<主張>東日本大震災15年 鎮魂の祈りをささげたい 教訓を忘れず次代に生かせ 社説

被災から一夜明けた気仙沼の市街地。あちこちで火災の煙が上がり続けている=平成23年12日午前8時12分、宮城県気仙沼市(本社ヘリから、門井聡撮影)

巨大津波の濁流が街をのみ込み、命と暮らしが一瞬にして失われた。東日本大震災の「あの日」から15年がたった。

1万5901人が亡くなり、今も2519人の行方が分からない。時が過ぎても遺族の悲しみが癒えることはない。静かに鎮魂の祈りをささげたい。

被災地では道路や防潮堤などのインフラがほぼ整備された。だが、生きがいのある暮らしや地域のにぎわいを取り戻すのは容易ではない。人口減少が進む中、被災者が希望を持って生きていける「心の復興」に支援を続けなくてはならない。

津波避難が減災の鍵だ

15年の節目を迎えた今、災害の教訓をいかに伝えていくかが大きな課題となっている。街の復興が進むと被災の現場を目にする機会は減っていく。伝承活動や震災遺構の役割がより重要になるが、関心の低下や担い手の減少が懸念されている。

高齢化が進む中、世代をつないで伝承することが大切だ。震災後に生まれた子供はこれから高校生になる。被災の経験と教訓を大人が若い世代にしっかり伝え、次代の伝承と防災の担い手を育ててほしい。

肝に銘じたいのは、揺れを感じたら各自が一目散に高台へ逃げることだ。三陸地方で明治時代から津波の教えとして語られてきたが、実際に行動できたかどうかで生死が分かれた。

東北地方では昨年も津波警報が発令されたように、津波のリスクは今後も続く。南海トラフや北海道の千島海溝でもマグニチュード(M)9級の巨大地震と津波が想定され、早期の避難意識が命を守る鍵になる。世代や地域を超えて伝承したい。

想定外の巨大地震に見舞われたことを受け、過去の経験則にとらわれず最大規模の地震に備える防災対策が全国で進んだ。だが、南海トラフ地震は想定死者数を減らす計画に遅れが目立つ。国は東海地震の予知を廃止し、現実的な南海トラフ地震臨時情報に転換したが、制度の定着には時間がかかる。

南海トラフや千島海溝の地震は今後30年以内に発生する可能性が高い。東日本大震災の風化が進む中で、次の大震災が迫っている事実は重い。教訓を生かす取り組みを急ぐ必要がある。今年発足する防災庁は減災対策を着実に遂行できるかが問われよう。

東京電力福島第1原発事故が起きた福島県では、現在も7市町村の一部が帰還困難区域となっている。除染土の最終処分は県外で行うとされたが、用地選定の見通しは立っていない。

事故で溶け落ちた燃料デブリの試験的な取り出しが始まったものの、廃炉への道は長く険しい。国は福島の復興に責任を持って取り組む決意を新たにしてもらいたい。

原発の安全性に責任を

事故を受け、原発は安全規制が強化され、再稼働が進んだ。しかし安全軽視を疑わせる事案も起きており、信頼回復は道半ばだ。国が原発を最大限に活用するエネルギー政策を打ち出したことで、電力会社はより重い責任を負うことになった。安全性の向上へ不断の努力を続けなければならない。

カムチャツカ半島沖では昨年、津波を伴うM9級の地震が前回発生のわずか約70年後に再来し、巨大地震は数百年間隔で起きるという地震学の常識を覆した。科学が進歩しても、想定外の地震や災害は起き得ることを認識する必要がある。

津波で家族を失った人や、故郷をやむなく離れた人は、今も心に傷を負ったまま懸命に生きている。約2万6千人が避難生活を余儀なくされており、被災者に思いを寄せ、支える気持ちを持ち続けたい。小さなことでもいい。自分に何ができるか問い直そう。

災害への備えは万全だろうか。これも一人一人が改めて考えるときだ。自分の地域でどんな災害が想定されているのか、食料の備蓄や家具の固定、避難場所の確認は十分か。できることを着実に進めたい。

失われた命や被災者を忘れないことが、自分の命や家族を守ることにつながる。記憶の風化を止めることは難しい。しかし教訓を次の備えに生かすことができれば、意識はつながっていくだろう。今はその分岐点に立っている。

地震は全国どこでも起こり得る。津波が来ない海岸はない。最も危険なのは無関心になることだ。大震災を忘れないことが日本を強くすると信じたい。

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