いなくなった女性たち 産業慰安所、現代に共通する性支配の構造
炭鉱で働いた朝鮮出身者を追悼するために建てられた墓=北海道夕張市で2026年8月3日、宮間俊樹撮影
強制労働者の意欲の維持などを目的に、アジア太平洋戦争下に朝鮮出身者の売買春があったとされる産業慰安所の記憶は葬り去られつつある。
毎日新聞は慰安所が置かれた全国各地の炭鉱・鉱山をルーツに持つ企業に当時の実態を尋ねたが、とりつく島もなかった。
これまで手がかりの少なかった「産業慰安所」。その実相をたどりました。 ・いわば「性解決所」 戦後81年、「産業慰安所」の実態明らかに ・「存在証明がなくなる」 消えゆく産業慰安所、募るやるせなさ ・「稼ぎのいい坑夫には割り引き券が」 産業慰安所、男性らの証言
道庁、朝鮮料理屋新設を容認
炭鉱・鉱山を運営する企業が、なぜ産業慰安所を必要としたのか整理したい。
産業慰安所が多く存在した、北海道。江別市在住の地域史研究者、西田秀子さん(75)によると札幌市内には1938年時点で約50軒の「朝鮮バー」と呼ばれた朝鮮料理屋が分散し、性売買の拠点となった。
バーの経営者は性病まん延防止などのため自治組織を結成し、地元警察署が公認したと地元紙が当時報じている。
西田さんが確認した地元紙の報道などによると、業界団体の北海道石炭鉱業会は39年、朝鮮出身の労働者の「慰問」を目的に、26軒もの朝鮮料理屋の新設を許可するよう道庁に要請した。
朝鮮料理店とはすなわち、…
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