被害女性の訴えは無視されてきたのに…成人向けの巨大サイトを「動画8割削除」へ追い込んだ"意外な企業"
※本稿は、昼間たかし『[デジタル主権]戦争』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
ウィキリークス事件で判明した“クレカの権力”
クレジットカード会社は巨大だ。2024年のビザの世界売上高は359億2600万ドルで前年比10.0%増、マスターカードの2024年度売上高は281億6700万ドルで前年比12.0%増と成長は止まらない。わずかな例外を除いて、世界中どこへ行っても、ビザかマスターカードのロゴがある。
この圧倒的な利益の集中は、クレジットカードを生活のインフラに変えた、ビザUSAの元CEO・パスカレラすら想像もできなかった権力を生み出していた。
むしろその権力の存在を、ビザ自身も知らなかった。気づかされたのは、2010年12月のウィキリークス事件だった。
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ウィキリークスは、各国政府の機密文書を暴露するサイトだ。2010年、アメリカ軍のアフガニスタン戦争・イラク戦争に関する機密文書を計約48万件公開し、世界中が大騒ぎになった。アメリカ政府は激怒した。しかし、ウィキリークスを直接閉鎖することはできなかった。サイト自体はアメリカ国外に分散しており、法的手段も容易ではなかった。
そこで別の手段が用いられた。
2010年12月7日、創設者ジュリアン・アサンジがロンドンで逮捕された。その前後、アメリカ政府はウィキリークスへの兵糧攻めに動いた。ジョー・リーバーマン上院議員がアマゾンなどに圧力をかけ、国務省はペイパルに「違法活動への関与」と通告した。
政府・裁判所の命令なしに「自ら決済を遮断」
ペイパルは12月4日、マスターカードは6日、ビザは7日、相次いでウィキリークスへの決済を遮断した。各社は「規約違反」や「リスク管理」を理由に挙げたが、裁判所命令は一切なかった。
ウィキリークスは一度も犯罪に問われていなかった。裁判所が「違法だ」と判決を下したわけでもない。それなのに、資金調達の手段を完全に断たれた。
銃口を向けられたわけではない。法廷に引き出されたわけでもない。ただ、カードが使えなくなった……それだけで、組織は干上がった。
政府は「閉鎖しろ」と命令していない。ビザもマスターカードも、自らの判断で動いた。
だからこそ、誰も責任を取らなかった。これが、決済インフラを武器にするということの意味だ――この時、初めてそう気づいた者も多かった。
しかし、当時、多くの人はこれを「特殊なケース」だと考えた。ウィキリークスは各国政府から敵視される機密暴露組織だ。「普通の商売」とは違う。自分には関係ない話だと思っていた。
違った。
10年後、同じことが起きた。今度の標的は「ポルノハブ」だった。
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さらにポルノハブは、年齢確認システムの強化、モデレーション体制の拡充、透明性レポートの公開なども約束した。同社は「業界のどのプラットフォームも実施していない厳格な対策」を導入したと主張した。
しかし、これほど劇的な改革を実施したにもかかわらず、クレジットカード会社の態度は変わらなかった。ビザとマスターカードは、ポルノハブへの決済処理を復活させることはなかった。その後現在に至るまで、ポルノハブは仮想通貨(ビットコイン等)でのみ決済を受け付ける状況が続いている。
興味深いことに、運営会社マインドギークの他のサイト、たとえばレッドチューブやユーポルノなどについては、クレジットカード決済が復活している。しかしポルノハブ本体での消費者向け決済だけは、改善策を講じても停止されたままだ。
ポルノハブ事件が世界に示したのは、一つの冷厳な事実だった。ビザとマスターカードの二社は、もはや単なる「門番」でも「料金徴収所」でもなかった。裁判所の命令も法的な違法判断もなく、自分たちの判断ひとつでGAFAに匹敵する影響力を持つサイトを、わずか6日間で実質的な機能停止に追い込むことができたのだ。
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国家の主権を超えた強大な存在に
彼らはインターネットの「支配者」へと変貌していた。公的な権力によらず、私企業が決めた「規約」という名の独裁的な物差しで、誰を生存させ、誰を社会的に抹殺するかを勝手に選別することができる。これは、国家の主権すらも超え、デジタルの地平を支配する権力の誕生に他ならなかった。
投資家たちはビザを「インターネット経済の料金徴収所」と見做なした。しかし、それは正確ではない。誰も設計しなかった支配が、静かに完成していた。いつしか、ビザはインターネット上の生殺与奪の権を握る存在になっていたのである。
ポルノハブのケースは、確かに正当な理由があった。児童虐待コンテンツの蔓延まんえん、レイプ動画の放置、被害者の訴えの無視――これらは明らかに社会的に許容できない問題だった。だから多くの人々がクレジットカード会社の判断を支持した。
以降、ビザとマスターカードによる決済停止の事例は世界中に広がった。ポルノサイトだけではない。政治的に都合の悪いメディア、宗教的に問題があるとされたコンテンツ、一部の国の政府が圧力をかけたサービス――。裁判所でも議会でもなく、民間の決済会社二社が、インターネット上の何が「許容できる」かを決める仲裁者になっていた。
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ポルノハブは「ユーチューブモデル」を採用したアダルトサイトだ。ユーザーが自由に動画をアップロードでき、基本的に無料で視聴できる。イギリス、カナダ、オーストラリア、ドイツ、フランスといった主要国で、アダルト以外のすべてのウェブサイトを含めたアクセスランキングのトップ10に食い込んでいた。GAFAと肩を並べる巨大サイトが、アダルトコンテンツだけで成立していた。
きっかけは、2020年12月4日に『ニューヨーク・タイムズ』に掲載された記事だった。コラムニストのニコラス・クリストフが書いた「ポルノハブの子供たち」という告発記事で、同サイトに未成年の性的な画像、さらには性的暴行の動画が大量にアップロードされていることを暴いた。
14歳の少女が元交際相手に送った動画をポルノハブに無断投稿され、その動画は40万回視聴された。フロリダ州で行方不明になった15歳の少女が、ポルノハブで58本の性的動画に出演させられているのを母親に発見された。削除要請をしても、同じ動画が別のタイトルで再アップロードされ続けている……。
クリストフは記事の中で、ポルノハブを「フェイスブック並みの影響力を持ちながら、ほとんど規制されていない」と批判、未成年が出演していることを暗喩するキーワードを入力すると、10万本以上の動画がヒットすることを告発した。
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記事公開から10日で決済を完全停止
さらに彼は、金融機関への直接的な呼びかけを行った。
「私を頑迷だと呼んでもかまわないが、検索エンジンや銀行、クレジットカード会社が、児童や意識不明の女性への性的暴行で収益を上げる会社を支援する理由が分からない。ペイパルがポルノハブとの協力を停止できるなら、アメリカン・エキスプレス、マスターカード、ビザにもできるはずだ」
記事は瞬く間に拡散された。SNSで何万回もシェアされ、テレビのニュース番組でも取り上げられた。そして、クレジットカード会社の対応は驚くほど迅速だった。記事が掲載されたのが12月4日の金曜日。週明けの12月7日の月曜日にビザとマスターカードが調査開始を発表した。そして10日後には、マスターカードは「違法コンテンツを確認した」として決済を完全停止、ビザも調査継続中として受け付けを停止した。
危機に直面したポルノハブは、即座に大幅な改革を実施した。12月9日、同社は「プラットフォームの信頼と安全性を向上させる」として、認証されていないユーザーによる動画アップロードを全面禁止すると発表した。また、動画のダウンロード機能も廃止し、既存の未認証動画を大量削除した。12月14日月曜日には、前日の日曜夜に1350万本あった動画が290万本にまで激減していた。そして、最終的には全コンテンツの約80%が消失した。
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普通なら、物語はここで終わるはずだ。巨大な資本が、強大な権力で気に入らない表現を弾圧している。そう考えれば、話は分かりやすい。悪役もはっきりしている。
昼間たかし『[デジタル主権]戦争』(扶桑社)
間違いだ。
ビザとマスターカードも「自分たちの意思」で動いている「検閲者」ではなかった。
彼らもまた、操られていた。見えない縄で首を絞められ、拒否できない命令に従っていた。では、その縄を握っているのは誰か。
国家でも、裁判所でも、議会でもない。
そして、幽霊でもない。国際金融システムという名の、誰も支配しない統治である。
(参考文献) ・ビザおよびマスターカードを「toll booth business(料金所ビジネス)」と評した分析:Scuttlebutt Investor, “The Toll Booth Businesses of Visa and Mastercard,” 2014年9月6日 ・Visa Inc., Annual Report(Form 10-K), fiscal year ended September 30, 2024。純収益359億2600万ドル(前年比+10%)。Mastercard Inc., Form 8-K, Q4 2024 earnings release, ・WikiLeaks, “Banking Blockade,”。2010年12月7日、バンク・オブ・アメリカ・ビザ・マスターカード・ペイパル・ウエスタンユニオンが相次いでウィキリークスへの決済処理を停止。ウィキリークス側はこれを「不当かつ違法な金融封鎖」と主張し、この封鎖により収益の95%を失ったとしている。封鎖は同年11月のケーブルゲート(米外交公電の暴露)開始から10日以内に発動された。アイスランドの決済代行会社ヴァリトル(旧Visa Iceland)を相手取った訴訟でアイスランド最高裁がウィキリークス側の主張を認め、2013年7月、マスターカードが最初に封鎖を解除した ・WikiLeaks公式サイト。アフガン戦争日誌(Afghan War Diary、2010年7月25日公開、9万1000件以上、2004年1月~2009年12月):https://wikileaks.org/afg/。イラク戦争ログ(Iraq War Logs、2010年10月22日公開、39万1832件、2004年1月~2009年12月) ・WikiLeaks, “Banking Blockade,”前掲注(86)。“PayPal says it stopped Wikileaks payments on US letter,” BBC News, 2010年12月8日。“Sen. Joe Lieberman: Amazon Has Pulled Hosting Services For WikiLeaks,” TechCrunch, 2010年12月1日。“Why we removed the WikiLeaks visualizations,” Tableau公式ブログ、2010年12月1日 ・Nicholas Kristof, “The Children of Pornhub,” The New York Times, 2020年12月4日 ・ビザ・マスターカードの調査開始発表(2020年12月7日):Nathaniel Popper and Kate Conger, “Visa and Mastercard Move to Cut Ties With Pornhub,” The New York Times, 2020年12月7日。決済停止確定(マスターカードは2020年12月10日、ビザは調査完了後に追随):“MasterCard to Cut Pornhub Ties; Visa Suspends Use Pending Probe,” Bloomberg, 2020年12月10日。ディスカバーも含めた総括報道:“Mastercard, Visa and Discover cut ties with Pornhub following allegations of child abuse,” CNN Business, 2020年12月14日 ・Otillia Steadman, “Pornhub Purged Almost 80% Of Its Content ― More Than 10 Million Videos ― From Its Site,” BuzzFeed News, 2020年12月14日 ・“Pornhub Now Only Accepts Bitcoin and Crypto for its Premium Membership,” CryptoPotato, 2023年2月24日。ビザ・マスターカードの決済停止を受け、ポルンハブはプレミアム会員向けの支払い手段を暗号通貨のみに限定。ビットコイン・イーサリアム・モネロ・ライトコイン・XRP・トロン・ステーブルコインUSDTなど10種類以上に対応している ・Visa声明(2020年12月24日):Mariella Moon, “Visa will allow select payments from Pornhub owner Mindgeek,” Engadget, 2020年12月24日。ビザは「入念な審査の結果、法令遵守を前提とした専門制作のアダルトスタジオコンテンツを扱うマインドギーク系サイトについては決済受け入れを再開する」と発表、ポルンハブ本体への禁止措置は継続。広告決済継続の実態:“Despite consumer payments bans, credit-card companies still process Pornhub ad buys,” The Logic, 2022年1月。消費者向け決済は禁止されたままだったが、ビザ・マスターカードは広告出稿システム「TrafficJunky」経由の広告決済は継続して処理していた(マインドギーク収益の最大の柱)。ただしこの抜け穴も、2022年の別訴訟(未成年時の映像の流通を巡るビザへの提訴)を機に両社が広告決済も停止し、閉じられた
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