トポロジカル量子電池の理論的構築
理化学研究所(理研)量子コンピュータ研究センター 量子複雑性解析理研白眉研究チームの尚 程 特別研究員らの国際共同研究チームは、トポロジー特性と量子効果[1]を融合させた革新的なエネルギー貯蔵デバイス「トポロジカル量子電池」[2]を理論的に構築しました。
今回、国際共同研究チームは、長年にわたり量子電池の実用性能を低下させてきた(1)遠距離での高効率エネルギー伝送が難しい、(2)散逸などによって量子電池の性能が低下する、という二つの課題を、トポロジー特性の活用によって克服し、長距離完全充電と散逸免疫[3]を理論的に実現できることを確認しました。
本研究成果は、高性能な微小エネルギー貯蔵デバイスの実現に向けてトポロジー的視点からの新たな洞察を提供し、量子電池の実用性能の低下という壁を打ち破ることで、量子電池の理論から実用化への転換を加速させることに貢献すると期待されます。
本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(5月6日付)に掲載されました。
トポロジカル量子電池の概略図
背景
化石燃料の枯渇と地球規模のエネルギー危機の深刻化に伴い、化学反応によって充放電を行う従来型の化学電池は、徐々に姿を消すと予想されています。一方で、微細加工技術やナノテクノロジーの急速な進展により、集積素子の小型化が加速され、エネルギーを扱う装置のサイズは原子スケールにまで縮小されつつあります。このような微視的な世界では、量子効果が顕著になり、従来の古典的電池とは本質的に異なる概念として、2013年にAlicki氏とFannes氏が初めて「量子電池[4]」という概念を提唱しました注)。量子電池とは、微視的な系に特有の量子特性を活用してエネルギーを蓄積・放出するものであり、充電パワーの向上、容量の増大、高い仕事抽出効率などの点において、古典的な電池をしのぐ性能を発揮する可能性を持っています。
しかし、量子電池の実用化を推進するに当たっては、いくつかの重要な未解決の難題が残されています。中でも最も本質的な障害は、次の2点です。第1に、非トポロジカルな光導波路[5]では、フォトン(光子)が導波路内で散逸することにより、エネルギー蓄積効率やエルゴトロピー(ergotropy)[6]が大きく損なわれます。第2に、環境における散逸、ノイズ、無秩序がデコヒーレンス(decoherence)[7]を引き起こし、量子電池の性能を劣化させる原因となります。
トポロジカル材料の実験的進展に着想を得て、国際共同研究チームは革新的なエネルギー蓄積デバイス「トポロジカル量子電池」を構想しました。トポロジー特性を活用することで、上述の難題を根本的に解決し、ミクロスケールにおいて前例のない高性能を実現することを目指しました。
- 注)R. Alicki and M. Fannes, Entanglement boost for extractable work from ensembles of quantum batteries. Phys. Rev. E 87, 042123 (2013)
研究手法と成果
本研究では、従来使用されてきた光ファイバーやマイクロ波用金属導波路などの非トポロジカル光導波路を、トポロジカル光導波路へと置き換える新たな手法を取り入れました。トポロジー特性の導入により、エネルギー輸送のメカニズムが根本的に変化し、量子電池の実用化を妨げていた性能上の課題が解決されました。
構想したトポロジカル量子電池は、いずれの構成においても、充電器と電池は原子(量子充電および量子電池)とトポロジカル光導波路と結合しており、この結合を通じてエネルギーの充電および放電が実現されます。そこで、量子電池の実効性能の低下という問題をどのように解決したのかを明確に示すために、トポロジカル量子電池を二つの構成に分類しました。構成Ⅰでは、充電器と電池が空間的に分離されて配置されており、両者の間に直接的な相互作用は存在しません(図1左)。それに対して、構成Ⅱでは、両者が同じ位置に配置され、いずれも任意の強度で直接相互作用します(図1右)。
図1 トポロジカル量子電池の二つの構成
構成と主要な結果とは密接に関係している。(a) 構成Ⅰ:充電器(左:赤)と電池(右:青)の間に直接的な相互作用はなく、無散逸なトポロジカル光導波路において長距離の完全な充電が可能であるという特徴を持つ。それに対して、(b) 構成Ⅱ:充電器(赤)と電池(青)が同じ位置において任意の強度で直接的に結合することで散逸に対する免疫性を実現し、散逸のあるトポロジカル光導波路において短距離の完全な充電を可能にする。ここでは、青色のユニットセルがA(緑)とB(灰)の2つの副格子を含む。(b) における散逸免疫性は、A 副格子に対する散逸に対して免疫を持つことを指す。
本研究では、トポロジカル光導波路によるエネルギー輸送のメカニズムを解明し、また、導波路のトポロジー特性が量子電池の実効性能を向上させることを見いだしました。具体的には、二準位系[8]をトポロジカル光導波路に結合させるという革新的な量子電池の設計を示し、解消子 (resolvent)法[9]を用いて、量子電池の熱力学的性能を理論的に解析しました。
その結果から得られた主な成果と、それを支える物理的メカニズムは次の通りです。
- (1)長時間極限においては、束縛状態[10]のみが量子電池に蓄積されるエネルギーに有意に寄与しました。さらに、構成Ⅰにおける無散逸なトポロジカル導波路がトポロジカルに非自明な位相[11]にある場合、ほぼ完全なエネルギー伝送が生じ得ることを観察しました。この現象の物理的な原因は、トポロジカルに自明な位相において、二つのエッジ様状態(edge-like state)[12]の空間エンベロープ(包絡線)が重ならず、束縛状態の縮退が生じることにあります。その結果、充電器における励起は左端に局在し、エネルギー伝送は完全に抑制されます。一方で、トポロジカルに非自明な位相では、二つのエッジ様状態の空間エンベロープが重なり、束縛状態の縮退が破れます。その結果、励起は二つの端の間で周期的に振動し、長距離にわたる完全なエネルギー伝送が実現されます。それに対して、従来の非トポロジカル導波路では、充電器から量子電池へのエネルギー伝送効率は最大でも4分の1にとどまりました。
- (2)トポロジカル光導波路において光子の損失を考慮した場合、構成Ⅰにおけるエネルギー伝送は長時間極限において完全に抑制されます。一方、構成Ⅱでは、副格子片側の散逸(single-sublattice dissipation)[13]が存在する場合においても、その影響を受けることなくエネルギーを完全に伝送することが可能であることが示されました。この散逸免疫性の物理的なメカニズムは、充電器と電池が直接結合しているときに、一つのダーク状態と一つのトポロジカルにロバストなドレッシング状態[14]という二つの束縛状態が同時に存在し得ることに基づいています。二つの束縛状態が共存することによって、量子電池の性能は副格子片側の散逸に対して免疫性を保ち、短距離での完全なエネルギー伝送が可能となります。さらに、トポロジカルにロバストなドレッシング状態が無秩序に対して強いロバスト性を示すことが、量子電池の性能を無秩序の影響から守る上で寄与していると強く推察されます。
- (3)驚くべきことに、通常は量子電池の性能に悪影響を及ぼすと考えられてきた散逸が、逆に一時的に充電パワーを高めるために利用できる可能性があることを発見しました。その物理的な仕組みは、散逸が徐々に強まり、ある臨界点を超えると量子ゼノ効果[15]が顕在化し、一時的に充電効率が向上するというものです。この発見は、「散逸は量子電池の性能にとって常に有害である」という従来の知見を覆し、散逸が有利なリソースとして活用できる可能性を示唆しています。
- (4)最後に、トポロジカル量子電池の各種性能指標について包括的に解析を行い、特に、この量子電池が満たす充電プロトコルを明らかにしました。さらに異なるメカニズムの下での充電時間についても詳細に検討し、量子電池の蓄積エネルギーと充電時間の間で適切なバランスを取ることにより、長距離充電であっても、実用的な時間スケール内でほぼ完全な充電が可能であることを明らかにしました。
今後の期待
本研究では、トポロジカル量子電池の最小理論モデルを提案し、単一励起子空間[16]においてトポロジー特性が量子電池の実用性能をいかに高めるかを明らかにしました。今後は、トポロジカル量子電池のエネルギー蓄積上限をさらに高めることを目的に、多重励起状態における量子的コヒーレント充電現象を数値的手法によって探究していく予定です。併せて、トポロジカル材料や微細加工技術を活用し、本研究の理論的発見を実験的に検証することも、今後の重要な展望として期待されます。
本研究の成果は、量子電池の実用性能を飛躍的に高める基盤となるものであり、今後はナノスケール蓄電、光量子通信、分散型量子コンピューティングなどへの応用展開が期待されます。またトポロジカル効果を活用した蓄電設計は、高性能かつ環境調和型の次世代エネルギーデバイスの実現に向けた新たな道を切り開く可能性を示しています。特に、持続可能なエネルギーインフラの構築や近未来の量子技術と融合した応用展開が期待されます。
補足説明
- 1.トポロジー特性と量子効果トポロジー特性は連続変形に対して不変な物質の性質を、量子効果はミクロなスケールで現れる古典力学では説明できない現象を指す。
- 2.トポロジカル量子電池二準位系(原子)([8]参照)とトポロジカル導波路の結合によって構成される微小な蓄電デバイスは、トポロジー特性を通じてエネルギーを伝送し、量子効果によってエネルギーを蓄積・放出する。
- 3.長距離完全充電と散逸免疫長距離完全充電とは、たとえ長距離の伝送を行ったとしても、充電器のエネルギーがすべて電池に伝達されることを意味する。散逸免疫とは、散逸が存在しても量子電池(システム)の性能が影響を受けない(免疫がある)性質。
- 4.量子電池量子もつれなどの効果を利用してエネルギーの蓄積と放出を行う装置。Alicki氏とFannes氏の研究は、もつれたユニタリー(可逆)操作を用いることで、独立した操作よりも多くの仕事(エネルギー)を引き出すことができることを示している。
- 5.非トポロジカルな光波導路トポロジー構造を持たない従来型の光導波路は、光やマイクロ波を遠距離に伝送するために利用される。その代表例としてファイバーや(中空)金属導波路が挙げられる。
- 6.エルゴトロピー(ergotropy)量子系から周期的ユニタリー操作によって取り出せる最大仕事量(エネルギー)を表す指標。量子系が保持するエネルギーのうち、仕事に変換できる量であり、観測可能な状態を理解する上で重要な概念である。
- 7.デコヒーレンス(decoherence)量子系が環境と相互作用することによって、重ね合わせ状態や量子もつれといった量子の性質が失われ、古典的な確率混合状態へと変化する現象である。
- 8.二準位系エネルギーの低い基底状態と、基底状態よりもエネルギーが高い励起状態の二つの状態のみを持つ系のこと。
- 9.解消子(resolvent)法線形代数や量子力学、関数解析などで用いられる、演算子や行列のスペクトル(固有値)解析手法の一つである。特に空間での伝わり方を表すグリーン関数やスペクトル密度の計算において重要であり、解消子の解析的構造から線型作用素のスペクトル的性質を調べることができる。
- 10.束縛状態粒子や量子系が特定のポテンシャル(位置によって変化するエネルギー関数)の中で閉じ込められ、空間的に局在している状態を指す。エネルギー的には自由状態よりも低く、エネルギー準位が離散的であることが特徴である。例えば、原子内の電子が束縛された状態や、分子内の原子が結合によって束縛されている状態などが該当する。
- 11.トポロジカルに非自明な位相トポロジー的な性質によって分類される量子状態のうち、連続的な変形(対称性を保った変形)によって通常の絶縁体などの「自明な位相」に変えることができない状態を指す。簡単に言えば、変形しても消えない特徴を持つ状態である。例えば、トポロジカル絶縁体は表面に導電性のエッジ状態([12]参照)を持つことが知られており、このエッジ状態は連続的な変形では消えないため、非自明な位相の例である。
- 12.エッジ様状態(edge-like state)原子的な構成要素を、束縛状態の一種であるエッジ(edge)における新たな光子的構成要素として扱うと、トポロジカル導波路に結合された二準位系が形成する空孔様(hole-like)ドレッシング状態(dress state)は、エッジ状態に類似することからエッジ様状態と見なすことができる。今回の研究では、このエッジ様状態の導入により空間的包絡関数が明確になり、その重なりを厳密に数学的に記述することが可能となる。
- 13.副格子片側の散逸(single-sublattice dissipation)トポロジカル導波路の各ユニットセルに存在するAおよびBの二つの副格子のうち、構成Ⅱの量子電池が直接結合している片方の副格子(AまたはB)の散逸のみを免疫できること。
- 14.一つのダーク状態と一つのトポロジカルにロバストなドレッシング状態ダーク状態とは、外部からの刺激に対して干渉効果によって励起されない状態である。このため、ダーク状態は散逸に対して安定であり、コヒーレンスを長く保持できるという特徴を持つ。トポロジカルにロバストなドレッシング状態(またはvacancy-like dressed state)とは、周期的なトポロジカル系と局所量子系の結合によって生じるエッジ様の局在状態であり、トポロジカルな保護により外部摂動や欠陥に対して頑健である。
- 15.量子ゼノ効果短時間内での観測の繰り返しによって、時間発展に伴う量子状態の他状態への遷移が抑制される現象を指す。今回の研究においては、エネルギーを持つ散逸性束縛状態の寿命が散逸に反比例することをもって、量子ゼノ効果として表現されている。
- 16.単一励起子空間一つの励起子が独立に存在している空間を指す。これは、励起子が相互作用や外部の影響をほとんど受けず、孤立した状態であるという状態を意味する。
国際共同研究チーム
理化学研究所 量子コンピュータ研究センター 量子複雑性解析理研白眉研究チーム
特別研究員 尚 程(ショウ・テイ)