量子的会話がカーボンナノチューブと内部炭素鎖の間にあると判明 (2/3)

電子を使わない“量子LINE”が始まった瞬間 / Credit:clip studio . 川勝康弘

研究チームはまず、高品質なカーボンナノチューブ試料の中にカービン鎖を生成しました。

具体的には、直径約1.4 nm前後(1.36 ± 0.08 nm)の単層カーボンナノチューブを用意し、その中にC60フラーレン分子を詰めてから加熱する方法で、内部により細い二重壁ナノチューブとカービン鎖を形成する手法を採っています。

こうして作られた「ナノチューブ+カービン」複合試料に対し、ラマン分光という分析手法で振動の様子を詳しく観察しました。

ラマン分光法では、レーザー光を試料に当てて散乱光を解析することで、試料中の原子の振動モード(固有の振動エネルギー)を測定します。

いわば光を使って物質の振動(音)を聞き取るような方法で、物質ごとに異なる振動の指紋(ピークパターン)が得られます。

その結果、カーボンナノチューブの中にカービンがある場合に限って、特定の振動数に新たなピーク(振動モード)が出現することが確認されました。

一方、カービン自体の振動モード(約1800 cm⁻¹付近に現れる「カービンモード」)も、ナノチューブと一緒になったときには形状が変化し若干ずれる様子が観測されました。

これらの追加ピークはナノチューブ単体では決して現れず、明らかにカービンとの相互作用によるものです。

さらに興味深いことに、試料を超音波処理してカービン鎖を破壊すると、これらの不思議なピークは消失し元のナノチューブのスペクトルに戻ることも確認されました。

このことから、新しい振動ピークはカービンがナノチューブ内部に存在することによってのみ生じる現象であると結論づけられます。

では、ナノチューブとカービンはどのように作用し合っているのでしょうか。

鍵となるのは「振動を介した結合」です。

ナノチューブとその中のカービン鎖は接してはいますが、互いに化学結合はしておらず、電子を行き交わせるほどの強い結合も持っていません。

つまり電気的(電子的)にはお互いほぼ絶縁された存在です。

さらにカーボンナノチューブとカービン鎖の間は真空で、空気などで振動を伝えるようなことはできません。

ですが実験では、振動がお互いを引き付け合い、エネルギーを交換していることが示されました。

研究を主導したエミル・パルト氏は「カービンの鎖とナノチューブは電子的には孤立していますが、それにもかかわらず両者の振動の間には予想外に強い結合が生じていました」と述べ、この一見パラドックス(逆説)的な現象を説明しています。

言い換えれば、ナノチューブとカービン鎖が互いに“振動で会話している”ようなものだ、と研究チームは捉えているのです。

ナノチューブとカービン鎖の振動が結びつく理由

私たちの身のまわりの固体は、原子どうしがバネでつながった“超ミクロの楽器”のようになっていて、温めたり光を当てたりすると原子がブルブル震えます。

量子力学の世界では、この震えを「フォノン」という粒状のエネルギーとして数えます。

たとえば机の上に二つのワイングラスを置き、片方の縁をこするともう片方が共鳴して鳴り出すことがありますが、フォノン結合とはその極端に小さな版だと考えてください。

といっても先にも述べた通り、振動を取り次いでいるのは「空気」ではありません。

カービン鎖とカーボンナノチューブのあいだには、実質的に分子レベルの“ほぼ真空”しかなく、ナノチューブの内径もわずか数十億分の1メートルしかないため、空気分子は入り込めません。

にもかかわらず振動が伝わり量子として「フォノン」が出現する…つまり振動パターンの量子化が起こります。

その大元となる原因は、電子の雲(電荷分布)が瞬間的にゆらぎにあります。ただし重要なのは、「電気が流れる」「電子が移動して結合を作る」といった化学結合的なやり取りではない点です。

カービン鎖とナノチューブのあいだでは電子がほとんど行き来せず、両者はあくまで“隣合わせに置いた二つの振動体”として存在しています。

その隣り合った振動体どうしが、互いの電子雲の微小なゆらぎに伴う電場の変動を感じ取り、まるで極細のバネでつながっているかのように振動を押し引きし合います。

さらにその振動モードが量子化されているという点も重要です。

ですから振動が同期して見える現象の駆動源は確かに電磁力の一種ですが、そこに電流や化学結合は関わっておらず、量子力学的な“揺れる電荷の影響”だけでエネルギーがやりとりされているというわけです。

こうした量子力学的な振動(フォノン)の結合は通常であれば極めて弱く無視できるほどですが、この場合にはカービン鎖の持つ特有の電子構造や構造の不安定さによって例外的に強い結合になっていることが明らかになりました。

さらに重要な発見は、この振動による相互作用が一方向ではないという点です。

一般には、カービンのような細い鎖は周囲の環境(ナノチューブ)から影響を強く受けると考えられますが、今回の結果はカービン側もナノチューブ側に影響を及ぼしていることを示しました。

実験で観察された追加の振動ピークは、ナノチューブの側の振動モードにも変化を生じさせています。

これは、カービン鎖が単に受け身で振動しているだけでなく、その振動を通じてナノチューブの性質をも変化させていることを意味します。

当初は片方向だけの効果だと誤解されていたこの現象が、実際には双方向の「対話」であることが示された点で、科学的に大きなインパクトがあります。

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