【コラム】崖っぷちの自民党襲うアイデンティティー危機-リーディー
Shinjiro Koizumi, chairperson of election strategy committee of the Liberal Democratic Party (LDP), next to a portrait of Shigeru Ishiba, Japan's prime minister and president of the Liberal Democratic Party (LDP), following the lower house election, at the party's headquarters in Tokyo, Japan, on Sunday, Oct. 27, 2024.
自民党は恐らく、現代の民主主義国家の中で最も支配力が強い政治組織だ。人口1億2000万人を超える日本の政治をここ70年の大半の期間で主導してきた。しかし今、同党はアイデンティティー危機の真っただ中にある。何を掲げ、誰に従うべきかを見失っている。
最も深刻なのは選挙での勝ち方を忘れてしまったかのような状況に陥っていることだ。一連の選挙で惨敗し、自民党は衆参両院で少数与党にとどまり、ここ5年で5人目となる新たな総裁探しを迫られている。
1年前に総裁に選出され、首相に就任した石破茂氏は人気回復に向けた切り札として期待されていたが、昨年10月の衆院選で大敗。今年の東京都議選も参院選も勝てず、同氏も責任の一端を免れない。
前総裁で前首相の岸田文雄氏が相次ぐ不祥事に対応できなかったことが響いているほか、党勢を長く支えてきた安倍晋三元首相が殺害された影響は今もなお重くのしかかる。安倍氏は2022年7月、参院選の応援演説中に銃撃され死亡した。
世界各国の既成政党と同様に、自民党も世代交代の荒波に直面している。SNSが政治家の対応能力を超えるスピードで世論を形づくる時代だ。ただし、危機は自民党の存在そのものを揺るがす段階には至っていない。
同党にとってむしろ幸運なのは、既成野党がさらに苦境にあることだ。立憲民主党も7月の参院選で大きく負けた。そして、自民党支持層の失望が参政党の人気上昇につながった。
自民党内では解党的出直しを求める動きが広がった。22日に告示された総裁選は、10月4日に党員と国会議員による投票で決着する。選ばれた新総裁が次の首相になる公算が大きい。
自民党が掲げるスローガンは「#変われ、自民党!日本の未来を語ろう!」だ。再度の失敗は許されない。国内では物価高やオーバーツーリズムへの不満、国外では米国の関税措置など課題が山積している。
ただ、次期総裁に名乗りを上げた5人の誰かが変革をもたらすことができるかどうかは全く不透明だ。5人はいずれも昨年の総裁選に出馬し、石破氏に敗れた。立憲民主党の野田佳彦代表は今回の総裁選を「敗者復活戦」に過ぎないと切り捨てた。
ビジョン示せ
この1年で政策を磨く機会はあった5人だが、いずれも説得力のあるビジョンを提示できていない。敗因や石破政権の現状を踏まえたはずの候補者らは軒並み中道化し、保守派は穏健化、穏健派は保守色を強めた。具体策は棚上げされ、抽象的なスローガンが並ぶ。
有力視されるのは小泉進次郎農相だ。昨年の総裁選では、企業の雇用・解雇規制の緩和や選択的夫婦別姓といった賛否が分かれる政策を掲げたことが不利に働いた。今回はそれらを封印し、加藤勝信財務相を陣営の選挙対策本部長に据えて保守色の強化を図っている。
最大のライバルと見なされる高市早苗前経済安全保障担当相は逆の戦略だ。岸田氏から「タリバン」と呼ばれ警戒された強硬派の印象を和らげようとしている。
昨年は日本銀行の利上げを「あほ」と批判し、積極財政を訴えたが、今年は責任ある賢明な財政運営を強調。出馬演説では多くの時間を割き、外国人を念頭に、地元の奈良市で観光客が鹿を蹴る動画を見た際に感じた不満を語った。
他の3人、茂木敏充前幹事長、小林鷹之元経済安全保障担当相、林芳正官房長官も具体性を欠いている。勝算は低いとみられるが、昨年の石破氏も本命ではなかった。
候補者らの共通点は政策ではなく目標を示すにとどまっていることだ。小林氏が熊本県や北海道の半導体工場など大型プロジェクトへの政府主導の投資を訴えたのは例外的だ。
党はいまだに「アベノミクス」に代わる経済政策を見いだせていない。賛否は別として、第2次安倍政権初期の経済ビジョンは明快だった。
安倍氏から党総裁・首相を引き継いだ菅義偉氏は新型コロナ対応に追われ、小粒の成果を出すにとどまった。岸田氏の「新しい資本主義」は矛盾の寄せ集めに終わり、石破氏に至っては最後まで経済政策が不明確なままだった。
候補者らには日本を率いる大志を表明する時間がまだ残されている。参院選敗北を経て、外国人の土地所有権や移民関連の問題に取り組む姿勢を打ち出したのは前進だ。5人全員が国民の声を聴くと語る。
ビジョンを示す必要がある。目先の課題にとらわれず、その先にある道と歩み方を示すことが重要だ。そうした青写真を提示できなければ、自民党のリーダーに待っているのは、多くの場合、石破政権のように短命に終わる結末だ。
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:An Identity Crisis Is Haunting Japan’s Main Party: Gearoid Reidy (抜粋)