実験で判明「70代になると記憶力が落ちる」は勘違い…医師・和田秀樹「ボケないために必要なただ一つの要素」(プレジデントオンライン)

9/19 16:16 配信

年齢を重ねても体や脳の機能を維持するにはどうすればいいか。医師の和田秀樹さんは「脳機能上、75歳くらいまでは記憶力はさほど衰えない。急激に衰えるのは『覚えようとする意欲』だ。俳優の伊東四朗さんは、70歳を過ぎて『百人一首』の暗記にチャレンジしたそうだが、脳科学の立場からいえば、これは廃用現象を防ぐ賢明な方法である」という――。 ※本稿は、和田秀樹『70歳からの老けないボケない記憶術』(ワン・パブリッシング)の一部を再編集したものです。■年齢を重ねても記憶力は落ちない 「70代ともなると、若い頃に比べて記憶力はかなり落ちる」 多くの人がそう思っているのではないでしょうか。 じつは、そう思うのは誤解、というか誤認識です。 ドイツの心理学者にヘルマン・エビングハウス(1850〜1909年)という人がいます。記憶に関する実験的研究の先駆者として知られる人物ですが、彼の実験によると、人は無意味な言葉を丸暗記した後、1時間後にはだいたい50%を忘れ、24時間後には約70%、1カ月経った段階では、ほとんど記憶に残っていないという結果になったそうです。 要するに時間が経てば経つほど人は忘れてしまうということです。 中期記憶(長期記憶)に対する時間の経過と記憶の関係を表した曲線を「エビングハウスの忘却曲線」といいますが、ここで注目したいのはこの忘却曲線には年齢は関係していないということです。つまり、「年とともに忘れっぽくなる」のではなく、忘れっぽくなるサイクルは20代も70代も同じなのです。 とはいえ、「年をとるほど記憶力が落ちている」と実感している人も少なくないでしょう。 じつはエビングハウスは、効率よく記憶するために、あることをする大事さも説いています。それが何だかわかりますか。

 復習することの重要性です。

■70歳からの記憶術に重要なのは「意欲」 みなさんは、学生時代には寝る間も惜しんで勉強をし、英単語にしろ化学や数学の公式にしろ、大事なことは繰り返し復習して覚えてきたのではないでしょうか。 ところが、大人になるにつれて学習意欲が落ちていきます。 「物覚えが悪くなった」ことを加齢のせいにする人がいますが、記憶力が落ちたのではなく、覚えようという「意欲」が低下しているだけではないかと思うのです。 加齢で低下するのは記憶力ではなく、むしろ意欲のほうです。だいたい50代から60代にかけて、男性ホルモンの分泌量が目立って減少し始めます。代表的な男性ホルモンである「テストステロン」は、意欲や気力、攻撃性、好奇心と密接な関係があります。 ですから、60代前後からテストステロンの分泌が減少し、意欲が低下しがちになるのは当然のことといえるでしょう。 さらに、そこに前頭葉の老化も加わります。前頭葉は、思考や創造、意欲、理性、記憶などに関わっています。老化によって前頭葉が萎縮すると、意欲を維持することが難しくなってきます。 だからこそ私は、記憶力の衰えを気にするよりも、意欲を持ち続けることの大切さを訴えたいのです。各論的な意欲でもかまいません。そう、70歳からの記憶術には、「覚えてやるぞ」「忘れないぞ」という意欲も大きな要素なのです。■一気に高齢者の“記憶力”を減退させた声かけ 「意欲」に関する話をもう少し続けましょう。 70代、80代の人が筋肉を使わないでいると、たちまち廃用現象(筋力や心肺機能の低下、うつ状態など)が起きて衰えてしまうのですが、脳に関しても同じことがいえます。頭を使わないで暮らしていると、脳はいよいよ衰えてしまうのです。 たとえば、老化の象徴のようにいわれる「記憶力」に関していうと、「年をとると記憶力が落ちる」と、まるでそれが常識のようにいわれていますが、すでにお伝えしたように実際にはそういうことはありません。脳機能上、75歳くらいまでは記憶力はさほど衰えません。急激に衰えるのは「覚えようとする意欲」です。 米タフツ大学のアヤナ・トーマス博士のグループは、次のような実験を行いました。 18〜22歳の若者、60〜74歳の年配者をそれぞれ64人ずつ集め、多数の単語を覚えてもらった後に別の単語リストを見せて、それらの単語がもとのリストにあったかどうかを尋ねたのです。 その際、前もって「これはただの心理学実験です」と説明していたときには、若者と年配者の正解率はほとんど変わりませんでした。 ところが、テスト前に「この記憶試験では、高齢者のほうが成績が悪い」と告げておくと、年配者グループの正解率のみが大幅に低下したのです。 このことが何を意味するかわかりますか?

 要するにこの実験では、フラットな状態では若者と年配者の記憶力に大差はないけれど、「高齢者のほうが成績が悪い」という先入観を植えつけられると、年配者は記憶する意欲を失い、一気に“記憶力”を減退させたというわけです。

■使わない記憶力は衰えていく 若い頃のことを思い出してください。たとえば、英単語を覚えるとき、単語帳や単語カードをせっせとつくって、通学電車の中などで、それらを繰って何度も復習し、頭に叩き込みませんでしたか。 そもそも、それくらいの努力をしなければ、人は物事を覚えることはできないのです。あなたは中年以降、そんな努力をしたことがあったでしょうか。 そんな努力をしている人は当然、ごくごく少数派でしょう。努力をしなければ、「最近、物覚えが悪くなった」「覚えても、すぐに忘れてしまう」のは当たり前のことなのです。 また、努力を怠ると、人間の体や脳では廃用現象が起き始めます。使わない筋肉が衰えていくのと同じように、使わない記憶力は衰えていくのです。 俳優の伊東四朗さんは、70歳を過ぎて「百人一首」の暗記にチャレンジしたようです。さすがの名優も、70歳を超えると思うようにセリフを覚えられなくなってきたとか。そこで記憶力を鍛え直すために「百人一首」の暗記を始めたそうです。 脳科学の立場からいえば、これは廃用現象を防ぐ賢明な方法です。私にも経験がありますが、「百人一首」ほど覚えにくいものはありません。“古語度”が高く、意味が取りにくい。記憶の入力、定着ともに難しい素材です。 だからこそ伊東さんは、その暗記にチャレンジしたのでしょう。記憶力を維持し、脳を鍛え直すには格好の素材と判断したのだと思います。■老化予防に欠かせない脳への刺激 子供から大人へと心身ともに大きく変わっていく時期を「思春期」といいますが、思春期になぞらえて、中年期と高齢期の間の時期を私はしばしば「思秋期」と呼んでいます。いわゆる更年期障害が起こる時期です。 更年期障害が起こるのは、女性は閉経を挟んだ前後5年間とされています。男性の場合は40代後半から70代までと個人差がかなりありますが、思秋期も50代後半から70歳くらいまでが対象です。 思秋期については以下の3つのポイントを頭に入れておきたいところです。 (1)思春期は、自分のアイデンティティを決める時期です。どんな仕事に就き、どんな人間になろうかと模索する時期ということになります。 一般論からいうと、日本では特に大学を決めるときに、ある程度将来が決まってしまうので、他の国に比べて悩む時間が短くなります。思春期が長いと、定職に就かない時期が長くなり、独り立ちが遅れることになるので、望ましいといえない面もたくさんあります。 一方、思秋期は、高齢期になるまでの期間が長いほうが老人になるのが遅れるので、長いほうが望ましいとも言えます。 (2)これは生物学的なことですが、じつは人間は思春期までは染色体的には男女に分かれていますが、ホルモン的にはほぼ中性です。だから、男女ともに子供をつくることはできません。思春期に女性は女性ホルモンが、男性は男性ホルモンがドッと出てきますから、いわゆる男女に分かれます。

 思秋期は、思春期とはまさに真逆の時期です。男性は男性ホルモンが減り、女性は女性ホルモンが減り、高齢期にはともに中性化し、性的存在ではなくなっていきます。ただ、脳での感覚が残っていますから、男性の「下半身の元気」などに影響がない場合もあります。

■中年期と高齢期の間の「思秋期」をどう生きるか (3)私が「更年期」を「思秋期」と呼ぼうという意味には、「もうちょっと考える時期にしましょう」ということがあります。思春期のときに必死になって将来どんな人間になりたいかと、ものすごく悩み、苦しみ、考えたはずです。 だとすれば、思秋期にも、セカンドライフを生きるに当たり、再就職の悩みだけでなく、「どんな老人になりたいか」「どういう自分でありたいか」を改めて考えてみませんかと提案したいのです。 人生を考える最後のチャンスとして思秋期に脳をフル活動させること、脳に刺激を与えることは、間違いなく老化予防になるのです。 その意味でも、高齢になってからあえて「記憶術」に挑戦するのもとてもいいことなのです。----------和田 秀樹(わだ・ひでき)精神科医1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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最終更新:9/19(金) 16:16

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