない日が続くだろうと述べ、杉浦氏は講演を締めくくった。