AIを使って英語論文を短期間で書く方法とは? 京大教授が教える9つの原則 2023年に発表:Innovative Tech(AI+)(1/3 ページ)

このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。通常は新規性の高いAI分野の科学論文を解説しているが、ここでは番外編として“ちょっと昔”に発表された個性的なAI論文を取り上げる。

X: @shiropen2

 京都大学国際高等教育院に所属する柳瀬陽介教授が2023年に発表した「AIを活用して英語論文を作成する日本語話者にとっての課題とその対策」は、英語執筆に不慣れな日本人研究者がAIを活用して短期間で英語論文を完成させるための実践的な方法を体系化した報告だ。

英語論文を書くAIのイラスト(絵:おね

 この方法論が求められる背景には、英語を母語としない研究者が直面する深刻な不利益がある。オーストラリアのクイーンズランド大学の天野達也氏らは、日本を含む8カ国の研究者908人を対象に調査を行い、2023年にその結果を発表した。

 それによると、英語を母語としない研究者は論文の読み書きに最大2倍の時間を要し、英語の質を理由に論文がリジェクトされる頻度も約2.5倍高いなど、科学的活動全般において明確なハンディを負っていることが定量的に示された。

(関連記事:母語が“英語じゃない研究者”のデメリットはどのくらいある? 900人以上の科学者を調査

 こうした言語の壁に対して、AIの進化は朗報となりつつある。近年の機械翻訳は文法ミスがほぼなくなり、生成AIは文体の改善まで行ってくれる。Natureをはじめ多くの国際学術誌も、利用を明記すればAIによる校正・改訂を認めている。こうした状況を踏まえ、この報告では、英語を母語としない研究者が英語論文を作成するという難題を克服するための注意点をまとめ、AIを活用して英語論文を短期間で完成させる方法を提案している。

 全体的な作業手順は次の通りだ。まず日本語で構想を練り原稿を執筆する。次にAIで英語に翻訳し、さらにAIで文体を改善する。最後に著者自身が校閲して完成させる。AIはスペリングや文法の修正には長けているが、論文の構想や内容の正確さについては著者自身が責任を持たなければならない。この方法により、AIが苦手とする領域で人間が最善を尽くすことができる。

 以下では、英語を母語としない人がAIを効果的に活用するための9つの原則を提示している。これらは戦略的な構想、つまりストーリーに関するものが3つと、日本語原稿を書く段階に関するもの6つから整理されており、英語論文執筆の実践的な指針となる。

 最初の3つの原則はストーリーに関するものだ。ストーリーとはアイデアの選択と提示順序の決定を指し、現時点のAIが最も支援しがたい領域を指す。いわば川の上流に相当する部分であり、ここが濁っていればいくら下流で文体や語法を磨いても意味がない。

 原則1は「One Idea in One Unit」。1つのユニット、すなわち論文全体やパラグラフには、重要なアイデアを1つしか入れてはならない。英語ライティングではこれを「統一性」と呼び、最も重視される。しかし日本語話者の文章は往々にしてこの原則を破り、焦点の定まらない論文、複数の論点が混在するパラグラフは珍しくない。「このユニットで結局何が言いたいのか」という問いには、1つの明確な答えがなければならないのだ。

       1|2|3 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

続きを読むには、コメントの利用規約に同意し「アイティメディアID」および「ITmedia AI+メールマガジン」の登録が必要です


Page 2

前のページへ 1|2|3       

 原則9は「Ellipsis for Clarity」。日本語は主語や目的語の省略が多い言語だが、英語に翻訳するための日本語ではこれらをできるだけ明示すべきだ。省略が多いと、AIが誤った主語や目的語を補ってしまい、著者は後からいちいち修正しなければならなくなる。明示することでAIが正確に文を解析する確率が高まる。

 AI翻訳で文体が改善されても、論文の正確さは研究者自身が徹底的にチェックしなければならない。英語を母語としない著者にとって最も難しいのは、単語のニュアンスと冠詞・名詞(可算・不可算)の使い分けだ。

 これらは日本語にない概念であるため、理屈と具体例の両面から習得する必要がある。また、報告動詞のclaims/reports/suggestsの違いや、cheap/inexpensiveのような微妙な差異を理解するには、英英辞典を日常的に活用する習慣が欠かせない。

 比喩やイディオムなどの非字義的表現も注意が必要だ。直訳では意味が通じないことが多いため、使用は控えるべきである。一方、スペリングや時制の一致といった誤りはAIによってほぼ解消される。

 ただし前置詞については依然として注意を要する。AIは頻出構文に引きずられ、著者の意図とは異なる前置詞を出力することがあるからだ。前置詞を正しく理解するには、一つの前置詞に一つの本質的意味があるという「本質主義」を捨て、複数の代表的な用例を通じて把握することが有効である。

 以上の9原則は、AIの限界を補うために人間がなすべきことを体系化したものだ。AIは確率計算で最もありそうな語を生成するが、論文の内容そのものを研究者のようには理解していない。

 だからこそ著者は、ストーリーの構想、英語的発想に即した日本語執筆、最終的な校閲において責任を果たさなければならない。これらの原則を内面化することは、AI時代においてむしろ重要性を増している。世界中の研究者がAIを使って英語執筆力を高める中、差がつくのは人間にしかできない部分だからだ。

Source and Image Credits: 柳瀬 陽介, AIを活用して英語論文を作成する日本語話者にとっての課題とその対策, 情報の科学と技術, 2023, 73 巻, 6 号, p. 219-224, 公開日 2023/06/01, Online ISSN 2189-8278, Print ISSN 0913-3801, https://doi.org/10.18919/jkg.73.6_219, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkg/73/6/73_219/_article/-char/ja,

前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

続きを読むには、コメントの利用規約に同意し「アイティメディアID」および「ITmedia AI+メールマガジン」の登録が必要です

関連記事: